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独特の雰囲気と色を出す城壁内は、思っていたよりも随分広く、生者はいないはずなのに、何故だか程よい長さに刈り取られた雑草が生活感を感じさせた。
敷地内には意外と綺麗な井戸と、納屋や小屋であったであろう残骸が塵の山と化し、円筒の見晴らし塔と四角い拠城以外の建物は見当たらなかった。
そんな三百年以上前に作られたセイラム砦を手に入れ、おまけに七名の騎士団まで仕えた俺たちは、早速本城となる四角い石造りの拠城に足を踏み入れた。
拠城の中は長い年月手入れがされておらず、木造部分の天井が全て崩れ落ち、青空が見える城内は瓦礫の山と化していた。
「これはこれは……さすがに三百年も放置されると、木材部分は持ちませんでしたか……」
朽ち果て、穴だらけのスポンジのようになった木材部分と、鉄フレームが茶色くボロボロになった無残な姿で倒れている扉の上に立ち、リリアが言った。
「どうすんだこれ?」
木材と石の接合部分の穴がある天井を見上げ、その上から白い雲の流れる空を見て、床に落ちる残骸の片付けより、屋根をどうするかという意味で訊いた。
「……はぁ~。とにかく先ずは私達が今晩寝る場所と、トイレだけでも片付けましょう」
息を大きく吸い、ため息をついたリリアは、転がる小さな木片を蹴飛ばした。
軽く蹴飛ばされた木片は湿気った音を立て、簡単に砕け散る。
「今晩ここに泊まる気なのか?」
「もちろん! 今夜泊まれるだけの物は、ヒーがカードにしてあります。もし帰りたいのであれば、明日の朝、ヒーが戻るときに一緒に戻って下さい」
さすがに泊まることまで考えていなかった俺は、驚いた。
しかし一人で帰ろうと思っても、モンスターが出る道を一人で歩いて帰る度胸は無い。
「そう言うワケなので、もう少し手伝ってもらいます」
「……はぁ~。分かったよ。でも明日の朝には帰るからな」
「分かってますよ……でも、また来てくれますよね?」
ため息をつき、仕方が無いなと返事をする俺を見て、リリアは寂しそうに言う。
リリアは人を困らせたり、悲しませる事を気にする繊細なところがあった。
「分かってるよ。次来るときは泊まれる用意してくるよ」
昔から俺達はこうやって気を使い、リリアの遊びに付き合っていた。
意外と寂しがり屋で、今でもヒーのベッドで一緒に寝る事もあるらしく、普段はそれを見せないが、時折見せるその姿に断る事が出来なかった。
「では! 早速役割を決めます!」
俺がもう少し付き合ってくれると分かると、嬉しそうに口元をニヤリとし、元気に仕切り始めた。
「私とリーパーで城の中を片付けます。ヒーとフィリアは、外にある井戸を掃除して、水が飲めるようにして下さい!」
「はい!」
しっかり考えていたリリアの的確な指示が飛び、ヒーとフィリアは返事をして井戸掃除へと向かって行った。
「ジョニー、団員を少し貸してもらえませんか? 掃除を手伝って欲しいのですが、よろしいでしょうか?」
団員を見張りに立たせ、その代表として俺達の傍にいたジョニーにリリアがお願いした。
「リリア様のご命令とあれば、お断りする道理はありません」
跪き、胸に手を当て、顔を合わせることなくジョニーは言う。
ジョニーは完全にリリアの事を王と認め、付き従える気だ。面倒臭い事になった。
「ありがとう御座います。騎士団の仕事の邪魔にならない程度でいいですから、お願いします」
「はっ! 只今連れて参ります!」
ジョニーは一切リリアの顔を見ることなく、団員を呼びに行った。
「なぁ? ジョニー達どうする気だ? 下手に辞める事出来ないんじゃないのか?」
いつものように「飽きた!」と言って放り出せる雰囲気じゃない。もしそんなことをすれば、村まで襲われかねない。
「辞める? そんな覚悟であんな事出来るわけ無いじゃないですか?」
リリアの言うあんな事とは、ムキムキマンによる惨殺の事だろう。自身でも恐ろしい事をした自覚があるようだ。
「私は辞める気はありません。それに、ジョニー達にとってもこれが最善なんですよ」
「最善? どういう意味だ?」
「アンデッドは心が解放されると成仏します。その度合いは個々によって違いますが、ようは満足させれば良いと言う事です」
リリアはムキムキマンから解放され、楽しそうに声を上げ、辺りを飛び回る子供たちを見て言った。
「じゃあ、あの子達はまだ満足してないって事か?」
「えぇ。しかしあの子達ももう少しすれば天に帰るでしょう。気付きませんか? すでに何名かは昇天した事に」
そう言われ見てみると、パッと見ても十人もいない事に気付いた。
「あの子達は幼くして亡くなったため、遊び疲れると満足して成仏します。ただ中には、ジョニー達のように縛りを解いてあげても、今度はそれを果たせなかったと自身を責め、縛られてしまう者がいます。そうなってしまうとワイトに進化してしまい、名を残すようなプリーストクラスでなくては、対処できなくなってしまいます」
ワイトは超危険なアンデッドの上位種で、都市伝説クラスの存在だ。
「ワイトってほんとにいるんだ?」
「えぇ。その候補が七名もいたんですから、考えるだけでも恐ろしいですよ。だから私は自分を責める前に、新しい目的を与えたんですよ。そうすればいずれ満足し、成仏します」
さすがは魔女、怖い話をよく知っている。
「それはどれくらいの話だ?」
「さぁ? 個々それぞれによりますからねぇ~……おそらくジョニー達の場合は、国が安定し、自分達がいなくても大丈夫と思うまでだと思います」
それは困る! もう辞められないという事だから。
「もっ、もし。もし途中で辞めたらどうなるんだ?」
リリアは首を傾げ、空を見上げた。
「……そうですね~……私たち全員を殺そうとするかもしれません」
「う~ん……」
参った。子供の遊びと言えるレベルの話じゃなくなった。
「それより早く片付けましょう。日が落ちる前に寝床を作らなければなりません」
リリアが途中で投げ出すような事があれば、その時は俺一人でも何とかしなくてはならなさそうだ。
そんな不安を抱えながらも、瓦礫の山を外に運ぶ作業を始めた。
作業を始めるとすぐにジョニーが二人の団員を連れてきて、五人で片付け出すが、アンデッドは思念の塊らしく、自身で具現化した武器や装備意外は持ち上げることが出来ず、ジョニーも含めて一箇所でしばらく動かなかった。しかし突然何か閃き、武器を取り出し、それで木片を叩き飛ばしながら運び出した。
だが腐りきった木片はバラバラに砕け散り、人が一生懸命片付ける後ろでバンバンと音を出し散らかす姿に、さすがのリリアも頭に来たのか、早々に退散させた。その口調はとても穏やかで礼儀正しく、美しい敬語だったが、顔は完全に引き攣っていた。
結局二人で片付ける事となり、作業は全く捗らない。
井戸の方は順調のようで、ウッドストックが雑草処理をしながら、ぐったりするムキムキマンと共に見守る中、井戸の中から魔法で猛烈な火柱を立ち上らせ、消毒作業を進めていた。
片付けを進める中、リリアは腕を捲くり、額に汗をかきながら小さな体で懸命に木片を運び出し、服の汚れと手につく傷を物ともせず働く姿に、感銘を受けた。
空が赤み掛かる頃には、寝床とトイレだけは確保でき、井戸の方も使えるようになった。