21
翌日。
俺はいつものように城の片付けや塩作り、その合間を縫って畑を耕したりと、普段どおりの忙しい生活に戻っていた。
皆も、昨日までの事が嘘だったかのように、すっかり元気を取り戻していた。
それもこれも全て、ルキフェル様の許しを貰い、大きな後ろ盾を手に入れた事によるものだろう。まぁ正確には、アドラメデクだが……
アドラメデクについては、昨日の帰り道エヴァが教えてくれた。
彼は堕天使らしい。
もうこのへんから俺には信じ難い話だが、あの力を見せつけられては信じるしかない。
そして、魔界では次期魔王候補らしいが、現在は天使達に追われ、ルキフェル様のところに匿われていて、義兄弟の契りまで結んでいるという。
それで今はルキフェル様に代わり、遊び半分で王を務めているというが、実際は戦力を集め、天界相手に聖戦を起こそうとするヤバイ奴らしい。
性格は真面目モードとおふざけモードの差が極端で、リリアを彷彿させるが、根は優しいようで、天使以外には力を行使して制圧することを嫌うという。
最初はエヴァも褒めるように教えてくれたが、だんだんと愚痴のようになり、初めて俺たちの前に現れた彼女は、別人のようになっていた。
どうやらあちらの王様も、うちと代わらないようだ。
結局俺達はルキフェル様の後ろ盾を手に入れたようだったが、必要以上に名を出すことを禁止された。
ただ、これからは向かいに見える砦にいる、ヘイラという男に連絡を取ればいつでも話をしてくれると言われた。
グリードガーデンにとってはとてもありがたい話だが、死んでいてもおかしくなかった出来事に俺達は反省し、極力干渉はしないようにして、のんびりこの国を発展させていこうと誓った。
全てが上手くまとまり、国としてはゆっくりではあるが進んで行けると思っていた。のだが、帰ってきてからリリアが何故か俺によそよそしい。
今も一緒に塩作りしているが、俺が目を合わせようとするとあからさまに逸らす。
「おい! なんで目を合わせない!」
さすがに気になり声を掛けるが、完全にそっぽを向きやがった。
「おい! ……おい!」
いつもは言いたいことがあるなら土足で人の心に上がってくるくせに、この態度は気持ち悪い。
「おい!…… おいチビ!」
普段は使わない俺の言葉に、リリアはピクッと反応を見せたが、それでも顔を向けない。
「ちびっ子! 聞こえてんだろ、なんで何も言わない?」
それでもこっちを見ないリリアに、絶対に反論するような言葉を探した。
「……おい水色! 今日は何色のパンツ履いてんだ? ……縞々か?」
「わぁあああ‼」
効果覿面だったようで、飛びついてきた。
「リーパー何故それを‼ 貴方私の着替えているところ覗きましたね!?」
いつも一緒に水浴びしているのに、何故かこういう話には敏感に反応する。
「覗いてねぇよ! お前がいつも干してるの見れば大体分かるだけだ!」
「私の知らない所で貴方という人は、何をしているんですか⁉ 」
「何もしてねぇよ! お前が俺を無視するから悪いんだろ!」
「無視なんて! ……無視なんて……してませんよ……」
何を照れているんだか、どんどん声が小さくなる。気持ち悪い。
「じゃあ何で目を合わせない?」
「それは……」
反抗期なのか? 女の子の反抗期は早いと聞くが、体も心も永遠に子供時代を生きそうなリリアに、反抗期などあるのだろうか?
「おい! お前アドラメデクに何かされたのか?」
まさかと思った。でもあり得ない話ではない。
「いや……そうじゃないけど……」
言葉遣いがどんどん子供になっていく。
その態度に、何かされたというより、何かしたのではと思ってしまった。
「じゃあ何だ? あっ、まさかもう辞めたくなったのか?」
あれだけ怖い経験をすれば、それは仕方がない話だ。ここでリリアが辞めると言っても誰も止める事はしないだろうし、俺がそれを許さない。
ここまで生活基準が出来てくれば、後は俺とジョニー達で何とかできる。
そろそろ潮時。そう思いリリアに声を掛けた。
「リリア。お前が辞めたいのなら俺は構わないぞ。ヒーとフィリアも一緒にカミラルに連れて帰っていいから。後は俺とジョニー達で何とかするからさ。なぁ? もし国が上手くいったらそのときに呼ぶから」
もう国を放棄する事は出来ないが、あれだけの軍資金があれば、俺でも何とかやりくりは出来そうだ。というか、これ以上リリアたちを危険な目に合わせたくない。
「違います! 私はこの国を捨てる気はありません! ただ……」
「ただ?」
何か言い辛いことでもあるようで、その先をなかなか言おうとしない。
「ただ何だよ?」
「ただ……ただ、きっ」
「き?」
「きっ、きっ、キスの事は忘れてください!」
「はぁ?」
思い切ったように言ったが、何がなんだか分からない。
「キキキキ、キスを憶えていない⁉」
「何の話だ?」
リリアが何を言っているのか全く分からない。こいつは俺とキスする夢でも見て、昨日のショックと合わせておかしくなっているのだろうか。
「なな、なら、もっ、問題はありません」
もともと問題はなかったはずだが、心まで相当傷ついているのだと思い、これからはもう少し優しく接してあげようと思った。
「そうだな、悪かった。俺も何か勘違いしてたみたいだ」
「はわぁ!」
優しく頬を撫でると、驚いたように変な声を上げた。
「わりぃ。お前のほっぺた柔らかくて気持ちぃからつい」
「ついじゃない!」
いきなり大声を上げると、リリアは走って城の中に逃げていった。
よく分からんが、元気そうで何よりだ。
と、気楽に考えていた俺だが、後日ヒーから聞いた、俺が五感を奪われていた時の話を聞き、リリアのよそよそしさの意味を知った。
俺が意識を失った後、アドラメデクは幻覚を解いたそうだ。
リリアはずっと俺達の様子を見ていたようで、自由になるとすぐにヒーと抱き合い泣き、その後フィリアに駆け寄ったそうだ。
フィリアは自分の命と引き換えに、俺達を転移魔法で飛ばそうとしたらしく、それに気付いたアドラメデクに気絶させられていただけのようで、声を掛けるとすぐに目を覚ましたそうだ。
そして最後にリリアは俺を抱きしめ名前を呼んだらしいが、アドラメデクが俺を目覚めさせるにはキスをしなければならない、などと嘘を付いたようで、リリアはそれを信じ俺に口付けしたらしい。
あの男はとんでもない悪党のようだ。
それもあり、リリアは俺を過剰に意識するようになったらしい。
それを聞いて少し恥ずかしくなったが、何も憶えていない俺は知らないフリを続けようと思う。
ただ、アドラメデクが俺達を認めたのは俺のお陰らしい。
最初はただの賊だと思われていたようで、それなりに罰を与え俺達を解放する気だったらしいが、俺がアドラメデクと目を合わせたとき、そんな度胸も余裕もなかったはずの俺は笑っていたらしく、それを見たアドラメデクが考えを改めたらしい。
なんかカッコイイ話だが、もしそうでなければそれなりの罰を受けていた、の、それなりの罰と、リリアとのキスはどんな味、ではなくリリアがそこまで俺を想っていてくれたと思うと、どうでもよかった。
決してリリアの唇の感触とか、息遣いとか、そんな生々しい想像のせいではない! 断じて抱擁の感触と匂いが忘れられず、じゃなく! アドラメデクはタイミングを考えろ! などとは断じて思ってはいない! リリアは可愛い妹なのだから!
つまり! こうして俺たちの国は少しずつだが建国に向け一歩進んだ!
しかしまだまだやらなければならないことは山ほどあり、しばらくは国とは呼べない土地で、地味で面倒くさい雑務を続けていかなければならない。
それでも、この先は少しは平和に暮らせると思うと、この砦でする生活も悪くない気もする。
ただ、いい加減人手が欲しい! なんで俺だけ委員でこんなに労務が多いのか! 早く来いよ民!
セフィロトの歴史には載らないかもしれないが、たしかにここには国があった。
僅か四名の人間と、七名のアンデッドの騎士団からなるその国は、とても小さな小さな国だった。
城には屋根は無く、窓ガラスも扉も無い。
それでも彼らは国と呼んだ。誰もが平和に暮らせる国。グリードガーデンと……
なんて締めるが、今話せるのはここまでだ。
何故なら、グリードガーデンは今尚開拓中で、民と呼べる者もいない。
もしこの話を聞いてうちで一緒に暮らし、王を盛り上げたい人がいたら、ぜひ遊びに来て欲しい。
その時は屋根のない部屋だが、フィリアの入れたハーブティーをご馳走しよう。
そして元気の良いリリア王、無口で可愛いが無表情のヒー伯爵、お金に五月蠅い美人のフィリア子爵、クソ真面目な団長がまとめるパープル騎士団と、凡人の委員が貴方を歓迎しよう。
住所はルキフェル地方セイラム砦。
グリードガーデンは民を募集しています!




