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 道幅は狭く、人が居たらすれ違うのがやっとの路面は、車輪の跡があるだけでガタガタの獣道。

 そんな悪路を鳥達の鳴き声が響く、どこまでも続く深い森の木々を通り過ぎながら、木漏れ日の中、パカパカと足音を立て、俺たちの乗る荷台を御者のヒーの先導で愛馬のウッドストックが引っ張る。


 荷台に座る俺たちの尻の下には、大きな硬い何かに白い布が掛けられた物があり、悪路で揺れる座席はとても座り心地が悪い。


「なぁ? 何でこんな道通るんだ? ケツが痛くて参るわ」


 今進んでいる道は、地元の者だけが知る裏道だ。


「こっちの方が近いんですよ。村の道と比べると、半分くらいの距離で済みますからね。それに、あっちはエルフの森を抜けなければならないので、まだ知られたくないんですよ」


 リリアは上手く隙間に体を納め、心地良さそうにしながら言う。


 カミラルからセイラム砦へ正規のルートで向かうと、エルフの森を抜けることになる。

 カミラル村とエルフの里は仲がよく、とくに問題はないが、セイラム砦のある地域は大悪魔ルキフェルのお膝元と呼ばれ、モンスターや危険な獣が多く、この地に足を踏み入れるのは、ルキフェルを倒そうとする馬鹿な勇者か、ここから半日ほどかかる距離にある、トーンという漁村へ向かう行商人くらいだ。

 そのためエルフが、この先に向かう者を心配し、色々話を聞く。


「せめてこのデカいの何とかなんないのか?」


 尻の下の何かを手で叩くとコンコンっと音がし、丈夫な木で出来ているのが分かった。


「それは無理です。これは私が作った最高傑作なのですから」

「……これ人形か⁉」

「今気付いたんですか?」


 まぁ何て鈍い人、という感じでリリアは口を手で隠した。


 これが人形⁉ 荷台一杯の大きさに、どれほど凶悪な物を作ったのかと驚いた。


「なんでヒーにカードにして貰わなかったんだよ? 邪魔臭ぇんだよ!」

「リリアが私に気を使ってくれたんです」


 座布団の上に快適そうに座るヒーが、姉を庇うように言った。


「そうですよ。いくらヒーでもこの大きさをカードにするには、相当魔力を使いますからね」


 ヒーは重さではなく、その大きさにより使用する魔力の量が変わるらしい。


「お前はどんな化け物作ったんだよ!」

「それは砦に着いてからのお楽しみです。その代わり、名前だけは教えておきましょう。ジャイアントマキシマムマキシス、マキアムノアです!」

「どんだけ最上級なんだよ!」

「おお! 何と素晴らしい!」


 フィリアが感銘を受けたように零した。


「どこがだよ! 絶対化け物だぞこれ!」

「リリア様の最高傑作ですよ。少なくとも私はそうは思いません!」

「お前も凄いな!」


 しばらく尻の痛みに何度も座る位置を移動させ、我慢しながら馬車に揺られていると、やっと森を抜けまぶしい太陽を拝むことができた。


 天気はまさに晴天。青い空に高く伸びる入道雲、それをさらに超える高い位置で太陽がさんさんと輝いている。

 普段から森の中で生活する俺には、空がとても近く広く、圧し掛かるように見えた。


 視線を落とすと、遠くにある岩肌の山裾から伸びる平原が、緑色の草の絨毯でも敷いたかのように地面を覆い、あちらこちらにある森を鮮やかに引き立て、青草の匂いと、ピッピッ、ピッピッと鳴く鳥の声が、それをより心地良いものにしていた。 

 気温は少し高いが、顔に当るそよ風がとても気持ちがいい。


 左側にはまだ森が続いていて、その奥の大地の切れ目に、海だと分かる空の色とは違う青が見え、正面には漁村へ続く道が水彩画のように見えた。

 右手側にはエルフの森の終わりがはっきり見え、そこから少し先にルキフェル城へ続く山峡の入り口に、緑の蔦と苔が石の塔に巻きついた廃砦が見えた。


 ここからはモンスターが出る危険なエリアだが、俺たちは出発前に黒い手で扱うモンスター避けの香水を付けていて、今はこの景色を堪能することができる。


 馬車はそのまま獣道のような道を進み、その道は次第に海のある方へと緩やかにカーブして行く。


 しばらく森に沿って進むと、木々の陰に石の塔が見えてきた。


「やっと見えてきましたか。そろそろお尻も限界でしたし、砦の前で一度休憩しましょう」


 リリアは砦を見て嬉しそうにし、御者のヒーに声を掛けた。


「分かりました。もうしばらく辛抱して下さい」


 しばらく前から俯いて黙っていたフィリアも、それを聞いて顔を上げ、「お願いします!」と言った。

 緊張しているのかと思っていたが、どうやらただケツの痛みに耐えていたらしい。


「リーパーもいいですか?」

「あぁ、頼む。もうケツが痺れてるから早く降りたい」

「では少し急ぎます。ウッドストック、もう少し頑張って下さい」


 ヒーは愛馬に声を掛け、馬車の速度を上げた。


 速度を上げると荷台はかなり跳ね、砦の正門約三十メートルの位置に馬車を止める頃には、ヒー以外の全員が尻を浮かせたような状態になっていた。


 そのせいか、荷台から降りると重力が十倍になったように足が重く、地面にすぐに座った。

 しかし地面に座ると、今度は太ももがパンパンに張り、結局俺は仰向けに寝転んだ。

 それはリリアとフィリアも同じのようで、四人中三人が地面に寝転がり、これからアンデッドの群れと戦うパーティーにはとても見えなかった。


 寝そべりながら砦の様子を窺うと、入り口の門扉は完全に無く、周囲は所々崩れた五メートルほどの石壁に囲まれていた。

 左側にはその壁を越える高い見張り塔が一つ頭を出していて、正門の奥には扉の壊れた石造りの四角い三段建ての拠城が見えた。


 ここからではそれくらいしか見えず、砦は何の変哲もないただの遺跡にしか見えない。


「なぁ? 本当にアンデッドなんているのか? 全然そんな風には見えないぞ?」

「アンデッドには浮遊徘徊する浮遊霊、その場に留まり続ける地縛霊などがいますが、ここは後者の方です。このタイプは縄張りに足を踏み入れない限り現れる事はありません。そしてその縄張りから出ることもありません。ですので、いざとなったら塀の外に出て下さい。そうすればそれ以上襲われることはないので安心して下さい」


 さすがネクロマンサーのリリア。この辺の知識は豊富だ。

 ただ、寝そべっていなければの話だ。


「しかし、中には地ではなく、自分を縛ると書く自縛霊と呼ばれる種類もいます。このタイプは自分に課した想いの強さが原動力となっていて、怒らせるとどこまででも追いかけてきます。おそらくここのアンデッドはそっちでしょう」

「マジで⁉ じゃあヤバくなったらどうすんだよ?」

「倒すか、破壊するか、消滅させるしかありません」

「結局倒すしかねぇんだろ!」

「半分は冗談ですよ」


 やだもう。という感じでリリアは招き猫のように手を振った。


「半分?」

「アーロ騎士団は、この砦を守れという命令を死守しているのでしょう。本当に死んでしまいましたけど」


 リリアは上手いこと言った、みたいな顔をしたが、笑えない。


「……それで?」

「つまり、無断で砦に入る者、またはアーロ王やその領土を脅かす者に対して反応し、武力を持って無力化しようとします。ですから、どこまででもと言うのは嘘になります。せいぜい森の入り口まで逃げれば問題ないはずです」


 ――森を見て、そこまでの距離を確かめた。


 アンデッドの走力にもよるが、あそこまでは全力疾走は持たない。


「アンデッドって、どれくらいの速さで走るの?」


 リリアは空を見上げ、計算するように雲を見つめ言った。


「……ウッドストックの全開なら、問題ないです」


 それを聞いてウッドストックはブルルンと唸り、それをヒーが宥めるように優しく撫でる。


「もし乗り遅れたら?」


 この質問に、今度は眉間に皺が寄るほど強く目を瞑り、空を見上げた。


「……騎士団の見習いとして……働く事になるでしょう」

「……怖ぇ~」

「でも安心して下さい。そのためにフィリアがいるんですから!」

「はい、私に任せてください! 私が砦の入り口に結界門を張り、中からは出られないようにします!」


 フィリアはプリーストで、ある程度なら浄化の力が使える。

 その力を使えば完全とは言えなくとも、ある程度は抑える事が出来るだろう。そう思うと、フィリアがとても頼もしく見えてきた。

 ただ、寝そべっていなければの話だ。


「なるほどな。じゃあいざとなったら外に逃げれば何とかなりそうだな。ただ、アンデッドの数にもよるな? もし入って、あっという間に囲まれたらどうすんだ?」 

「そうならない為に、ジャイアントマキシマムマキシス、マキシマム……マキシスがあるんじゃないですか!」

「自分でも忘れる名前なら改名すれよ!」

「とにかく、ジャイアント……ムキムキマンが入れば問題ありません!」

「それはとても逞しい名前ですね! 素晴らしい名ですリリア様!」


 フィリアが寝そべったまま両手を合わせ言う。


「どんだけメンドクセぇーんだよ!」

「では早速作戦を説明します!」


 俺のツッコミを無視するとリリアは立ち上がり、もう一度座り、そして横になった。


「何がしてーんだよ!」

「まだ足の調子が悪いので、このまま説明します」


 頼りにならない王様だ。


「先ずムキムキマンを潜入させます。その後すぐにフィリアが砦の正門に結界門を張ります。ムキムキマンが門を潜ると戦闘になるとは思いますが、ムキムキマンの力ならある程度までは片付けてくれるでしょう。そこで上手くいけば騎士団長が出てくるので、そこから私が説得を試みます」

「説得って、それ大丈夫なのか?」

「このときのために色々お金を掛けて用意してきました。少なくともそれ以上戦闘になる事はないので安心して下さい」

「凄い自信だな。本当に大丈夫なのかヒー?」


 あまりに簡単な作戦に不安になり、ウッドストックの傍に立つヒーに尋ねた。


「はい。リリアの用意した作戦なら、それ以上戦闘になる事はありません」


 ヒーが言うのなら間違いはなさそうだ。


「でも、もし団長が出てこなかったらどうすんだ?」

「出てくるまで雑兵どもを蹴散らし続けるか、あの拠城の中まで行って引き摺り出すしかありません」

「そんな事できんのか? 相手は三百年以上倒されてないアンデッドだぞ?」

「自分の部下がピンチになっても現れない腰抜けなら、問題ありませんよ」


 確かにそうだ。そんな腰抜け、アンデッドでなくてもたいした事はないのは分かる。


「まぁとにかく、俺たちは砦に入ること無く、安全なところから見ていれば良いんだな?」

「えぇ。ウッドストックの荷台で、いつでも逃げられる準備をして待ちます。ただ、フィリアが結界を張る一瞬だけはどうしようもありません」

「どれくらい掛かるんだ?」


 フィリアに訊く。


「ムキムキマン一号が門を潜ってから……五秒ほどです。その間に出てくるアンデッドさえ何とかできれば、必ず張って見せます!」


 何故フィリアは一号を付けたのだろうか。


「フィリアが結界を張っている間、ヒーと私は魔法で対処し、リーパーは物理攻撃で倒して下さい」

「倒して下さいって、物理攻撃なんて効くのか⁉」 

「基本その魂の宿りやすい人骨に乗り移って襲ってくるはずですから、頭を飛ばせば大人しくなります」


 俺は狩猟経験こそあるが、モンスターや人との戦闘経験はほぼ無い。ましてや人の頭を飛ばした事などない! それに持ってきている武器もただの木剣だ。


「これでいけんのか⁉」


 俺は木剣をリリアに見せた。


「ヒー。リーパーにアレを」

「はい」


 リリアに声を掛けられたヒーは、カードの束を取り出し、そのうちの一枚を選び魔力を込めた。するとカードは淡い青い光りを放ち、ヒーはそのカードを足元に投げ捨てた。


 カードは地面に落ちると、音も無く一瞬にして白い小瓶に変わり、バネが跳ね返るように飛び上がり、ヒーはそれをキャッチした。


「これはフィリアが作った聖水です。その剣にこれをよく湿らせて下さい。これを付ければアンデッドに対して強力な武器となります」


 小瓶を受け取り、体を起こし木剣に掛けた。

 聖水は無色透明で、ただの水にしか見えず、とても効果のあるものには見えない。


「フィリア。これってどんな成分が入ってんだ?」

「私の魔力を込めた水とお酒、塩、お酢、薬草数種類、それと私とリリア様とヒーちゃんの体液です」

「体液⁉ 体液って何⁉」

「唾液ですよ、そんなに厭らしいものは入って無いですよ。第一……」

「何を想像してたんですか⁉ 貴方はそういう趣味があったんですか⁉」


 それを聞いたリリアはフィリアの言葉を遮り、俺以上に興奮し体を起こした。

 年頃の女の子なのだろう、リリア達に対してそんな気の無い俺とは違い、羞恥心が抑えられないようだ。


「ねぇーよ! 汚いものかと思っただけだよ!」

「それは高価なものだけですよ! 私達の唾液で我慢しなさい!」

「高価なのは何が入ってんだ⁉」

「汚いものですよ!」


 結局リリア達の涎で我慢し、多少は効果のある聖水を木剣に全て掛けた。


 てっきり光りを放つなどの変化をすると思っていたが、木剣はただビチョビチョに濡れただけだった。


 それが終わると休憩が終わり、リリアから指示を受け、俺とフィリアが恐る恐る門へ向かい、俺が見守る中、砦の中をチラチラ見ながらフィリアは地面にロッドで魔方陣を描き始めた。


 リリアの言っていた通り、石壁の中に足を踏み入れなければ何も起こらず、フィリアは順調に魔方陣を書き続ける。

 その間リリアとヒーは、荷台のムキムキマンの布を取り外し、起動の準備をしていた。


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