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 塩作りを始めてから十日が過ぎた。


 最初は張り切って始めたリリアだったが、海水を沸かす大きな鍋や釜を作るのに時間が掛ったり、海岸まで行くための道を整備するなどの大変さを知り、文句を言っていた。

 だがそう言いながらも一生懸命取り組み、今では何とか海水を沸騰させることが出来るようになっていた。


「リーパー、いつになったら塩が出来るんですか?」


 体を上下に動かしながら、早く塩が出てくるのが見たいリリアは、沸き立ったばかりの海水を見てウキウキしている。


「まだ出ねぇよ。これが減ったらまた海水足して、それを何回も繰り返してやっと塩が出てくんだよ」

「え~? また海水汲みに行かないといけないんですか?」


 すでに十杯近く海水を運び、鍋一杯になればそれで塩が出来ると思っていたようで、リリアは不満そうな顔を見せた。


「そういう事。少しずつ塩分濃度を上げて、三日ぐらい沸騰させ続けなきゃ駄目だ」

「そんなにですか~? ……じゃあもう一回海に行きましょう!」


 リリアは海が好きなようで、なんだかんだ言っても海水を汲みに行くと言うと喜ぶ。 


「まだいいよ。それにそろそろ昼だろ? 飯食ってからにしようぜ?」

「え~? ……仕方がないですね。ではフィリアたちに声を掛けてきます。リーパーはそこから早く塩を出してくださいよ!」


 海で遊び、海星やヤドカリに感動し、初めて自分たちで塩を作るという事に、リリアはすっかり子供のようにはしゃいでいる。

 お陰で俺は畑を耕したり、自分の家に戻りカボチャを収穫したりと、塩作り以外にも色々と大変な目に合っている。

 それでもリリアが喜び、楽しそうにしている姿を見ると、悪くない。


 不思議な事に、リリアが元気になると俺たちも元気になり、砦の中はとても居心地の良い空間となっていた。

 ここが本当に国になったら、皆が笑って暮らせる国になるだろう。


 そう思っていたが、そんな俺たちが楽しく昼食を取っていると、それが全て幻想だと思わせる事態が起きた。


 一瞬にして空が暗くなったと思えば、赤い魔力が辺りから湧き上がり、確信を持てる嫌な予感がした。

 そして近づいてくる蝙蝠の群れに気付いた。


 蝙蝠の群れは砦上空で旋回し、それを見たジョニー達が俺達を守るように囲んだ。

 蝙蝠の群れはそれを気にする様子も無く、勢いよく地上に集まり始めた。


 バタバタと羽ばたく音と、キンキンと耳に痛い金切り音がし、蝙蝠の群れは黒い装束を着た数人の人の形になった。

 何が起きたのか分からず呆然としていると、その内の長い黒髪の女性が言った。


「怖がらなくても良い。少し私と話をしよう。ここの頭は誰だ?」


 黒いドレスに、紫色の唇、白い肌。しかし目を合わせようとした瞬間、もの凄い死を感じ、俺はそれ以上彼女を見ることが出来なくなり、咄嗟に自分の足元に目線を反らした。


 プレッシャーは感じないが、纏わり付くような絶対的な死が、そこから俺を動けなくさせた。


「突然来た非礼は詫びよう。しかし会話くらいはしてくれても良いのではないか?」


 この状況に、誰一人口を開けない。

 呼吸をする音でさえ相手の気に触れば殺される。それほどの状況下で会話が出来るはずが無い。


「そなたらはここの王族なのだろう? 国賓にはそれ相応の挨拶というものがあるのではないのか?」


 何を言っているのかは分かるが、まるで右から左に抜けるように言葉を忘れていく。

 そんな中、リリアが口を開いた。


「わっ、私が、こっ、ここ、ここの頭です……」


 震える声で聞き取れるかどうかの小さな声で言う。


「私はルキフェル様の遣いで来た、エヴァという者だ。そなたを城に招待したい。どうか来てくれるか?」


 ルキフェル? 招待? 俺にはその単語しか耳に入らない。ただ足元に転がる、俺たちとは関係ない小石を見ていることしか出来ない。


「そなたらがアーロ王の意思を継ぎ、この地に国を築こうとしていると知り、ルキフェル様はお喜びになられている。セイレーンに声を掛け、海を使えるようになったのも知っている。そなたらがルキフェル様に気に入られれば、そなたらにも有難い事ではないのか? ……どうか頷いてくれないか? そうすれば誰も傷つかずに済むのだぞ?」


 全然話が理解できない。今は僅かにしか吸えない酸素で、生命維持をするのがやっとだ。


「そうか。では参ろう。名は何と言う?」

「リッ、リ、リリアです……」


 リリアが連れて行かれる! それだけは分かったが、止めるの止の字を思っただけで吐き気を催す悪寒が背中に走る。今は垂れる涎さえ止められない。


「ダメー!」


 ヒーが叫んだ。

 それと同時に体全体を質量のある空気で抑えつけられ、酸っぱいものが上がってきた。

 そんな俺を他所に、やり取りは続いているようで会話が聞こえるが、胃液を出すので精一杯の俺には、その内容は全く聞き取れない。


 鼻から口から胃物を出していると、突然体が楽になり、心が軽くなった。

 気が付くと周りは明るく、いつもの平和な砦に戻っていた。

 しかしリリアの姿は見当たらず、ヒーがよろよろと砦の外へ向け、歩いて行くのが見えた。

 それを見て、先ほどの出来事は夢では無く、現実だと痛感した。


 リリアが連れて行かれた! それだけは分かるが、誰にどこへ連れて行かれたのか全く思い出せない!

 フィリアも俺と同じように嘔吐し、呆然としている。


 とにかく何か、何かしなければと思うが、何をしていいのか分からない。俺に出来るのは、馬鹿みたくただ呆然としている事だけだった。


 よろよろ歩くヒーがどこへ行こうとしているのかさえ分からずにいると、ヒーに向かって骸骨のアンデッドが走りよる姿が見え、本能的に危険を感じた俺は咄嗟にヒーの下へ走り出していた。


 ゲロを吐きながら走り、決死でヒーに飛びつき、体の下に入れ守った。


 ここで俺は死ぬかもしれないと思ったが、アンデッドは何もしてこず、立っているのを見て、それがキリアだと気付いた。


 昼間は人骨姿であるキリアを、敵と勘違いするほど俺は動揺していた。

 そして思い切り押し倒したヒーの手から血が出ているのを見て、頭の回転が戻った。


「ゴメン! 大丈夫か!」


 ヒーはそんな俺の言葉に何も言わず、這い蹲るようにしてまでどこかへ向かおうとしている。


「ヒー! どこに行く……」


 リリアを助けに行くに決まっている! それが分からないほど俺は冷静にはなっていなかった。


 とにかく俺はヒーを抱き起こし、手の治療をしようと掴んだ。

 俺の手はガタガタ震え力が入らないが、ヒーの腕はそんな俺の力でも簡単に持ち上げられるほど力無なかった。


「リーパー……リリアを、リリアを助けに行かなくては……」

「分かってる、分かってるよ! ヒーはリリアがどこに連れて行かれたのか分かるか?」 

「はい、ルキフェル城です。この道を真っ直ぐ行けば辿り着きます」


 ヒーが目線を送る道は、パトロクロスを守る砦に続いている。


「分かった。じゃあウッドストックの馬車で行こう。歩くより早い」


 ヒーは頷くとウッドストックの下へ歩き出した。

 それを見ていたジョニーが俺を止めた。


「兄さん! それは駄目だ!」

「それは駄目だって、何言ってんだ! リリアが殺されるんだぞ!」

「分かってる! 分かっているけど……相手はルキフェル様なんだ! それにエヴァ様は城に招待すると言っていた。だから殺されるとは限らない! 必ず無事にリリア様を帰してくれる!」


 ルキフェル! その名前に驚き、恐怖した。


「だから今は待つんだ」


 待つ? それはリリアの死体が届くまでという意味か? そう思った瞬間、ジョニーを無視してヒーと共に出発の準備を始めた。

 そこに今度はフィリアが駆け寄り、ジョニーと同じように俺達を止めた。


「ヒーちゃん行っては駄目です! 行けば殺されます!」

「フィリア! お前までリリアがどうなってもいいって言うのか!」


 答えようとしないヒーに代わり、俺が怒鳴った。


「いいわけありません! でもリーパーも力の差を分かったでしょ! 行ってどうするんですか!」


 それを言われて背中がゾクッとした。たしかに無策で行ってもどうしようもない。しかし行かない選択肢はない!


「私がルキフェル様に両目を差し出します。それでも足りなければ耳も鼻も口でも何でも差し出します!」


 すでに覚悟が決まっているヒーは、どんなことがあっても行くと言い、それを聞いたフィリアは黙った。


「フィリアはここに残れ。あとは俺たちが何とかする!」

「何とかって……いえ、私も行きます!」 


 フィリアはそう言うと荷台に上がった。


「待ってくれ兄さん! ルキフェル城まで行くのにどれだけの魔物がいると思ってるんだ! そんな危険な場所に行かせるわけには行かない!」

「では、私達が警護すれば問題ないでしょう?」


 ジョニーの言葉にアントノフが言い、荷台に上がった。それに続きキリアも無言で荷台に上がった。


「お前たち! そんな勝手が許されると思っているのか! 俺たちの仕事はヒー様方の安全を御守りすることだぞ!」

「ええ、ですから私たちは付いていくのです。もしどうしても許せないのなら、これはお返しします」


 アントノフは首からタグの付いたペンダントを取り出し、投げ捨てた。


「私たちは解雇で構いません。今までお世話になりました」


 アントノフの言葉に、キリアもペンダントを投げ捨て、同じ音が周りからして見ると、ジョニー以外の全ての団員がペンダントを投げ捨てていた。


「ジョニー、貴方は騎士と呼ぶには相応しい人ですが、騎士になるための騎士の誇りなど持ってはいないでしょう?」


 騎士になるための騎士の誇り? 俺にはよく理解出来ないが、アントノフの意味深い言葉に、ジョニーは迷わず自分のペンダントを引きちぎり、捨てた。


「あぁそうだ。ただしこれを捨てると言う事はどう言う事か分かっているな!」


 ジョニーは団員全員に聞こえるようそう叫んだ。

 それに答えるように全員が胸に手を当てた。


「護衛は俺とアントノフ、キリアの三人で行う! お前たちは家を守れ!」


 ジョニーの命令に、騎士団からバシッと胸を叩く音が響き、ジョニーは荷台に上がり兜を纏った。


「行きましょう。貴方たちは必ず私達家族が御守り致します! そしてリリア様が帰ってきたら説教しましょう、この家で」


 勝手に家を離れたリリアに対して怒ったアントノフの声に、ヒーが小さく頷いたのが見えた。


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