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16/21

 次の日の朝、リリア、ヒー、フィリアの三人は砦に戻ってきた。

 予定では三日ほどは自宅でのんびりするはずだったが、二人ではリリアの意志を止める事が出来ず、店をほっぽりだして帰ってきた。


 帰ってきた三人はすっかり元気を取り戻したようで、またいつものように片付けや城の掃除を始め、俺は再び畑の開墾の続きをする事になった。

 パープル騎士団全員もリリアの帰還を喜び、まだ心の癒えていない俺達を気遣い、手伝いを買って出てくれた。


 ――昼になり昼食を取っていると、一羽の鴎がやってきて手紙を置いていった。

 セイレーンからの手紙だと分かり、すぐにリリアはそれを読み、嬉しそうに手紙を見せ、内容を伝えた。


「やりましたよ! 私達は海で漁をする権利を手に入れました! 見て下さい!」


 手紙には、アーロ王の紋章が一目で分かる船なら航海も漁もして良いと書かれており、セイレーン王の紋章が入っていた。


「まさかこんなに早く許可が出るとは……あの秘書が本当に話をつけてくれるとは、思いませんでしたよ!」


 リリアのその言葉に驚いた。


「おい! お前あいつが偽者かと思ってたのか?」


 どうやらその事に驚いたのは俺だけだったようで、皆が一斉に俺の顔を不思議そうに見た。


「偽者とは思ってませんよ。ただ、彼が本当に口添えするとは思ってませんでしたからね」

「はぁ? じゃぁ何で金渡したんだよ?」

「あれは友好の印ですよ。少なくとも彼らとは敵対関係にはないと主張しておけば、後々話しがしやすくなりますからね。それに見たでしょう彼のあの顔。やはりお金の力は凄いですね!」


 策士リリア恐るべし。


「それでもてっきり彼が来るのかと思っていたのですが、どうやらまだあのお金が余ってるようですね。それとも王に止められているのか? ……どちらにせよ、これだけ早く話がついたところを見ると、彼は私達を気に入ったようです。これからは彼を上手く使い、交渉しましょう!」


 あれだけ苦労して手に入れた海の権利を、リリアはとても喜び、疲れている顔が元気に笑うのを見て、俺も嬉しくなった。


「やりましたねリリア様! これで塩を作り、さらにお金を稼ぐ事が出来ます! そうなれば、もうあの忌々しいオババに薬をせしめられる事はありません!」


 フィリアは薬を安値で買い取られた事を根に持っていたようだ。


「そうですね! しかし、トーンとの友好関係を捨てるわけには行きません。これからも薬の貿易は続けましょう!」

「…………はい!」


 かなり間があったが、フィリアが元気に返事をした。


「では早速塩を作るための準備をしましょう!」


 気の早い王は、すぐにでも輸出品の塩を生産しようと張り切るが、今の人手では全然足りない。

 それを伝えようとした俺に代わり、ヒーが人材確保の提案を上げた。


「待って下さい! 今塩を作ろうとすれば、片付けも畑も、部屋の飾り付けまで中途半端になってしまいます」


 こいつらは俺が畑を耕している間に、無駄な作業を増やしていたらしい。


 今にも立ち上がり走り出しそうだったリリアは、うっと声を漏らし、腰を落ち着かせた。


「それは困りますね。塩も欲しいですが、今日のための快適な寝室も欲しいですからね……」


 部屋の飾り付けが塩との天秤に掛けられている王は、元気を取り戻したが、お頭の方はどうやら置いてきたままのようだ。


「ではそろそろ、民を受け入れる準備を始めてはどうですか?」


 何か策でもあるのか、フィリア大臣が良い事を言った。 


「民ですか……しかし、とても人が住める環境にはありませんよ?」


 俺達は住んでいるのに、リリアはどういうつもりで言ったのだろう。


「でしたら、大工作業が出来る者を民として受け入れるというのはどうですか?」

「なるほど。それは名案です! して、フィリア大臣、何か良い方法があるのですか?」

「……いえ」


 ここで珍しく、フィリア大臣が無策だと放つ。

 我が国の頭脳でも何も無いと知ると、俺達はそれぞれ頭を捻り始めた。 

 そして、一番初めに口を開いたのはヒーだった。


「こういうのはどうでしょう。王都アルカナへ行き、グリードガーデンに移住したい者はいないかと、呼びかける宣伝活動というのはどうですか?」 


 それはすでに国では無く企業の活動だろ! と言いたいが、内気なヒーらしい考えに頷くしかなかった。


「しかしそれでは、大工が来るとは限りませんよ?」

「では、大工さんを優遇などと謳えばどうですか?」


 もうそれは建設作業員の募集と変わらない。うちで欲しいのは労力となる民であって作業員ではない、それ……とても良い名案だ!


「しかしそれでは会社と変わりませんよ?」


 大臣は何故そこで否定するのか分からない。


「……そうですね。私としたことが、つい黒の手の感覚で考えてしまいました。私の意見は忘れてください……」


 伯爵諦めんな! こいつらと俺の感覚は少しズレている!


「気にしないで下さいヒーちゃん。なかなか良い考え方ですよ。ヒーちゃんの考え方なら、仕事を探す方も、住み込みたい方も助かり、皆さん幸せになります」


 何でそこまで自分で言って気付かないのか、不思議でしょうがない。


「ほかに意見のある方はいませんか?」


 いつの間にか会議が始まっているようで、リリアは王として仕切り始めた。


「はい!」


 そしてあっという間にフィリアはそれに乗るように、ピシッと手を挙げリリアの指名を待つ。


「どうぞフィリア大臣!」


 こいつらはこれがしたいだけなのかもしれない。


「フィリア様は奴隷についてどうお考えですか?」


 いきなりヘビーな質問が飛んだ。

 俺とは違い、三人は奴隷がどういうものなのか知っていると思うが、もしここでリリアが奴隷を買うと言えば話は早い。


「反対です。あれは畜生外道のする事です。私は断じて許しません!」


 奴隷を買うという選択肢は完全に無いようだ。


「でも、労力を手に入れるには一番早いぞ? 一人ぐらいなら良いじゃん」

「はいリーパー孫爵! 爵位を剥奪します!」

「なんで⁉」

「それはアーロ王だけで無く、ルキフェル様への冒涜です! 本来なら国外追放になるような発言ですが、今回だけは平民となることで許します! それと、発言するときは手を挙げてからして下さい!」


 そうだった。奴隷解放を行ったアーロ王の話を忘れていた。

 そしてどうでもいい事だけ拘りやがる!


「じゃぁどうすんだよ? このままじゃ後何年掛かって国になるんだよ?」

「……やはり、宣伝活動しかありませんね……」


 この王はダメだ。それにいつの間にか孫爵まで上がっていた俺の爵位は、あっという間に奪われてしまった。


「わた。はい!」

「どうぞフィリア大臣!」


 本当に面倒臭い奴らだ。


「私の考えは、貧しい土地に暮らす者に声を掛け、安全と平和を約束し、この国に移住する事を勧めるというものですが、どうですか?」


 なかなかいい考えだが、その土地まで行くのに何日掛かるか分からない。


「どこか目ぼしい土地でもあるのですか?」

「はい。海の向こうに見えるアブラム地方は、現在アブラム王三世の悪政により、貧困に苦しむ村が多いと聞きます。カミラルから陸路では三日以上掛かる道のりですが、ここの海の航路では半日ほどで行けます。我が国は航海する許可を持ち、後は船さえあればすぐにでも行き、村人を連れ帰れます。これなら一度に沢山の民を迎え入れる事が出来、それだけいれば、知識が無くとも天井も直せるのではないですか?」


 とても理論的で現実味があるが、一番の問題はそれだけ人が来ても、生活出来るような環境ではないと言う事だ。


「なるほど。しかしそれでは折角迎え入れた民の食事は何とか出来ても、彼らが寝泊りする、屋根のある寝床がありません。それはどうしますか?」


 さすが王。きちんと民への優しさを忘れていない。


「……それは……しばらくは野宿という形にして我慢してもらいましょう。王族の私たちでさえ野晒しに近いんですよ? それくらいは勘弁して頂きましょう」


 ときどき出るフィリアの暴言に近い発言が出た。民に対しても失礼だが、我が王とその王族が眠る寝室を野晒しと言いやがった。フィリアはあの寝室に不満があったようだ。


「なるほど。それもそうですね。今まで強い雨が降らず、屋根代わりのシーツで何とかしてきましたが、それを考えれば早急に屋根が必要ですね」


 王も納得するところが間違っている。

 王にとってもあの寝室はお気に召してはいなかったようだ。


「おい! 問題はそこじゃねぇだろ?」

「でっ……」


 リリアは何か言いかけたがそれを止め、髭も生えていない顎を触り、髭を伸ばすような仕草を見せた。

 俺が手を挙げるのを待っている!

 元気が戻ったのは良い事だが、面倒臭さも戻っている。


「はい」

「はいどうぞ! リーパー……リーパー委員!」


 まるで餌を見せた犬のように食いついてきた。ご丁寧に委員に戻して。


「先ずは一つずつ片付けていこうぜ。リリアは何を優先したいんだ?」

「う~ん……そうですね~……やっぱり寝床ですかね? いい加減屋根と扉のある部屋で寝たいです」


 国の発展はまだまだ先のようだ。


「じゃぁ次は?」

「それはもちろん畑です! お金の方はしばらくは持ちますし、そうなれば当然自給自足に備えるのが当然かと?」

「………」


 行動と言動が一致していないのが、我が国王の素晴らしいところだ。


「それなら塩はまだ良いだろ! 急ぎたいなら労力を増やせ!」

「だって私達みたいな暇人、他にいないんだもん!」


 俺が強く言えばすぐこれだ。反論できなくなるとリリアは駄々っ子のようになる。

 それに、俺とリリアはそうかもしれないが、ヒーとフィリアは黒の手の店番があるのを、平然と暇人扱いしている。


「ヒーはどう思うんだ? お前だって店の方あるんだし……?」


 俺の言葉を聞くヒーは、何故か嬉しそうに笑った。 


「私はのんびりで良いと思います。店の方はジョニー達がくれたお金があるので、今はゆっくり出来ます。それに、この間のような危険な目に合うくらいなら、無理に国を発展させたくはありません」

「だよな。おいリリア! お前が危険な事するたび、ヒーも俺達も巻き込まれるんだからな! 今は城の片付けと畑で我慢しろ!」

「え~! それだといつになったら国になるのか分かりませんよ~?」

「分かりませんよ~? じゃない! フィリアもそう思うだろ?」


 フィリアは、えっ、私! という顔をして俺から目を逸らした。


「おい! お前もリリアを甘やかしすぎだぞ! 下手したら三回は死んでるんだぞ!」

「分かってますよ! ……だけど、リリア様がねぇ~……」


 フィリアは横目でヒーを見た。

 ヒーはそれを受けて、さらに横に目線を逸らした。その逸らした目線の先に、こちらをチラ見していたキリアと目が合い、キリアは慌てて目を逸らした。

 ダメだこいつら、と思うと鼻からため息が漏れた。


「ジョニー! お前も何か意見をくれよ?」


 話がまとまらなくなり、ジョニーに助けを求めた。

 ジョニーはチラッとこっちを向き困った顔を見せたが、委員まで降格したとはいえ、俺の言葉を無視できずやって来た。


「一体何の用ですか?」


 リリア達がいるとジョニーの口調は堅苦しくなる。


「リリアがあれもこれもしたがって、全然人手が足りないんだよ。何か良い手は無いか?」

「そうですね~……」


 左手を肘に当て、右手で顎を触り考え出した。

 まだ堅苦しいところはあるが、リリア達の前でも大分態度や口調は柔らかくなった。


「アントノフ! ちょっと来てくれ!」


 いい案が浮ばないのか、ジョニーまで助け舟をアントノフに求めた。

 このままこれが続いて、ムキムキマンまで行かなければいいが……


「どうしました?」

「実は人手がこうで……」


 ジョニーから説明を受けるアントノフはうんうんと頷き、なるほどという顔をした。


「話は大体分かりました。私の意見でよろしければ、お聞き願えますか?」

「頼むよ。遠慮しないでどんどん言って」

「では山賊を捕らえるというのはどうですか?」


 我が国最年長の頼もしき副団長は、俺達に恐ろしい知恵を授けた。 


「おお、なるほど!」

「なるほどじゃねぇよ! さっきの俺の話聞いてたか!」


 リリアは何に共感したのか、満足そうに納得している。


「安心して下さいリーパー殿。あくまで戦い、教育するのは私たちですので、リリア様たちに危険が及ぶ事はありません」

「教育⁉」

「えぇ。例え山賊を捕らえても、改心させ従わせなければなりません。ここには牢獄もあります故、心配なさらずとも大丈夫です」

「それは有り難い話です。さすがはパープル騎士団!」


 アントノフの考え方も怖いが、それに賛同するリリアも怖い。


「……出来れば、違う方法はないかな?……」


 このままではまた危険に晒される。


「……では、奴隷商人を狙い、その奴隷を奪うというのはどうですか?」

「おお、それは素晴らしい!」

「さっきとほぼ変わらねぇじゃねぇか!」


 どの辺りに素晴らしさを感じたのか疑問だ。


「そうですか? こちらなら教育は必要ありませんよ?」

「なるほど」 


 こいつらはどんだけ危険が好きなんだ!


「それも却下! もっと平和的なやつは無いのか?」

「そうですね~……! ではこういうのはどうですか? 時折来るルキフェル様のお命を狙う勇者風情を捕らえ、その力を平和のためこの国で振るってもらう。これなら平和と戦力を同時に得られますが?」

「結局戦闘が混じってるだろ! それに教育も増えて盗賊と同じじゃねぇか!」


 あれだけ考えて閃いた顔をしたアントノフを見て、本当に騎士なのか疑問になった。


「アントノフの案はとても素晴らしいですよ。リーパーはツッコミがしたいだけじゃないのですか?」

「なんでだよ! お前はどこに賛同したんだよ!」


 リリアに褒められ、アントノフは嬉しそうに頭を掻いている。


「盗賊も奴隷商人も他人に仇なす悪党です! そしてルキフェル様のお命を狙う冒険者は、悪そのものです! そんな彼らを教育し、真っ当な道に進ませる。何て素晴らしい思想だと思いませんか?」

「それは監獄の仕事だろ! ここはなんの国なんだよ!」


 リリアはハッとして、そうだったという顔を見せた。こいつは馬鹿だ!


「じゃあリーパーが何か考えて下さいよ~」


 始まった。この態度からして、リリアには何も思いつかないようだ。

 後ろに手を付き、足を伸ばしバタつかせ、体を揺すり始めた。

 完全に飽きだしている。


「そうだな……じゃあ、アルカナの貧民をうちに呼ぶってのはどうだ?」


 アルカナには格差があり、その中でもとくに地位の低い者達が下水道のある地下道で暮らしていた。


「おお、なんと素晴らしい考えですか! それなら貧しき者を助け、我が国も助かる! 正に一石二鳥ではないですか!」


 リリアは目を輝かせた。

 根は優しいリリアは、困っている人を助けることに喜びを感じるようだ。

 しかしそれをフィリアが止めた。


「それはマズイですよリリア様。貧民といえど、アルカナの民には間違いありません。そんなことをすればアルカナ王が黙ってはいませんよ?」


 たしかにフィリアの言う事は間違ってはいない。

 王にとって民は財産であり、たとえその命を粗末に扱っているからといって、勝手に取り上げるようなことをすれば黙ってはいないだろう。

 リリアもそれが分かっているようで反論しない。


「困りましたねぇ~。これでは全然発展が進みません。どうします?」


 どうするも何も、先ずはここでまともに生活できる環境を整えればいい話なのだが……


「ではこうしましょう。塩を作ることを最優先とし、先ずはお金を稼ぎましょう! お金さえあればいくらでも民を集める事が出来るはずです!」


 それはフィリアがただ単にお金が欲しいだけのような気もするが、自分がしたい事が優先される事に、王は賛成した。


「さすがフィリア大臣! やはりそうですよね。では畑は一旦止めて塩を作りましょう!」


 どうやら塩の生産は俺が担当するようだ。


「と言うわけなので、今後この国では塩の生産を最優先事項とし、国費を稼ぐことになりました! 皆さん頑張りましょう!」


 そんなこんなで我が国は、僅かな労力を塩の生産に当てる事になった。


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