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14/21

 朝を向かえ朝食を済ますと、それぞれが不安を抱えたまま砦の片付けや洗濯などをし、いつものように作業を行い夜に備える事になった。

 この頃にはすでに、リリア自身からお願いしますと頼み、俺たちが交渉に参加する事が決まっていた。


 少し早い夕食を済ませると、砦の警護にアンソニーとルベルトを残し、ウッドストックを含めた全員で海岸に向かった。

 フィリアに貰った立派なローブを着たリリアは、その小さな体のせいか、王様というよりお姫様に見えた。


 セイレーンとの交渉場所は砂浜を選び、そこに流木を集め二つの焚き火の準備を始め、星が輝き始める頃を見計らい、火を点けた。


 今夜は月も出ていて、地平線が分かるほどの明るさがあり、浜辺に打ち寄せる波が綺麗に見えた。

 ただ俺たちはほとんど会話もすること無く、波の音と、焚き火のパチパチという音と、騎士団の鎧の音が寂しく響く中、俯いている時間が多かった。

 そしてオッドとコーランが海に光る黄色い目の光りに気付き、ついにセイレーンとの交渉が始まった。



「この度は遠路遥々、ようこそ御出で下さり、誠にありがとう御座います」


 オッドが海から上半身を出し、俺達に近づいてくるセイレーンのご一行様に言った。


「警護上、この距離からの会談となります。どうぞご了承願います」


 コーランはさらに近づこうとする彼らを丁寧に止め、彼らがそれに承諾すると、二人は視界を遮らないよう左右に割れた。


「私達の話を聞くため来て頂き、誠にありがとう御座います。私はリリア・ブレハートと申します」


 少し前へ出ようとしたのをジョニーとアントノフが止めるような仕草を見せたが、リリアは怯むことなく堂々と挨拶した。


 交渉には五人のセイレーンが来て、残りのセイレーンはその後ろで、暗い海に黄色の目を光らせこちらを見ている。数にして五十はいる。


「ご丁寧な挨拶ありがとう御座います。私はミリバム上院議員の秘書をしている、マキリスという者です。今回はどのようなご用件でお呼になられたのかな?」


 セイレーンに上院議員とか役職がある事にも驚いたが、それ以上に人間のように礼儀正しい言葉遣いに驚いた。


「こちらの紋章をご存知ですね?」


 リリアはペンダントを見せ言った。

 セイレーンとの交渉は出来るだけ簡潔且つ素早く終わらせると決めていて、これが原因で戦闘が起こる事になり、例え命を奪われても、最初に見せると決めていた。


「この紋章は現在も、貴方達セイレーン族と友好関係にあり、海での漁、並びに航海するために有効ですか?」


 トーンが現在も漁を続けていることから、これはかなり期待が出来る質問だった。


「はい。我らとアーロ王との盟約は永遠なものです。その紋章があれば何も問題はありません」


 それを聞いてホッとした。

 どうやら俺達が思っていたほど危険な話ではなかったようだ。

 しかし、マキリスの次の言葉に緊張が走った。


「ですが、その紋章が本物であると証明できますか?」

「……いえ」


 下手な嘘は付けない状況を理解しているリリアは、正直に答える。しかしそれを聞いて、俺達の間に沈黙ができ、不穏な空気が流れ始めた。


「貴方達は海を使用する許可が欲しいようですが、そのような話では返答できませんね。我らを呼び出したのはこのためですか?」

「……貴方達を呼び出したのは、その通りです。しかし! これが偽物だと証明する事もできません! リーパーあれを!」


 俺はジョニーがアーロ王から貰った短剣を見せた。


「この剣はアーロ王から頂いた物です。そしてそれを受け取ったのが、ここに居るパープル騎士団、団長、ジョニー・ヘイエムです」


 ジョニーは一歩前へ出て、胸に手を当て挨拶した。


 それを受けて、マキリスは後ろにいるセイレーンと何かを話し合い、言った。


「確かにそれは本物のようですが、その証を持つ貴方達が、アーロ王とどう関係があるのかお聞きしたい」


 とてもお偉いさんらしい質問だ。

 下手に話を信じ許可を出せば、自分の責任となり処罰されるのを分かっている。


「アーロ王の意思を継ぎ、この地に新たに国を造ると誓いました。それ以外に関係性を証明する証はありません」


 言っている事は勝手に王に誓いを立てたという曖昧なもので、それで相手を納得させられるはずも無く、とても危険な方向へ向かうと思ったが、リリアはここから見事な話術を繰り出した。


「しかし! 私達と同じように、貴方達が本当にセイレーン王と関係がある事を証明できますか?」


 この質問にマキリスは顔を顰め、不快感を露わにした。


「なるほど。それでは私達がセイレーン王の証を見せても無駄と言う事ですね? しかし、この兵を見てもその証明にならないと仰りたいのですか?」


 マキリスは海で光る目を指し言った。


「それはこちらも同じ事です。数こそ少ないですが、ここに居るパープル騎士団は、一師団にも匹敵する力を持っています。武力が証明なら、それでこと足りるのではないのですか?」


 騎士団は自分たちを褒められ、ザッと音を立て胸に手を当てた。


「それにもし私達がアーロ王の威光を無断で借用し、悪行を働いているのであれば、ルキフェル様がすでに私達を処断しています。今、私達がパープル騎士団とここにいることが、何よりの証拠ではないのでしょうか!」


 確かにそう言われればそうかもしれないが、神話の神様の名を出し〝まだ〟悪用はしていないと言い張るリリアの図太さには感心した。

 しかしルキフェルの名を聞いて、マキリスがリリアから目を逸らしたのが分かった。

 これが無事終わっても、今度はルキフェル様と一悶着ありそうだ。


「私達は現在、グリードガーデンという国を興すため、私リリア・ブレハートが王を務め、あそこに見えるセイラム砦を居城とし活動しています。しかし我が国ではセイレーン王への謁見はおろか、陳情を頼む事さえ出来ません。そこで、グリードガーデンとしてではなく、パトロクロスのセイラム砦として海の使用の許可を頂きたく思います。それならばルキフェル様もお許し下さります」


 ここぞとばかりにリリアは畳み掛ける。

 セイレーンもそうだが、未だにルキフェルの存在を信じる者には、その名は現在のキャメロット王や魔王より恐ろしいらしく、マキリスは中座するとリリアに手をかざし、完全に背を向け賢そうな部下と話し合いを始めた。


 話し合いは難航しているらしく、時折ルキフェルの名やパープル騎士団の名が微かに聞こえてくる。

 そしてしばらくの話し合いの末結論が出たのか、マキリスが振り返り言った。


「分かりました。しかし今の私共では結論は出せません。そのため、後日この話を王へ伝え、再び御伺い致します。それでよろしいですか?」

「えぇ。このような話を突然されても困る事は分かっていました。ですから、本日はセイレーン族への挨拶と報告を兼ねておりますので、御気になさらずに結構です。そして……」


 リリアはフィリアに、金貨の入った手さげ袋を渡すよう指示した。

 フィリアはそれを受け、マキリスに近づき、少し離れた所に袋を二つ置いた。 


「そちらはセイレーン王への献上の金貨と、本日お越し頂いた貴方方への感謝の印です。どうぞお受け取り下さい」


 マキリスは袋を開け中身を確認すると、必死に隠そうとしていたが、その表情が厭らしくニヤけたのがはっきりと分かった。

 どこの世界もお金の力は凄まじいらしい。


「どうぞ遠慮なく、一つは皆さんでお分け下さい。このことはセイレーン王には一切語る事は無いのでご安心下さい。そして、今後とも私達の交渉にはマキリス様に来て頂きたく存じます」


 悪しき者の扱いに長けたリリアは、さらにお金という強力な力を使い、その心中に気付く事の無い絶対的な主従関係という楔を打ち込んだ。

 うちの王はかなり狡猾だ。


「お心遣い感謝致します。必ず王へ届けさせて頂きます」


 マキリスは自分には興味が無いふりをして、後ろにいる部下に首で袋を持つよう指示した。

 議員や官僚のような力が無い秘書が偉そうに指示する姿を見て、中途半端に力を持つものが闇に近い取引をする姿は、とても黒い。


「本日は長々とお付き合い下さり、誠にありがとう御座いました。次にマキリス様がお越しになられるようでしたら、酒の一つでも用意致しましょう。その時は良き返事を期待しています」


 リリアは俺たちの王だが、瞳を綺麗な紅に染め語る顔は、怖いものがあった。


「こちらこそ、本日は誠に有意義な時間を過ごせた事を満足しています。ミリバム上位院議員を通し、必ずや王から良い返事を貰って参ります。その時は事前に文を飛ばし知らせます故、どうか期待して待っていて下さい」


 完全に手駒にされていることにも気付かないマキリスは、自身の発言がリリア寄りになっている事に気付いていない。


「ありがとう御座います。それではお気を付けてお帰り下さい」

「では、失礼させて頂きます」


 マキリスは首で帰るぞと指示をした。その一瞬見せた表情が、心底腐っている者の見せる表情だった。

 そして、見送る俺たちにもう一度頭を下げ、全てのセイレーンを引き連れ帰って行った。


 彼らの姿が完全に見えなくなると、リリアは落ちるように腰を落とし、静かに荒い呼吸をしながらボーっと一点を見つめていた。

 緊張していた俺たち以上に緊張していたのであろう、しばらくヒーの呼びかけに、黒に戻った瞳で見つめ返すだけだった。


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