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 アントノフ、ルベルト、オッドの三人が護衛に付き、俺は海岸を目指すため森に入った。

 昔はこの森は無く、民家が立ち並び、緩やかな下り坂は馬車が行き来できる道だったらしいが、今では梟が鳴く不気味な森と化していた。


 森を抜けるとすぐに浜辺が見え、朽ち果てた海賊船の前で焚き火をして騒ぐゴブリン達が見えた。


「リーパー殿、交渉は私がします。リーパー殿は出来るだけ私達の後ろにいて下さい」

「分かった。任せる」


 交渉の手筈を確認し、ゴブリンの群れへと近づいた。

 俺達に気付いたゴブリン達は、赤い目を光らせギャーギャー騒ぎ出し、武器を構え始めるが、アントノフは怯むことなく歩み寄った。


「私達は、グリードガーデンより参ったパープル騎士団だ! こちらの海岸を使わせて頂きたく参った! 話の分かる者は前へ出てくれ!」


 いきなり襲ってくるのかと思っていたが、アントノフの声を聞いたゴブリン達はモニョモニョ理解出来ない言葉を発し、話し合いを始めた。

 だが、納得がいかないのか突然騒ぎ出し、敵意を露わにし始めた。

 それを見てアントノフは、俺に剣をゴブリンに見えるよう掲げろと指示した。


「この剣は、パトロクロスの第三王妃より、パープル騎士団副団長に与えられた剣だ! この剣を友好の証とし献上する! 話が出来る者は前へ出ろ!」


 この剣がアントノフの遺品! それを俺が勝手に持ち出したせいで手放す事になると知り、とても辛くなった。

 しかしそれを聞いたゴブリンは再び話し合いを始め、一匹のゴブリンが前へ出て来た。


「貴殿が代表か? 私はグリードガーデン・パープル騎士団副団長のアントノフだ。早速だがそちらの意見を聞きたい」


 ゴブリン相手でも騎士道を貫くアントノフは、正に王国の使者だった。


「オッ、オレタチ、イエ……、オマエタチ、アソコダケ……」


 片言だが本当に言葉が分かるようで、会話が成立した事に驚いた。

 しかし使用してよい土地は今いる場所だけだと、指で円を描き主張した。


「それでは困る。我々は海へ出なければならない。せめてあの区画を使わせてもらいたい」


 アントノフは両手で幅を指定し、海までのラインを描き、土地の使用権を求めた。 

 それを見ていた後ろのゴブリン達は、声を上げ駄目だと抗議する。


「ココ、オレノイエ……。オマエタチ、ココマデ……」


 所詮は猿。頑として譲る気は無いらしい。


「それに似合うだけの対価は支払う。何が望みだ?」


 交渉慣れしたアントノフは、上手く自分が優位に立てるよう話を持っていく。しかしゴブリンの要求はふざけたものだった。


「タベモノ、ズット……。ブキ、タクサン。……アト、ニンゲンノ……コドモノ、オンナ」


 今すぐに斬りかかりたいが、アントノフは冷静に話を続ける。


「食べ物と酒。それと武器と防具ならここにいる全てのゴブリンに与えよう。その代わりあそこの土地は貰い受けるが、どうだ?」


 ちゃっかり土地を貰うと言ったアントノフは流石だ。しかしそれでもゴブリンは納得しない。


「ニンゲン……ゴドモ、ヒツヨウ……。ココ、オレノイエ」


 さすがに人間の子供は用意できない。あの金貨を使い奴隷を買いそれを渡す事も出来るが、それをしてしまえば、俺達はただの賊となり、それ以上の物は手に入れられなくなる。

 それはアントノフも同じだった。


「人間もそうだが、生き物は私達には献上品として扱う事は出来ない。それに変わる物ならなんでも用意しよう」


 ゴブリンは一度仲間と話し合いを始めたが、騒ぎ始め、すぐにそれでは駄目だという意味だと分かった。


「ダメ……ニンゲン。ニンゲン、ホシイ……」


 アントノフは鼻から大きく息を吐き、交渉手段を変えた。


「では、私達パープル騎士団と戦う事になろうとも、譲る気は無いのだな?」


 アントノフの肩から、ジョニーのようなドス赤黒い魔力が立ち上り始めた。


「タタカウ? ……ナゼ? ……ココ、オレノイエ」


 殺気の類を全く出していないアントノフに、ゴブリン達はまだこれから起こるであろう事を理解していないようだ。

 気付くと、ルベルトとオッドからも赤黒い魔力が立ち上っていて、完全に臨戦態勢に入ったのが分かった。


「それは承知している。この海岸は貴殿らの土地であり、家であると言う事は重々承知している。しかし、世の理とは非情なもので、弱き者はその土地でさえ奪われてしまう。平和な暮らしを送りたくは無いのか?」


 まだ殺意も殺気も感じないが、背中から脇腹にかけて、鳥肌が立つ寒気が走った。


「オレ、ヘイワ……オマエ、ココ、ホシイ。……コドモ、オンナ……アノシロニイル、シッテル」


 それを聞いた瞬間、鳥肌が太ももまで走り、呼吸が出来なくなった。

 目の前が紅と淀んだ黒い炎に包まれたようになり、足があり得ないほど震え出した。

 しっかり奥歯を噛み合わせていなければ顎が振るえ、胃から喉下へかけ何かが蠢き、吐き気に襲われた。


 殺意全開のアントノフはジョニーとは違う、無慈悲で心の篭らない無機質なもので、先の全く丸まっていない針のようだった。


 その空間を支配するかのような世界に、アントノフはすでにワイトの域に達している。そう思うまでもなく恐怖と怯えが体から直接聞こえてきた。 


 俺もリリア達のことを口に出され怒りを覚えたが、そんな弱弱しい気迫は既に地平線の遥か彼方へと吹き飛ばされた。

 その恐怖はゴブリン達も同じのようで、逃げるどころかその場から動けずにいる。


「我ハ、頼ンデイル、故、土地ヲ貰イ受ケタイ」


 不気味に唸るように喋るのは、おそらくアントノフだろうが、もう俺の知っている声ではなかった。


「答エヲ……ヨコゼ!」


 ジョニーもセイレーンもヤバかったが、今のアントノフが一番ヤバイ! 殺して奪う気だ!


 そう思った瞬間、アントノフはゴブリンに襲い掛かり、首を目掛けいつの間にか抜いていた剣を振り下ろし、止めた。


「我が王、我が家族にはどうしても海が必要なのです。どうか快く使わせて頂けませんか?」


 殺意は全く収まっていないが、アントノフは優しく声をかけると剣を収めた。


 その後しばらく固まっていたゴブリン達は、ギャーと悲鳴を上げ海岸から姿を消した。

 それを見届けたアントノフは、いつの間にか優しい副団長に戻っており、跪き俺に頭を下げ謝った。


「申し訳ありませんでした! 私の未熟さ故交渉は失敗し、リーパー殿の顔に泥を塗る形になってしまいました! これは私一人の責任故、どうぞ首を御刎ね下さい!」


 それを見てルベルトとオッドも跪き、失態の罰を要求した。


 どうしてパープル騎士団は首を刎ねられたがるのか不思議だ。

 それでも何とかセイレーンとの交渉場所を手に入れられたのは、アントノフのお陰だ。


「俺はアントノフ達の上司じゃないぞ? 俺達は家族なんだろ? 結果はどうあれ海岸は手に入れられたし、アントノフの大事な剣も残ったんだから、謝るのはおかしいだろ?」


 剣を見せると、彼等の魔力がさらに上がったようで、ジョニーと変わらないほど禍々しいオーラを放ち出した。


 それが良いのか悪いのか分からないが、こうしてグリードガーデンは領地を少し広げる事に成功した。  



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