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大きく深呼吸をし、顔を両手でパンッと叩いた。
その痛みで気持ちを切り替え、セイレーンとの交渉に備え、作戦会議を開いた。
「よし! 先ずは海岸のゴブリン達をどうにかして、セイレーンとの交渉場所を確保しよう! 何か策はあるか?」
ジョニーとアントノフは作戦を練り出した。そしてすぐにアントノフが口を開いた。
「ゴブリンと交渉し、海岸を共同領土とする盟約を結んではどうでしょうか?」
武力を行使し、海岸を手に入れようとしていた俺とは違い、とても平和的な意見に驚いた。
「ゴブリンと話なんて出来るのか? あいつら猿並の知能しかないんだぞ?」
ゴブリンは野蛮で群れを成す獣だが、モンスターの部類の種族だ。
「それは偏見ですよ。彼等は私達の言語を理解できますし、片言ではありますが、言葉による意思の疎通が可能です。ただ少し我がままと言うか、自分達の気に入る事でなければ、なかなか上手く話を聞いてくれません」
言葉が話せるのは驚いたが、話を聞く限りでは猿とほぼ変わらない。
「そんなんで上手くいくのか?」
「何か気に入りそうな手土産などがあればいいのですが……」
「手土産? ゴブリンが好きな物って何なんだ?」
「酒、肉、武器、鎧……そんなとこかな?」
ジョニーは首を傾げながら言う。
「後は生きた人間の、女性と子供です」
アントノフのチョイスがおかしい!
「生きた人間⁉ そんなの貰ってどうすんだよ⁉」
「食べるんですよ。女性や子供は肉が柔らかく質もいい。エルフ達と違い筋肉も多いですからね。ほかにも色々な用途があるようですが……ご説明した方がよろしいですか?」
アントノフは優男の癖に怖い。
「なっ、何でそんなこと知ってんだ?」
「食べた事はないですが、私は元賊です。女性や子供は全身から力が抜けると、とても柔らかくて気持ちが良いんですよ」
その感触を思い出すように目線を上げて言うアントノフは、アンデッドでなくてもヤバイ奴だ。
「昔の話ですよ。私が十代の頃の話ですから、安心して下さい」
その頃に習得した技術や習性はヤバイ! アントノフには気をつけよう。
「今は騎士としての誇りを持ち、その刃は私欲では振ることは無いから安心してくれ、兄さん」
ジョニーがそう言うんなら今は信じるしかない。というか、そんな話をしている暇はない!
「とにかく! 土産になるような物があれば良いんだな?」
「あれば交渉が楽になります。しかし、縄張りを共同でとなると、上手くいくかどうか?」
所詮は猿。やはり武力行使の方が良さそうだ。
「パープル騎士団で攻撃して、追っ払う事は出来ないのか?」
ジョニー達は、えっ! という顔をした。
さすがのパープル騎士団でもゴブリン相手では厳しいのか? と思ったが、あれだけの魔力を秘めるパープル騎士団が、ゴブリン程度を倒せないとは思えない。
「それは可能だが……」
「だが?」
あのジョニーが躊躇っている。もしかしたら、砦の外では力が発揮できないのかもしれない。
「それはリリア様が望まないのでは?」
「どういう意味だ?」
「リリア様は私欲の為に、平然と他の者を傷つける事を嫌うのではないのかい?」
ジョニーに言われ、自分の考えが愚かであったと反省した。
リリアは、自分は傷ついても良いが、他人が傷つく事は嫌う。
俺はまだ、自分が可愛くて自分を守ろうとしていたと気付き、情けなくなった。
「……悪かった。今のは忘れてくれ……」
俺は人の上に立つ人間ではないようだ。
「いえ。リーパー殿のお気持ちは分かります故、お気になさらずに。私の案も上手く行くとは限りません。結局は武力による制圧になる可能性もあります」
部下に気を使わせるとは情け無い孫爵だ。それでも今は海岸を手に入れることが先決だ!
「酒と肉ぐらいは何とか用意できると思う。それで何とかできるか?」
俺達の小遣いではそれくらいしか用意できない。
だがジョニーが思いもかけない事を言った。
「城の地下に武器とかあるよ。もし許可を貰えるのなら、それを使うのはどうだい?」
「ほんとか⁉」
城の中はまだ完全には片付いてはおらず、地下があることさえ知らなかった。
「あぁ。急いで瓦礫を退ければ、すぐにでも取り出せるよ」
「よし! すぐに案内してくれ!」
ジョニーに案内され、寝込むリリアを看病するフィリア達のいる部屋へやって来た。
リリアは眠っているようで、フィリア達が見守るように傍にいた。
「この先に地下へ続く階段がある。だがこの……」
俺はジョニーが言い終わるまでも無く、瓦礫を退かし始めた。
「おい! フィリア達も手伝ってくれ!」
一人ではとても間に合いそうも無く、手助けを求めた。
フィリア達は突然騒がしく瓦礫を避ける俺を見て、ビックリしている。
「おい! 手伝ってくれって!」
「リーパー! 何……⁉」
フィリアが怒鳴る前にヒーが黙って立ち上がり、片付け始めた。
それを見たフィリアも、それ以上何も言わず瓦礫を寄せ始めた。
どれくらいの時間か分からないくらい必死になって瓦礫を除けると、やっと人が通れるだけは確保できた。
そこから先は、俺とジョニーだけで進んだ。
石で囲われたトンネルのような真っ暗な階段は、ランプで照らしても足元が見えるだけで、前を歩くジョニーのはっきり見える姿を追いかけた。
階段を下りると今度は狭い廊下に着いたようで、それをまっすぐ進むとTの字型に廊下は交差しており、そこを左に進んだ。
コツコツという足音と、雫が落ちる音が不気味さを増す。
少し進むと扉の無い部屋の前でジョニーは足を止め、一つの壁の石を探し、手を当て、赤い魔力を注いだ。
魔力を注いでも何も起こらず、ジョニーは部屋の中へと入って行った。
何をしたのかは分からないが、今はそれを問う暇は無く、黙ってジョニーに付いて行った。
だが、部屋に入り中を照らし辺りを見回すと、愕然とした。
そこにあったのは剣や盾を立てかけておくフレームだけで、武器や防具は一切無かった。
「ジョニー! 武器なんて一つも無いぞ!」
いまさらながら気付いたが、三百年前の砦の武器など持ち出されていて当然だった。
それを武器がまだあると思っていたジョニー達は、まだあの時の中の存在だと思ってしまった。
「兄さん。ここにあったのは全て戦利品として持ち出されたよ」
「はぁ⁉」
ジョニーが何を考えているのか分からないが、俺に対して敵意が無い事だけはその口調から分かった。
「この部屋にはまだ秘密の部屋があるんだ。こっちに来て手伝ってくれないか? 今の俺では鍵を開けることが出来ないんだ」
そう言い、ジョニーは部屋の左角へと案内した。
「兄さん、ちょっとこの辺りを照らしてくれ」
ジョニーに言われ、石壁をランプで照らした。
壁の石はゴツゴツとしたレンガで作られていて、湿気で濡れているようだった。
「ここの石を引っ張ってくれないか?」
ジョニーに言われた石を引っ張り出すと、三センチほど引っ張ったところで止まり、それ以上は取れそうには無かった。
「次はこっちの石を押し込んでくれ」
そこから少し上の指定された石を押し込むと、少し石は引っ込み、どこかで水の流れる音がした。
何が起きたか分からずキョロキョロしていると、コッ、コッと近くで石が動く音がし、最後にジョニーは、ここの壁を力いっぱい押せと指示してきた。
言われたとおり壁を押すと、壁は動き、押し扉のように開いた。
中に入りランプを照らすと、小さな部屋に剣や本などさまざまなお宝が眠っていた。
「こっ、これは?……」
「俺たち騎士団の私物だよ。本当に大切な物だけここに仕舞っていたんだ。でも……これは俺たちにはもう必要なくなったから」
中には錆びて朽ちてしまった物もあるが、すぐにでも使えそうな物の方が多かった。
そして袋一杯に入った金貨が目に入った。
「これ凄いな! これだけあれば何でも出来るぞ!」
「それはセイラム砦の資金だったものだよ。今は使えないかもしれないから、売ってお金に変えれば城の屋根も直せると思うよ」
今売れば屋根どころか、傭兵でも奴隷でも買えそうだ。
しかし今は武器だ!
「ジョニー、使えそうな武器はどれなんだ?」
ジョニーは宝の山の中を通り抜けながら探している。
俺もその間すぐに使えそうな物を探した。
「兄さん。ここにある短剣があれば十分だと思うよ?」
ジョニーに言われた短剣を取るため、宝を掻き分け進んだ。
見るとその短剣は金色をしており、柄尻に青い宝石が埋め込まれ、鞘にアーロ王の紋章が彫り込まれていた。
「これって……良いのか⁉ アーロ王のもんだろ?」
「それは、俺がこの砦の任を与えられたときに頂いたものだよ。今はもう必要ない」
それを聞いて閃いた。
これがあればセイレーンをより信用させる事が出来る。
そう思い、適当に宝の山から剣を掴み、金貨を右手に鷲摑みにしてポケットに入れ、フィリア達の元へ戻った。
「フィリア見ろこれ! 宝の山があるぞ! これだけあればかなり良い暮らしが出来るぞ!」
お金の大好きなフィリアは大喜びするかと思ったが、逆に怒られてしまう。
「リーパー! 今はそんなもの必要ないでしょう! 貴方はそれを持って逃げる気ですか!」
そういう意味で言ったんじゃないが、今の目的はそこには無いと思い出し、すぐにアントノフを呼んだ。
「アントノフ、この剣じゃ駄目か?」
適当に持って来た剣を見せた。
「……いえ。これで十分です。この剣だけでも十分交渉は出来ます」
少し考えたアントノフは、何故か寂しそうだった。
「では、すぐにでも出発します。許可を頂けますか?」
「えっ! 今すぐ行くのか?」
「えぇ。後虎の憂いを取り除くのは早い方が良いですからね。よろしいですか?」
この話を一緒に聞いていたフィリアが俺の顔を見て、説明を求めているのが分かり、話す事にした。
「フィリア。ヒーも聞いてくれ。これから俺達がゴブリンと話をして、海岸を使えるように交渉してくる。だから少しだけ出掛けるから、リリアに聞かれたらそう伝えといてくれ」
「……分かりました。ただし、絶対に怪我無く戻って下さいよ」
「分かった。ヒーもそれで良いな?」
「……分かりました……」
ヒーは何か言いた気にしたが、俺はそれを待たず出発の準備を始めた。




