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砦に戻ると、リリアはストレスからか熱を出し、そのままフィリア達に連れられ、布団の中で看病を受けていた。
俺はすぐにジョニーとアントノフを呼び、セイレーンとの約束を話した。
「なるほど、状況は把握しました。それで、リーパー殿はどのようなお考えですか?」
すでに会話が可能となっているアントノフが訊く。
アントノフは騎士団の中で最年長で、団のまとめ役だ。
「リリアをカミラルに連れ帰って、セイレーンを無視するしかないだろ?」
今後海にさえ近づかなければ、リリアは殺される事は無い。
「しかし誓うと申されたのですよね? それでは必ず、代償を取り立てに来ますよ?」
「あいつ等は海から長い時間出てられないんだろ? ここには来れなくなるけど、俺達がなんとかするから大丈夫だ」
「彼ら自身は出られずとも、他の種族を使い、事を成す事は可能です」
アントノフのその言葉を聞いて、絶望的状況だと気付いた。
「それに兄さん達も同じだ。顔を見られた以上、兄さん達全員が標的になる」
ジョニーの言葉に、さらにマズイ状況だと気付いた。
「でも、会っても殺されるかも知れないんだぞ!」
会おうが会わまいが殺される事に変わりは無いが、それでも、少しでも生きる可能性があるのならそちらに賭けたかった。
「かもですよ。リリア様が何も策を持たずそのような事を言うとは思えません。必ず成功しますよ」
アントノフはそう言うが、リリアの策は王家の紋章を見せ、アーロ王の威光を使うつもりだろう。
しかしそれが通用する保証もないし、下手をすれば反感を買い、余計に状況は酷くなる気がする。
「なぁ? ジョニー達は紋章の入ったペンダントを見て、あれが本物……本当にアーロ王の言葉だと思ったのか?」
その時は今の状況をどうするかで必死だったが、後で考えれば、もしあれは嘘だったのかとジョニー達が怒り、俺達を襲ってくるかもしれないという考えは無かった。
「正直に言えば……リリア様の言葉は、王のものとは思ってはいませんでした……」
しかしアントノフとジョニーはそんなことなど気になどしておらず、怒る事も無く、真剣に今の状況回復を考えてくれた。
「俺達はすでに、国も王もとうの昔に滅んでいた事は知っていた。だが、それでも俺達は何かを守りたかった。騎士団のほとんどはそんな俺達が無理矢理縛っていて、本当は皆この苦しみから逃れたいのを分かっていた。それをリリア様は解放し、愚かな俺達を許し、家族と呼んでくれた。俺達にとって王家の紋章はそれほど意味の無い物だったが、今でもセイレーンがこの地の村で漁を許しているのであれば、必ず話を聞いてくれる」
ジョニーは本当に良い奴だ。
「でも、リリアの持ってる紋章はレプリカの可能性だってあるんだぞ? それでも通用すると思うのか?」
「王家の紋章は、例えレプリカだろうと、所持する者が相応しくなければ誰も認めません。私達が刃を止めたのは、それを見せたのがリリア様だったからです!」
アントノフは力強く語るが、それは個人個人の勝手な思い込みだと思った。
「セイレーンがそれをどう取るかは分かんないだろ! 失敗すればリリアを失うんだぞ!」
「それは俺達がさせないよ兄さん。俺達の使命は、リリア様や兄さん達を守る事だ。グリードガーデンの騎士として誓う!」
二人とも理想論ばかりで話にならない。
「遊びに命は賭けられないって言ってんだよ!」
自分で言って今の言葉は失言だと気付き、ハッとした。
ジョニー達の顔色が変わり、俺を睨み付けるように見た。
「遊びだと思っているのはリーパー殿だけですよ。リリア様が何故そのときに紋章を見せなかったのか分かりますか?」
殺されるかもしれないと思っていた俺に、アントノフは優しく諭すように言った。
「もしその場でリリア様が紋章を見せていれば、リーパー殿たち全員が殺されていたでしょう。しかしリリア様はその場では見せず、二日後の夜を選ばれた。リリア様は一人でセイレーンと対話し、全ての責任を負う覚悟で仰られたのですよ。命を賭けるのは、すでに遊びではありませんよ」
俺だけが何も分かっていなかった。
俺だけが遊びだと思っていた。
フィリアもヒーも何故あそこまでリリアに付き合うのか、俺には覚悟が足りなかったと知った。
「私達がやらなければならない事は決まっています! リリア様を信じ、この交渉を成功させるために尽力を注ぐだけですよ」
「それでも兄さんがリリア様を逃がすと言うのなら、俺達は兄さんを敵として認識しなくてはならない。それが例え、リリア様を悲しませる事になっても!」
自分のすべき事が分からず、ただ目の前の危機から逃げようとばかり考えていた俺には、重い言葉だった。
「分かった! その代わりもし、もし交渉が失敗して危なくなったら、俺の命を使ってでもリリアを助けろ! それが俺の覚悟で、パープル騎士団への命令だ!」
「御意!」
今までのツケを全て支払い、これからは今まで以上にリリアを支えると誓いを立てた。




