①
国。それは王に治められている土地と、そこに住む民の集まり。国家。国土。大体の者がそう答えるだろう。
しかしその歴史や成り立ちなどを聞かれると、大抵の者が詳しくは知らない。ましてや、建国までにそれに携わった偉人達の苦労など知る由も無いだろう。
当然俺も知らないし、知ろうとも考えた事など無かった。
そんな俺、リーパー・アルバインが、まさかたった四人で建国を目指す偉人の一人になるとは……。
俺たちが暮らす世界、セフィロト。一つの太陽が昼と夜を作り、三つの天体が夜を照らす。海に囲まれた大地には山や森など豊かな自然が溢れ、多種多様な生命が存在する。
セフィロトには、人間、魔族、エルフ、ドラゴンなど、多くの種族が建築技術や魔法を発展させた文明を築き、ときに争い、ときに協力し現在まで子孫を残していた。
なかでも魔族は人間達と永きに渡り争い、現在も魔王セーレを筆頭に、セフィロトの領土と覇権を巡り戦争を繰り広げている。
俺はそんな世界で、狩猟や農作物を育てて生計を立て、戦争とは無縁のルキフェル地方にある、カミラルという小さな村で生活をしていた。
カミラルは天然の要塞と化した豊かな森の中にあり、村を出入りするには正規の道を通らなければ遭難してしまう。
人口は百人ほどで、ほとんどの村人が自分の畑で作物を育たり、狩猟をして生計を立てている。
村の中心地には、石で道が舗装され街灯もあり、教会や店で賑わい、セフィロトでは珍しい高魔族と共存する村である。
高魔族は、魔力意外は普通の人間と変わらないが、とくに女性の魔力は常人を遥かに超えており、魔女と呼ばれ、それを妬んだ昔の人間が別の種族として差別、迫害し、現在では人間とほとんど交流することなくひっそりと暮らしていた。
しかしカミラルではそのような風習も無く、仲良く同じ村で同じ人間として生活している。
生まれたときからカミラルで生きてきた俺にも、当然何人かの魔女の幼馴染がいる。
そのうちの一人は、これからいつものように分けの分からない事を言う、リリアという少女だ。
「リーパー! 私の夢は王になる事だと知っていますよね?」
これだ。この敬語で喋る、俺の二つ年下の十六歳の少女がリリアだ。
魔力の影響で青銀色になった髪。太陽の光りを受けると赤だと分かる黒い瞳。魔力とは関係なく元から低い百四十台の身長に、小さな胸。そして黒の多い魔女の服を、今どきの若いスタイルで着こなす。
とても活発で元気がよく、落ち込むことを知らないような性格で、言葉遣いはとてもいい。
しかし、自分の遊びに半ば強引に俺を引き込む、悪い奴でもある。
「ああそうなの。それで?」
そろそろ収穫できそうなカボチャ畑の雑草を毟っていた俺の元へ来て、また下らない遊びに巻き込もうとしている。
「とうとうその第一歩となる、居城を手に入れるときが来ました!」
出た。またいつもの秘密基地を作ろう! の誘いだ。
もう何度森の中に作った事か。そしてごっこ遊びが飽きる度に何度放置してきた事か。
もう十六になるんだから、いい加減妹と経営する魔法雑貨店に専念した方がよいのでは? と思ってしまう。
「それで?」
また面倒な遊びに付き合いたくない俺は、雑草毟りの続きを始めた。
「良くぞ聞いてくれました!」
別に聞いていない。
「それでですね。これから我が居城となるセイラム砦に乗り込み、そこにいるアンデッドに砦を譲り渡してもらう交渉に向かいます!」
「はぁ⁉ お前マジで言ってんのか⁉」
セイラム砦は嘗て、三百年以上前にこのルキフェル地方にあった、王都パトロクロスを治めていたアーロ王の砦の一つで、カミラルから一番近くにある、海を見渡す事のできる見張り砦である。
現在はアーロ騎士団の亡霊が強力なアンデッドとなり、砦に入る者を襲うと言われていて、村でも近づく者は誰もいない。
「えぇ。私はこのときのために新たな魔道人形を作り、騎士団長を説得させる策を練っていました。それがついに完成し、やっと私の夢が動き出したのです!」
こいつは馬鹿だ。
確かにリリアは、アンデッドを使役し操るネクロマンシーの力を得意とする。しかし相手は過去何名ものプリーストが挑戦しても倒せなかった相手だ。
それを説得するという考え方は悪くないが、騎士団長の下に辿り着くまでに、どれほどのアンデッド兵を潜り抜けなければならないのか、分かっているのだろうか。
「お前の作る魔道人形で、騎士団長まで行けると思ってるのか?」
理論的に話せばリリアも気付くだろうと、冷静に説得する事にした。
「もちろん! 今回の人形は惚れ惚れするような出来です!」
リリアの作る人形は、比較的弱い亡霊を入れ操る。そのため人形の形や大きさによっては、普通のアンデッドよりは強くなる、が、それでも限界がある。
「相手はあの騎士団だろ? もし途中で人形が壊されたら、お前死ぬぞ?」
「大丈夫ですよ、私だって馬鹿じゃありません。今回の人形なら、帝国軍の一師団でさえ手を焼きますよ」
どんな化け物を作ったのだろうか。
リリアの作る人形は普通の女の子を模したものが多く、その可愛らしさのせいで余計に不気味で、戦闘用のものとなると、それは恐怖を覚えるものになる。
「それはそれで駄目だろ! 折角の砦も使い物にならなくなるだろ!」
「御心配なく。人形はあくまで、騎士団長の下へいくための使者に過ぎません。最終目的は説得、いえ、交渉という平和的なものです」
もう王様気取りで言葉を選びやがった。
「それでも危険な事は変わりないだろ? 俺とお前だけで出来るわけ無いだろ?」
「ヒーとフィリアもいますから、大丈夫ですよ」
ヒーはリリアの双子の妹で、カードに物を閉じ込め、持ち運ぶ事が出来る封印魔法を得意とする魔女。
フィリアは高魔族ではないが、リリアの家にいるメイド的なお姉さんで、薬の調合や回復魔法を得意とする。
二人はリリアの遊びに嫌な顔一つ見せず付き合い、いつもリリアのことを気に掛けている良い奴らだ。
「二人は行くって言ったのか?」
「えぇもちろん。私の夢に、喜んで協力してくれると約束してくれました!」
駄目だろあの二人は。何故止めてやらないんだ!
「どうしますか? 今なら貴方にも爵位を与えますよ?」
それが本物の王族の言葉なら、喜んでお受けするのだが、ガキの遊びに命は賭けられない。
「本当に行く気なのか?」
「もちろん。さぁ、時間が勿体無いので早く決めて下さい!」
決めるも何も、行くわけが無い。と、言いたいが、女性三人だけで行かせるわけにも行かない。しばらく付いていって、危なくなったら力ずくでも連れ戻そう。そう考え、渋々同行する事にした。
セイラム砦へ向かうため、一度リリアたちの経営する魔法雑貨店〝黒い手〟に向かい、そこでヒーとフィリアの二人と合流した。
「お前らも本当に行く気なのか?」
「はい。何か問題でもありましたか?」
妹のヒーは当然のように答える。
あるに決まっている。
「店の方はどうすんだよ?」
「買い物客はほとんど来ることは無いので、今日一日は早く締めても問題ありません」
妹であるヒーは、口調も顔も背丈もリリアとほぼ変わらず、顔馴染みでもない限り見分けるのは難しいほど似ている。
違いがあるとすれば、髪の色がリリアより若干銀色で、少し長い髪をポニーテールにしていることだ。
しかし性格は大分違い、内気で口数が少なく、感情を顔に出さない。そのせいで俺でさえたまに何を考えているのか分からないことがある。他にも、無駄な事を嫌い、効率よく物事を進めようとし、くそ真面目。そんなところがリリアと決定的に違っていた。
「フィリアお前もか?」
この姉妹は説得しても無駄だと判断し、フィリアに助けを求めた。
「ええ。リリア様が危険なところに向かうのに、私が行かないわけには行かないでしょう?」
フィリアは、肩甲骨辺りまで伸ばした長い金髪がよく似合う美人で、身長も百七十ほどありスタイルも良い。そのうえ運動能力も高く、徒手格闘を習得していて〝打撃の鬼〟の異名を持つ。
性格は穏やかな部類に入るのだが、たまに暴言を吐いたり、金に五月蠅かったり……やっぱり穏やかな部類には入らない。それでもリリアを様付けで呼び慕う、優しい女性である。
フィリアは顔には出さないが、どうやらリリアの頑固さに負け、安全確保のために同行する考えのようだ。
そんな俺たちの心配を他所に、リリアは早速出発するため確認を取った。
「ヒー! 準備の方はどうですか?」
「問題ありません。リリアの好きなタイミングで出発しましょう」
この姉妹は、小さな頃から何故かお互い敬語で話す。
「では序章はこのくらいにして、セフィロトに私が王に、いえ、私達の国の歴史を刻みに行きましょう!」