さぁ、行くよ
この作品は牧田紗矢乃さん主催、第四回・文章×絵企画の投稿作品です。
この作品は、halさんのイラストを元に執筆しました。この場を借りて、御礼申し上げます。
halさん:https://5892.mitemin.net/
いつものような場所。私は、今までの私ではなくなる。お洒落に身につけるのはバニーガールの衣装。私の一張羅といっても過言じゃないだろう。
「さあ、いくよ」
気合を入れるために、小声で私はつぶやく。誰も聞いてはいないだろう。ビルの上、蒸気が私を少し包む。一歩踏み出しふわりと宙へ浮き、それからグンと地上へ向かって引っ張られる。カンカンカンと時間を正確に数える3秒間。高さ25階建ての建物のほぼ10階で止まる。
ステッキを取り出し、窓へ突き刺す。パンッと窓にひびが入り、すぐに内側へと割れた。
「お待たせしましたーっ」
誰も待っていない、むしろ私は彼らにとって邪魔ものだろう。裏カジノの現場に私は押し入っているのだから。今回はとある警察関係者からの依頼でここへとやってきた。誰もが狙う『時の宝玉』を確保するために。裏カジノの景品となっているときの宝玉は、この世界全ての時間をつかさどっているものという話のもので、本当かどうかは眉唾物だけど、それでもそう信じている人がいる限り、それは真実だ。だから私はそれを獲る。
「これ、お土産でーす」
ステッキはハートマーク。そして小さな赤い石が付いている。その石は、私がお母さんから受け継いだ最初で最後の形見。いつもお母さんを思っているから、私はそれをステッキにつけた。
プシュッと白い霧があたりに立ち込める。それを目くらましにして、パッと目的のものを探す。といってもすぐに見つけることができた。赤色の石が全部教えてくれるからだ。金庫の中にはあるらしい。
「持って行かせるかっ」
裏カジノということで用心棒がいるようだ。私はそれも知っていた。というより、いるだろうな、供っていた。野太い声が私の面前まで襲ってくる。霧を切り裂いて、剣が振るわれる。私を狙っているようではあるが、あと少しのところでかすれていくばかりだ。少しずつ霧が晴れていくが、私と用心棒の戦いに巻き込まれないように、すでに客は逃げ出し、店員も右往左往するばかりだ。そうこうしているうちに金庫のそばまで来てくれた。私は剣を振り回している彼の力のまま、金庫へと誘導し、そのまま振り下ろさせた。
ガギンと金属が割れる音がし、その直後に金庫から空気が漏れた。窒素で充てんしていて、酸化しないようにしていたのだろう。
「お代は頂戴いたしましたー」
白い円形のものに、黒色の文字盤が彫り込まれている。好きな時間に飛ぶことができるのが本当なのか、どうやって使うのかを知らない私にはわからない。ただ、宝玉を持ち帰るところまでが私の仕事だ。
「またのご利用、お待ちしておりまーす」
取れたらもう用はない。一目散に叩き割った窓から飛び出していく。ふわっと空気の流れに乗ると、ステッキを一回撫でる。圧縮空気がステッキの先端部から飛び出してくと、ぐんぐんと速度を増していく。遠くになりゆく裏カジノのビルは、その直後に突入してきた警察部隊によって制圧された。
遠く離れたところで、私はいつもの人と会っていた。
「はい、これでしょ」
その男性は、声帯がないそうだ。最初に会ったときは驚いたけど、今は普通に話している。彼はいつも何かの装置を喉に当てて発話をしていた。
「そうだ、これはいつもの礼だ」
バニーとしての耳は防止に直接引っ付いている。ただ動かしたり外したりすることはでき、今は後ろ向きに倒していた。時の宝玉を彼は上着のポケットに滑り入れる。私は受け取ったお礼を見て驚いた。
「いつもより額が多くない?」
「気持ち、とだけ言っておこう」
次もよろしく、といい、彼は私の前から悠然と歩いて、角を曲がっていく。追いかけるということもできるが、私はしない。どうせ彼はそこにはいないから。だから私もその場をゆっくりと離れる。そして振り返りはしなかった。