すてきなしゅうまつを
日常もの
こんなことが起きるなんて、たまには外に出るのは悪くない。
何か予定があったわけではない。強いて言えば、手持ちの金の使い道に困ったくらいだ。だから、外に出て適当に使ってしまおうと考えた。とはいえ、改めて考えると何に使うあてもない。
とりあえず、店の多い人ごみの中へ。改札を抜けて、ぼんやりと辺りを見回す。
「あの、」
全くもって、らしくない。
退屈そうな女性に声をかけるだなんて。こんな場所で待っている。普通に考えて待ち合わせだろう、でも、どうして。目に留まってしまったから。
どちらかといえば、人見知りだと思っていた。どうにか考えて、出てきた言葉はとても陳腐だったし。
「よかったら、一日付き合ってくれませんか」
「喜んで」
それでも、彼女は俺に気付くとそれを受け入れてくれた。
全体的に柔らかい印象を持つ彼女、膨らんだスカートと緩くかかったパーマのせいだろうか。こちらに向けた笑みは形容するならまるで、天使の微笑みというような。思わず見入っては彼女は不安げに眉を寄せて俺の肩を叩く。
「まさか、受け入れてもらえるなんて思わなかったから」
彼女は小さく笑うと、仕切り直しとばかりに行き先を尋ねてくる。デートなんてしたことないけれど、それっぽい所ならわかってる。架空のデートコースくらいみんな考える……よな。
話題の映画とかもあるだろうから、映画館に向かうことにした。その後とかも計画しやすいから。移動しながら彼女の趣味とか聞くつもりだったのだが、ほとんど俺のことばかりだった気がする。彼女は聞き上手なのだろう。
丁度いい時間だった映画を見ることにする。俺が元ネタを知ってる作品のアニメ映画。作者がメディアミックスでも解釈違いとかないように監修するタイプだから安心してる。まあ、デートに向いてる話かどうかつーのは、ノーコメントで。
ポップコーン他を買い求めつつすぐに劇場の中へ。少し後ろではあるが真ん中あたりの席が空いていたのはラッキーだった。
「面白かったですね」
「この人の作品は基本的に全部面白いぞ」
アニメだから声優で釣るとかそういう姑息な技なんて使わなくても原作ファンがまず見て満足する。まあ、いわゆる「別にあんたのこと好きじゃないんだから」的なツンデレキャラはいないけど。というか女子すら殆どいないけど。やっぱり、これは実写じゃなくて正解だ。まあ、爆発シーンとかあるしな。青春ものなのに。
このままご飯を食べようと、近くのファミレスに。小心者だから、そういうおしゃれなところとかは入れなかった。でも、彼女はこういうとこにあまり来たことがないのだろうか。興味深いというように見回している。口調的にお嬢様っぽいし、やっぱり庶民的なお店には入らないのかな。メニューを二人で覗き込んで、注文する。友達と来るのとなんら変わりはないはずなのに、ドキドキするのは女の子と二人きりだからだろうか。
その後もウィンドーショッピングとばかりにお店を見て回ったりした。アクセサリーのお店で彼女が目を止めていた、ネックレスを買ってプレゼントするなんてこともしてみた。いくつかの図形が重なった、幾何学模様とかいうやつ。俺にはその良さは分からなかったけれど彼女はすぐにそれを身に付けてくれた。喜んでくれたのなら、何よりだろう。
「歩きっぱなしも疲れたでしょ」
公園のベンチで一休み。飲み物を買ってこようと自動販売機に向かった。冷たいのと暖かいのを一つずつ。たかが数分だし、彼女は見送ってくれたはずなのだがベンチに人の姿はなかった。心配になって付近を探してもたけれど、彼女どころか他の人すらいない。
やっぱり騙されたかな。何か現物が手に入るまで待っていたとか、そういうやつだろうか。せめてそういう番組だったら、なんて思っては首を振って否定する。
どちらにしても、
「さいごにいい思い出が出来たでしょう?」
俺の思考にかぶせるように、声がした。まさに、それは先ほどの彼女の声で。
顔を上げると、先ほどとは少し違った服装になっていたものの彼女であった。何故なら俺が買ったネックレスが首元に飾られていたから。違うと言えば、その雰囲気とでもいおうか。ふわりと柔らかい印象が消えたわけじゃなくて、むしろそれが発揮され過ぎているというか。まるで、聖母というような感じで。
「それは少し違いますわ、だって私は天使と言われるものですから」
少し困った様に首を傾げて、俺を見る。今、彼女はなんていった。天使、まさか何かの比喩かもしくは愛称か、きっとからかっているんだ。だって、さっきまで確かに。
その存在を確かめようと伸ばしたその手に彼女は小さく笑みを零すと、握り返してきた。感じる温かさは気のせいでは無くて。
「実体はありますとも、勿論。霊的な何かとは違うのですから」
「じゃあ、天使っていったい何、なんだ」
説明を聞くに、死ぬ魂を連れていく……みたいなことを言っている気がする。
残ってしまうと、面倒らしい。死の世界とやらにも領地とかあるのか。というか普通、死を司るのは死神とか悪魔とかそっちじゃないのか。
「悪魔は欲望を求めますもの、生きていないものに欲はありませんわ」
だから、こちらは悪魔が沢山いて息苦しいです。彼女は埃を払うような仕草をした。天使と悪魔はやっぱり仲は良くないようだ。動くたびに彼女に魅入られそうになる。俺は頬を思い切り引っ張って、意識を覚醒する。意識を奪われたら、確実に変な事をされるに違いない。
彼女が本当に天使であるか、ないかはもはや別問題だ。どうにか、ここから逃げ出さないと。取りあえず時間を稼ぐためにも俺は問いかける。
「なんで、俺が」
そんなこと、あなたの方が分かっているのでは。見通すような彼女の瞳で見据えられると言葉に詰まった。確かに、俺は死ぬつもりで。でも、女の子と楽しく過ごして少しは悪くないかなって思った矢先に、こんな。
「なんで、俺とデートなんて」
「寂しいが満たされたら、心置きなくいけますでしょう」
そういって、彼女は笑った。俺は、寂しかったのだろうか。だから、さいごにナンパなんて。というか、行くってどこへ。口には出していないはずの疑問は彼女に問いかけた様に答えが紡がれる。
「そうですね、分かり易く言うならあの世と呼ばれる場所でしょうか?」
「天使が来たって事は天国に行くってわけか?」
彼女が天使なのは認めるしかないのだろう、そう思って聞いてみた。一般論では、あるけど気になった疑問を彼女なら答えてくれるだろう。
「決めるのは私ではありませんわ」
無情にも彼女は言った。笑顔のままで感情の何一つない声で。そのギャップに背筋に悪寒が走った。その無機質さは確かに人にだせるものとは感じられなかった。
そのせいだろうか、俺は動けなくなった。何かされた感覚も全くないというのに。
そろそろ面倒になったので、いきましょうか。彼女は俺の手を掴んで空へ。俺は彼女の聖母のような暖かい感覚に包まれて。それで、俺は。
俺の意識は消えていった。
17.6/20