夢のような
童話風
夜の嫌いな王子様のお話
俺は夜が嫌いだ。黒は全ての輝きを奪ってしまうから。
俺は本が嫌いだ。あんなものは最後まで読めない。どうして、字ばかりだっていうのに。黒で埋まっているのに、分かるんだ。
世界にある色は、黒なんてはずれなのに。声にはどんな色だってあるのに。
「あなたはだいじなおかたですから」
俺にはついてくるものがいた、それは一人ではなかった。時々入れ替わっているようだったが、どんな時に誰がなんておれは知らない。そんなことはどうでもいいから。
見えるような悪意というのは、剣や弓矢だろうか。もちろんおれにあたる事は無い。周りの誰かがおれをまもるからだ。
一人でいることはなかった。それは俺が悪意に飲まれるのと同じことだからだ。たとえ俺がどれだけ力があったとしても、雨粒を避けるなんてことは人である限り出来ない。だから、おれを守るためにそいつらはいた。言葉は交わしたのかもしれないが、無意味なことは覚えていない。
「まもるから、まもられるのです」
ただ、その言葉だけはそのときの俺には理解ができなかった。守る事と守られる事は表裏であるが、同じにはならないだろう。いったい誰がそんなことをいったのだろうか。
城から外を見る、俺は他のものよりもよく見えた。民が生きる世界は鮮やかだった。それを守るために上に立つのがいつかのおれの役割だという実感は強かった。その為にたくさんの人から学んだ。いいか悪いかではなく、手段の、手法の一つとして。守るのがおれの役割であるから。
「生きる民と共に生きていきましょう」
民なしでは国は成り立たないから、当然のことだ。この鮮やかさこそが生きるということなのだろうか。おれ以外には感じられないこれをはかりにすることは出来ない。
毎日のように学ぶことはある。勿論、一日で何人もだなんて効率が悪いし、一つにどれだけの期間かかるかなんて予測は付かない。きちんと終わることもまれだ。どうしてなんて、問う必要もないだろう。それでも、民の輝きは変わらない、それが俺にとって、この国の誇れるところだった。それをつなげていくのが俺だと思っている。
でも、だからこそ……その輝きが見えなくなるのが怖い。
眠りというのは、自分の意識がなくなることだ。つまりもっとも、魂が離れる瞬間。色が溶けてしまう時間だ。おれにとって、輝きが失われていく夜は何よりも恐ろしいものだった。
「ひとりぼっちなんだ」
小さなころは知らなかった、夜になる前におれが夢にとらわれていたから。少し大きくなってから、夜を感じられるようになった時。俺を守ってくれる色は、たくさんの色を生み出すのは一人の物語だった。灰色を纏っていた。
おれはそいつに求めた。どんな色がいいか、どんな人が出てくるか。それを飲み込んで物語った、おれの欲しい色が鮮やかに映し出された。それはそして俺を夢へとつないでいく道になった。いつだって気が付いたら夢の中、少しはその話も気にはなるというもの。
おれは問う、それを夜でない時に聞けないのかと。それは言う、わたくしはよるにしかおりませぬので。時間なら、学ぶべきところ以外に作ればいいのだろう。例えば、朝のしたくの時間とか。
「わたくしのそれはよるにしかつむげないのですよ」
「なぜ?」
「あいまいなものはくらくなければみえません」
それの声はいつだって輝いていられるように聞こえるというのに。きっと、その続きが存在しないからだろうと思った。少しだけ、それが遠くなった。それでも、毎夜続くその道しるべは輝いていた。
夜を越えていくたびに時間は過ぎていく。当然のことだ。俺はいつまでも幼いままではいられない。それは学んでいないのと同じになっていしまうだろう。
どれだけの学びを得たのだろうか、どれだけのものが俺の中にあるのだろうか。ああ、埋まったものは見透かすことなんてできない、ただそこにあるのを感じ取るのがせいぜいだ。
「殿下、わたくしからのおくりものです」
それは、何か言っていた。どんな顔をしているのだろうか。その声にいつものような輝きがないのは物語っていないから、というだけではないだろう。
もう、あの輝きを手に入れることはないのだと悟った。それは、言葉にされていなくても確信していた。
声をかけようとして、気付いた。灰色の名前を知らないことに。その輝きをもつそれを見ていなかったことに。それがあるのが当たり前だと思っていたから。
消える前に、問う。灰色は、本のおわりに、と言った。
最後まで、読んでやると決めた。ただ、灰色の時間に。学ぶ時間は無くなっても、やることは決して減ってはいない。
―――
青い空が広がる。狭い城から外に、外に進んだ。俺は誰よりも大きいという事になった。把握はしているが完全な理解には及ばない。俺は民を守る、それだけの理解だけで十分だと思っているから。
囲われていようと、一番前に立たなければいけない。それは、輝きが目には出来なくなるということ。しかしそれは、輝きがなくなるのではないとわかった。なぜなら、後ろにその輝きは満ちているのだから。それこそ、前に溢れてきてもおかしくはないほどに。
だから、立てる。輝きを目にしなくても、その光を背に受けているのを感じているから。
「怖くない、守られているのを感じるから……か」
学んだのだろうか、それを? どこにつながりがあるのだろうか、戦略や謀り事ならばそのまま使うような場面が存在したかもしれない。でも、あの灰色の物語は何もない。そのはずだ。少なくとも、現実ではなかった。直接的には。
もしあるとするならば、それは俺が存在しない、そんな世界の自分。もし、民として生きていたら、なのかもしれない。可能性の自分、多角的思考。いつもは埋もれ、消えかけるそれ。曖昧な灰色に似ている。名前のわからないもの。
それが起きてくるのは、夜。灰色の残した本を覗くとき。黒が少しだけ輝いて見えた。
やっぱり、さいごまではよめないや。
でも、よるはこわくない。