第21話 地下室にて(コータと加奈)
白狼が人格ってどういう事???
そういう顔をしていたのか
加奈さんは僕の顔を見るなり
フンっと表情を変えずに笑った。
「そう。
実は、白狼というのは、実験によって造り出された人格だったんだ。
その当時、ソ連では最高のスパイを作り上げるために、人体実験が頻繁に行われていた。
その人体実験は苛烈を極めた。
脳に直接、電気信号を送り
脳が本来持っていると言われる能力を100%引き出すために
あらゆる実験が行われた。
廃人になるものも多数居る中で
実験に耐える者が3人いた。
そして、その知識や、脳を100%フル回転する事が出来るその能力で
その3人はたちまち有名となった。
白狼として・・・。」
そう加奈さんは、言うと静かに僕の方を見た。
再び、僕ののどがごくりと鳴る。
「3人は、その能力の高さから決して捕まる事はなかったが
しかし、やはり老いとともに、能力も衰えだした。
そこで、その3人が思いついたのが
白狼の人格を乗り移らせる事だった。
つまり、自分達の記憶を引き継ぎつつ
後継者を造り出す事だった。
その3人の頭脳を持てば不可能ではなく
3人はいとも容易く、後継者を作り出す装置を造りあげてしまった。
そして、実験は無事成功し、白狼の後継者が出来た。」
加奈さんが、そこで一旦話しを切る
そして静かに言った。
「その後継者がお前なんじゃないかって事なんだよ。」
その言葉を聞いた瞬間に頭にガツンと鈍器で殴られたような衝撃が走る。
「な・・・。なんで・僕なんかが・・・疑われるんだよ。」
動揺のあまり思ったように言葉が出ない。
それを無視するかのように加奈さんが口を開いた。
「実は、その初代の3人は、すでに死亡している。」
それと僕がどういう関係が・・・。
「1人目は、その人格を乗り移らせる装置がが完成してからまもなく
中東で戦死したとの事で
2人目は、1人目の後を追うように自殺をしたらしい。
問題の3人目だが・・・。」
そこで加奈さんは一瞬目を細めた。
何かを探ろうとしているのか。
「お前が、事故にあったあの日
あそこで、火事で死んだんだよ。
そう。お前を守るようにしてな。」
・・・。
・・・。
・・・。
僕は、言葉が出なかった。
開いた口がふさがらないとは
正にこの事ではないだろうか。
それと同時に頭痛が起こった時の事を
思い出す。
多分、あの頭痛の時に出てくる
あの男は白狼だ。
それは、何故か確信できる。
只者ではない雰囲気がその男から
存分に溢れていたからだ。
1人の男と
1人の少女・・・。
うん・・・。
1人の男は、白狼だとしても
もう1人の少女は何なんだ・・・。
「それにいち早く気付いた日本政府が、お前を匿うと共に
お前が白狼だとにらんだんだよ。」
そうだったのか・・・。
じゃあ恵が一緒に居てくれたのは
僕が白狼だと疑っていたからなのか・・・。
何かよく分からない黒い感情が
僕の腹の下にずーんと重くのしかかったような気がした。
「おそらく今回、白狼を日本の諜報施設であるここに連れてきて
記憶を・・・。
つまり白狼の記憶を呼び戻そうとしたんじゃないか。」
そこでまた加奈さんは一度話しを区切ると
両端の口角をあげ
あの、人を蔑むような笑いを顔に浮かべ
「白狼が持っている情報を取得し、2年前の復讐を果たすために・・・。」
と言った。
もう完全に加奈さんは楽しんでいる。
そんな・・・。
じゃあ・・・。
僕を殺すって事か??
その時だった。
また再び、上で、ずーんと重い音が響きわたった。
断続的に聞こえる銃の音、
小気味のいいリズムに乗っているかのように
続く爆発音。
そして、マシンガンの音・・・。
そんな音を耳の奥で捉えつつも
今、加奈さんが話した事を必死に理解し
どうすればよいのか考えようとしていた。
加奈さんが言う。
「もう一つ、イイ事を教えてやろう。」
僕は不意に加奈さんの方を向く。
加奈さんは、いかにも狡猾そうな笑みを浮かべ
こっちを見ている。
「白狼が目覚める前の簡単な任務だと言ったのに
こんな目にあったんだからな・・・。」
と言った。
それは、自分の置かれた立場に自分自身に向けて言ったような言葉に聞こえた。
「いいか。
よく聞けよ・・・。
誰も信じるな・・・。」
うん・・・??。
それは、今更言う事か??
そして加奈さんは
再び静かに言った。
「何故、私達がこれだけ情報を掴む事が出来たと思う?
何故、いとも間単にここにこれたと思う。」
そこで、加奈さんは言葉を止めた。
僕の反応を覗っているようだ。
僕は、特に何も言わず
加奈さんの次の言葉を待った。
「そう。
・・・。
・・・。
・・・。
日本のチームに内通者がいる・・。
つまり裏切り者ね・・・。
そいつが私達に情報を与えてくれた。」
な・・・。
な・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
なんだって・・・!!。
そんな・・・。
僕の頭は、もう考える事をやめてしまった。
もうだめだ・・・。
これ以上はついていけない。
もうだめだ・・。
何もかもが分からない。
僕は、平凡に暮らしていたはずだ。
平凡な学生生活を送り、
平凡に就職をし
平凡に恋をしていただけだ。
それが何故、こんな自体に・・・。
日本のチームに裏切り者がいる!?
そもそも日本のチーム自体
僕自身よく分かってないのに!!
そして
僕が白狼!?
しかもそれが伝説のスパイだって!?
なんなんだよ!!それは!!
しかも
ここに連れてこられたのも
日本の諜報員達の仕業だって??
そんなの、信じられる訳がない!!!
その時、また、津波のように頭痛が頭を襲う。
ガツンガツンと鈍器で頭を殴られているようだ。
まただ・・・。
また男に、少女が1人。
その男が手を差し伸べる・・・。
少女はどうだ。
少女には前に見えなかった顔がうっすら見える。
すごく整った顔立ちだ。
将来は、美人になるだろう。
しかし、その整った顔も大声で泣いているため崩れている。
そして、僕は、その男の手を取る。
その瞬間、断片的にだが記憶が戻ってきた。
なにやら、男が僕を、暗い暗い部屋へ連れて行こうとしている。
僕は、何故か抵抗もせずに
その男のされるがままになっている。
そしてその暗い部屋の中へ足を踏み入れた・・・。
その時、すうっと頭痛が治まっていった。
気付くと
じっとり手のひらに汗をかいている。
しかし、さっきより痛みも発汗もましになったような気がする。
僕は、さっきよりも落ち着きを取り戻していた。
ふーと一度深く息を吹き出す。
そしえ大きく吸い込む。
そうすると自然と心が落ち着いてくるようだ。
「なあ・・・。」
加奈さんが言う。
僕は、自分の今置かれた状況を整理しようと
考えていた時に言われたので
ふいにそちらを向いた。
「はい・・・。」
僕は、加奈さんの顔を見ながら答える。
加奈さんは少し口角をあげ、嘲笑をたたえているように見える。
「どう・・。
日本のチームは信じられる?」
加奈さんの口調が少し、女口調に戻っている。
「いえ・・・。正直、もう何が何か分からなくなっています。
日本チームも信じられません。」
ぼくが、加奈さんの顔から少し視線を下にずらし
言った。
「そうよねえ・・・。
事実、あなたが味方だと思っていた日本チームは、あなたを捕らえようとしていたんだもんねえ。」
いやにねちっこい話し方だ・・・。
「そっかそっか。
でも、私が話したのは、全部事実よ。」
加奈さんが言う。
「はい・・・。それはわかります。」
今の僕には、こういうのが精一杯だった。
そこで加奈さんは、まっすぐに僕のほうを見た。
そして、今までの怒気を含んだこの世の恨みを全て体現したような話し方をやめ
比較的やさしい声で言った。
「ねえ・・・。
・・・。
私と組まない??」
なにーーー!!
そんな事・・・。
できるはずが・・・。
・・・。
・・・。
・・・。
しかし・・・。
冷静に考えてみたら
日本チームも僕を同考えているかどうか分からない。
ましてや、この状況だ。
黒川さん夫妻や
あの眼鏡3人衆にしたって
まったく信じられないだろう。
とすれば、加奈さんはどうか。
ここまで、この地下室で、真実を語ってくれた。
と思う。
加奈さんの口調がなんとなく嘘には聞こえないからだ・・・。
そして、もし加奈さんの言っている事が真実で
日本チームが白狼に復讐を考えて
僕の中に。白狼がいたとするのならば
僕は、どうなるのだろう。
ましてや、2年前の作戦の失敗により
日本の牒報員が大量に死んでしまった事。
その復讐を果たされるのではないだろうか。
つまり、僕ごと殺される。
時折、恵が悲しそうな表情をしていたのは
このためだったのか。
今はどうか分からない。
そう考えれば、加奈さんと組んだ方がいいように思う。
しかし・・・。
・・・。
・・・。
僕は、加奈さんの方を見た。
加奈さんと果たして手を組んでいいのだろうか・・・。
ましてや、さっきまで普通に僕を殺そうとしていた人だ。
そんな人を信じる事は出来ない。
どうすればいいんだ・・・。
どうすれば・・・。
!!
そこで、僕はある核心に迫る質問をしてみようと思った。
「仮に、あくまでも仮になんですが、加奈さんの話が
すべて真実だとして・・・。」
と言うと、すかさず加奈さんが
「仮にではなく全部真実だよ」
と言った。
僕が、その言葉を受け、話しを続ける。
「今の日本のチームの内通者・・・。
つまり、日本チームの裏切り者って
一体誰なんですか・・・。」
と聞いた。
そうすると、加奈さんは少し驚いた顔をしたが
すぐに、嘲笑を浮かべた顔に戻り
静かに言った。
「いい質問だ。」
そして、加奈さんはさらに続ける。
「私が名前を言ったら、私と組むか。」
僕は、その言葉を聞き
一瞬考えた。
そして
「分かりません。」
と正直に答えた。
すると
加奈さんは声を出して笑い出し
「気に入った」
と言った。
そして。
「分かった・・・。
内通者の名前を言おう・・・。」
僕は、その言葉を聞き、ごくりとつばを飲み込んだ。
のどから水分が奪われたようにからからになる。
ここに来てから、意味のわからない事が多く続いてきたが
その中でも、非常に重要になる謎が明らかになるのではないか。
そして、その聞いた答え自体では
今後の対応の仕方が変わってくるかも知れない。
そして、加奈さんがゆっくりと
口を開く。
「そう。内通者は・・・。」
そこまで、言ったとき
地下室の扉が音を立てて開いた。