第19話 地下室にて(加奈さんの話)
加奈さんは、まっすぐ信二さんの目を見ながら話始めた。
「私達3人は、日本を中心に、アジアで活動していたEU専属の諜報員なんだ。」
加奈さんがそう言った後、幸子さんが
「EU専属・・・。」
とオウム返しのように言った。
「そう。EUというのは、ご存知の通り、ヨーロッパの連合体の事だが、今は、ひとつの国のように活動している。
そして、その中で出てきた考え方が、情報も出来る限り共有しようと言うことだった。
もちろんお互いの国に関しては不介入の情報が多く存在しそこについては、国の個別の情報と言うことで重宝されるが、EUとして得た情報は、皆で共有しようと言うことになった。
そこで、生まれたのが我々、EU諜報部だ。
開設以来、我々は数々の任務をこなしてきた。
もちろん、日本でも大いに諜報活動をしてきた。
しかし、日本に諜報員の対策部が出来てからは、
かなり、活動の範囲は限られるようになったが。
それでも活動をしていた我々に、
ある時、新たな任務が課せられた。」
加奈さんはそこで一度息を整えた。
「それが、あの白狼を確保する事だった。
白狼の情報がEUにどういう影響を与えるかは私達には分からないが、なにやらEUに関して重大な情報を持っているらしい。
そして、あるパイプの太い情報筋から今日この場に白狼が現れるという事を聞き付けたEUは、我々に任務を課したのだ。」
そこで、加奈さんは、話を区切り僕の方を見た。
「我々は、事前の情報から誰がスパイで誰が一般人かがある程度分かっていた。
君達は、日本の諜報員。そしてあの黒川達が、イスラーム国の諜報員、眼鏡三人衆が北朝鮮のスパイだ。」
そうだったのか。
やっぱり、眼鏡君三人衆もスパイだったのだ。
加奈さんが続ける。
「だが、実はその中で何処にも属さず、なんの情報もない者が一人居た。」
そこで加奈さんが一度言葉を切った。
そしてゆっくりと口を動かす。
「それが、本城コータだった。」
?????
僕???
普通に話を聞いていただけだったが
何やら、加奈さんの言い方には不穏な胸騒ぎを覚える。
普通だと情報がない場合は一般人って事にならないってことなのか?
僕は素朴な疑問を心の中で抱いた。
加奈さんは、そんな僕の思いを全く気にせず先を続ける。
「普通、一般人であれば、出生地や学校、どういった生活を送って来たのかなど、そういった情報があるはずだ。
だが本城コータにはそれがない。
どれだけ調べても、本城コータが火事に巻き込まれてからの記録しかない。
それがどういった事だろうか。
我々は考えた。」
そこで、加奈さんはちらっと信二さんを見た。
信二さんは、なにやら複雑な表情をしている。
加奈さんは、少し口角をあげる。
笑ってるのか?
そして、
「そこで・・・。」
と加奈さんが口にした瞬間
「もういい!!」
信二さんが強引に割り込んだ。
加奈さんがさらに口角をあげる。
今では完全に笑っているように見える。
というよりも嘲笑していると言ったほうが近いかも
知れない。
僕は、加奈さんの言っている事も、信二さんが加奈さんの言葉をさえぎった理由も理解出来なかった。
「そこで、たどり着いたのが、本城コータが白狼ではないか・・・と言うことだった。」
加奈さんが言った。
それを聞き終わるか、終わらないかのタイミングで、僕の頭に何やら鈍器で殴られたような大きな衝撃が走った。
な・・・。
何を言っているんだ・・・。
この人は・・・。
ぼ・・・僕が白狼??
完全に僕の思考がストップする。
それと同時に頭の奥の方から何かがやってくる。
津波のようにそれは、僕の思考全てを包んだような気がした。
その瞬間激しい頭痛に襲われた。
ぐぅぅぅ。
頭が痛すぎて声が漏れる。
そのまま、僕はその場にしゃがみこんだ。
「あれ。知らなかったのか・・・。
自分が白狼だと疑われている事を。」
加奈さんが、いかにも意外だったというような顔をした。
それが嘘っぽい。
いや、嘘なのだろう。
加奈さんの声は、完全にこちらをバカにしたような少し高めの声だった。
加奈さんは、完全に見下したような顔をこちらに向ける。
次に炎が頭の中で迫ってくる。
そして、女の子の顔・・・。
ん・・・。
なんだ・・・。
その隣にもう一人いる。
今まで居なかった一人だ。
というよりも気付かなかったのか。
とにもかくにも、もう一人いる。
身長や、大きさから見れば
大人の男だろう。
その人が、女の子と手をつなぎ立っている。
「だから、日本では本城コータの事をきつねと呼んでいたのではないのか?」
加奈さんの声が聞こえる。
完全に勝ち誇ったような、落ち着いた声だった。
そうだったのか。
そういうことだったのか。
きつねと言うのは・・・。
頭の中では、その大人の男が手を差し出してきた。
僕はその手を掴もうと前に手を出す。
その瞬間、大人の男と女の子が炎に包まれた。
その後、炎は消え去った。
目の前には目をつぶっているからか、暗闇だけが広がっている。
徐々に頭の痛みも引いていく。
痛みに耐えるため握っていた手を開く。
そこにはじとっとした汗がついていた。
僕は、ひざをついた体勢のまま、加奈さんの方を見た。
加奈さんは、完全に見下したような笑みを浮かべていた。
そして、信二さんは、加奈さんの方を向きながら
僕に言った。
「コータ君、大丈夫だ。こいつの言うことは気にしなくていい。」
そして、信二さんは、ゆっくりと銃を持っている右手を振り上げたかと思うと、おもいっきり振り落とした。
鈍い音が響くと同時に加奈さんの顔が斜め左下に弾け飛ぶ。
そして続けざまに、振り落とした右手を振り上げた。再び鈍い音と同時に加奈さんの顔が右斜め上に吹き飛ぶ。
鮮血が地面を濡らす。
僕は、信二さんの女の人を殴る姿を見せつけられ
信二さんに戦慄すると共に、少し恐怖すら感じてしまった。
「ガハッ ゲホッ ゲホッ」
加奈さんが苦しそうに咳をする。
そして、血のついた唾を地面に吐き出した。
「ちくしょー!!いてえじゃねーか!!
こんなの聞いてねーよ!!簡単に終わる任務だったはずだ!!」
そして、信二さんを睨む。
信二さんは加奈さんの言葉を無視し、銃を構えた。
「余計な事は言わなくていい。さあその任務についてと、ここに来てからの行動について話してもらおうか。」
そういって、信二さんは加奈さんの頭に銃を当てた。
加奈さんは、信二さんをしばらく睨んでいたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「今回与えられた任務は、白狼の捕獲のみだった。
それは作戦通りに行くと実に簡単に終わるものだった。」
そう加奈さんが言い終わると、すかさず幸子さんが
言った。
「でも、白狼はスパイの中でも伝説になっている人物のはず。そんな神出鬼没なスパイを簡単に捕らえられると思っているの。」
と幸子さんが言うと、加奈さんは、幸子さんの方を向いた。
「確かに、伝説のスパイだと聞いている。
しかし、木田や、峰塚の特性を考えたら、それほど難しい事ではないと思っていたし、白狼が活躍した時代は、20年も前だ。その時代に比べると諜報技術は目まぐるしい進歩を遂げた。そして今の技術の力を持ってすれば捕らえる事は可能だろうと考えていた。」
加奈さんが幸子さんの方を向きながら言った。
・・・
20年?!
どういう事だそんなに昔だったら、今の僕よりももっと老けているはずだ。
今の僕は、どう逆立ちしてみても、大幅に年齢でサバをよんでみても、30代前半にしか見えないだろう。
幸子さんが、すかさず言う。
「そうなるとあんたたちが疑っている白狼はずいぶん若いわね。」
と言いながら、加奈さんをじっと見た。
加奈さんは、幸子さんの方を見ながら一瞬人をばかにしたような笑みを浮かべ言った。
「それはお互い様じゃないのか?白狼が何者か
あんたたちも検討がついてるんじゃないの?」
それを聞いた幸子さんは黙り込んでしまった。
「で、その峰塚と、木田の特性とはなんなのだ。」
信二さんが話を変えるように言う。
加奈さんは信二さんの方に顔を向けた。
加奈さんが笑っている。
僕はその加奈さんの笑顔に戦慄を覚えるとともに、もう以前の僕には戻れない気が直感的にしていた。