第18話 地下室にて(城田加奈)
そこには、信二さん達4人組が立っていた。
いや、正確には5人いる。
そのもう一人は、城田加奈だ。
加奈さんは、幸子さんと近藤さんに挟まれ、後ろ手に手錠みたいなものをされて立っている。
口に布を押し込まれ、声が出ないようだ。
そして、加奈さんは世の中の物を全て恨むような目付きをしながら、ゆっくりと地下室を見渡した。
一瞬僕と目があった瞬間に、はっと驚いたような表情をしたが、すぐにその鋭い眼光が戻った。
僕はその昼間と全く違う異様な加奈さんの雰囲気に、目を離す事が出来なかった。
「さあ、こっちだ。」
信二さんが加奈さんの腕を引っ張る。
と、
その瞬間、加奈さんが急に身体を沈み込ませたかと思うと、腕をぐっと後ろへ引っ張った。
信二さんの手から加奈さんの腕が離れる。
それを、確認するやいなや、凄まじい速さで後ろ手のまま、駆け出した。
信二さんは、加奈さんが手を離した反動で、一瞬体制をくずす。
その横を、猛スピードで加奈さんが通り抜けた。
こっちに来る!!
はやい!!
そう思った瞬間、反射的に手を前に出す。
加奈さんはそれを身を屈めかわすとそのまま体当たりをした。
そしてよろけた僕の足に自分の足を引っ掛けた。
そのまま僕はどんとしりもちをつく。
尻に一瞬、衝撃が走った。
のも束の間、加奈さんはそのまま僕の腹の上に膝を押し込み、体重をかけて来た。
ぐっ
僕の腹から何かが込み上げて来そうになる。
加奈さんは、膝を腹にめり込ませたまま、僕に顔を近付け、大声で僕に何やら言っている。
布でさるぐつわをされているため何を言っているのかは分からないが、その鋭い眼光や、気迫の凄まじさからかなり罵倒されているように思う。
その時ふいに腹の当たりが楽になった。
そして加奈さんの体が浮く。
加奈さんのとなりで信二さんが加奈さんの喉元に手をいれ、そのまま力任せに後ろに放り投げたのだ。
そして、すかさず銃を構えた。
「そこまでだ・・・。」
そう信二さんは言うと、銃の劇鉄をおこし
「少しでも動いたら撃つぞ。」
と比較的静かな声で言った。
加奈さんは、げほげほとせきをしながら、こちらと信二さんを交互に見ている。
やがて、観念したかのようにゆっくりと下を向いた。
そして、加奈さんはそのまま後ろから近藤さんと幸子さんに抱えられた。
近藤さんと幸子さんは部屋の中央にある机の椅子を取り出し、そこへ、加奈さんを座らせ手と足を縛り付けた。
さらに何やら、鞄から注射器を取りだし注射した。
加奈さんは一瞬ぶるぶる震えだしたかと思うと、急にがくっと、首が折れたようにうなだれた。
「大丈夫かい。」
信二さんがこちらを向きながら言った。
「はい。なんとか。ありがとうございます。さっき、加奈さんに注射したのはなになんですか。」
僕は、ゆっくり立ち上がりながら言うと
信二さんはにやっと笑いながら言った。
「ああ、あれね、筋弛緩剤の一種だよ。
新しい薬でねー。脳からの命令を一時的に遮断する事が出来るんだ。しかも量や微妙な調整によって、足だけ動かなくする事もできるし、全身を動かなくする事も出来る。ましてや量によっては呼吸まで止める事もできるんだ。とりあえず城田には、顔から下の筋肉を動かなくする注射をした。
今は、一時的に酩酊状態に陥っているが、すぐに起きるだろう。そうすると彼女は口は聞けるが、身体を動かす事は出来ない。
それから色々聞き出そうと思ってね。」
そういうと信二さんは、加奈さんの方を向き、
「多少荒っぽい聞き方になるかも知れないが・・・。」
と言った。
僕は、信二さんの方を向きながら、自分でもごくっと唾を飲み込むのが聞こえるほど緊張しているのが分かった。
信二さんの言っている事はつまり、拷問してでも聞き出すという意味なのだろう。
拷問・・・。
その聞き慣れない言葉を心の中で、反芻した。
僕は拷問なんて、映画や本でしか見たことがない。
その信二さんの言葉に、異様なこの現実を、まざまざと見せつけられるのを肌で感じながら、もう僕は普通の世界に戻る事が出来ないのかもしれないということを、心の奥底で感じていた。
何分たったのだろう。
僕達5人は、無言のまま加奈さんをそれとなく眺めていた。
やがて、ゆっくりと加奈さんの顔が動き出した。
ぐっと顔が上がる。
なんだか目に元気がない。
薬が聞いているからだろうか。
「そろそろだな。」
信二さんがそう言うと、幸子さんがゆっくりと加奈さんに近づいた。
そして、さるぐつわを強引に剥がした。
一瞬、加奈さんの顔が痛みで険しくなる。
加奈さんの口の間からつーっと粘液が垂れた。
上手く力が入らないようだ。
加奈さんは首をうなだれたまま目をこちらに向けた。
その目はしっかりと僕を捕らえていた。
今にも、飛び掛かってきそうな目だ。
僕は、その目に圧倒されそうになったとき、
信二さんがすっと視界に入った。
「玲夏はどこにいる!」
加奈さんがよだれが垂れるのをそのままに出来うる
限りの声で叫んだ。
よだれが飛び散る。
「し・・・知らない!」
僕はすごい剣幕の加奈さんに対し、本当の事を言った。
「嘘をつくな!!」
加奈さんが言う。
「お前の部屋に玲夏が行ったことは知っているんだ!」
加奈さんが続けて言った。
「な・・・。」
僕は言葉に詰まってしまった。
やっぱり知ってるんだ。
と言うことは何かの作戦だったのか?
すると珍しい声が聞こえてきた。
「今の君の状態が分かっているのか。」
河藤さんだ。
河藤さん居たんだ・・・。
て思ってしまうくらい存在感が薄かった河藤さんが
どこに興味を持ったのか。声を発した。
それとも、単にこのやりとりを聞いているのが面倒くさくなってしまったのか。とにもかくにも壁にもたれながら声を発した。
加奈さんは首を回してそちらを見る。
一瞬にやっと笑ったかと思うと正面を向き直した。
本当にこの人は奇妙だ。
そのまま、加奈さんはまっすぐ前を見たまま、
何も声を発しなくなった。
「じゃあ質問を始めようか。」
信二さんが言う。
加奈さんは反応しない。
「君達はなんの為にここへ来た?」
信二さんが静かに言った。
加奈さんはゆっくりと信二さんの方を向いた。
「なんの為だと思う。」
加奈さんがにやっと笑みを浮かべながら、信二さんに言う。
「こちらが質問をしているんだ。」
信二さんは冷静に答えた。
加奈さんは、じっと信二さんを見たあと
ふん、と信二さんをバカにしたような笑みを浮かべた
。
その後、周りをぐるっと見渡し
「知っているくせに。」
と言葉を発した。
この人はなんて強気なんだ。
自分の状況が分かっているのか?
捕らわれの身になっている上に、僕が地下室に来た時を思い出すと、この日本のスパイ達は、人を殺す事も平気で行うだろう。
そんななかで、どうしてこんなに落ち着いていられるのだろう。
そして、どうしてこんなに挑発的なのだろう。
それともスパイは皆捕まったらこんな感じなのだろうか。
僕にはわからない。
「もう一度質問する。」
信二さんはそう言って、銃を構えた。
「次はないぞ。」
信二さんがそう言いながら劇鉄をおこす。
「君達はなんの為にここへ来たのだ。」
信二さんは、同じ質問をした。
加奈さんは、じっと信二さんの目を見ながら
動きを止めた。
何かを見極めようとしているようだ。
一瞬、この地下室全体が時が止まったように
何も、誰も、動かなかった。
静寂がゆっくりと地下室を包む。
そして加奈さんは
「知っているくせに。」
と、にやっと笑いながら前と同じ事を
言った。
信二さんがふーと一瞬肩の力を抜いたかと思うと
銃の角度を少し下に構えた。
パン。
渇いた音が地下室中に響く。
銃からは、硝煙が上がり、加奈さんの右足からは
血が流れ出した。
そして、この世のものとは思えない悲鳴を加奈さんが上げた。
「ちくしょう!!ちくしょう!!話が違うじゃねーか!!!撃たれるなんて任務に入る時は聞いてねーよ!
」
加奈さんが悲鳴にも似た声で言う。
くぅぅぅ
必死に痛みにこらえようとしているのか歯をくいしばっている。
信二さんは、銃をゆっくりともう片方の足に構えた。
「悪い。いい忘れたがその薬なんだが、脳の命令系統は麻痺するが、痛覚はそのままだ。そこが普通の麻酔と違う新薬の効果なんだ。」
ふーっと信二さんが息を吐き、もう一度同じ質問をした。
「君達は、なんの為にここへ来たのだ。」
今度は左足に銃を構えている。
加奈さんは、下を向きながら、ぐぅぅぅとうなっている。
しばらくすると、加奈さんからうなりが聞こえなくなった。
そして、ふーっ、ふーっと息を整え、ゆっくりと顔をあげた。その目付きはさっきの鋭い目付きとは程遠い、落ち着いた目付きになっていた。
心が落ち着いたのだろうか。
それとも、覚悟を決めたのだろうか。
そんな事を考えている内に、加奈さんが
落ち着いた声で言った。
「分かった。今から全て話す。」
それを聞いた信二さんはすっと拳銃をおろし、加奈さんの話に耳を傾けた。