VS咲夜(前編)
とある日の昼下がり、幻想郷はいつも通り平和な日常の一時の中にあった。
それは人里の中心部で買い物をしているメイドとて例外ではない。
「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」
威勢のいい店主の声を背に刃物屋から出てきたのはきれいに切り揃えられた銀髪と和服が大半を占める人里では若干目立つスカートが短いメイド服を来た十六夜咲夜だ。
彼女は先程受け取った特注の銀ナイフを日にかざす。
「ちょっと咲夜。人里でそういう物騒なものを出すのはやめてくれる?」
そんな彼女の背中から声がかかり、同時に肩をつかまれる。
聞き覚えのある声だったので、そのまま振り返ってみると長い黒髪を乱し、どういうわけか脇が出ている真っ赤な巫女服を着た鬼……ではなく巫女の霊夢が息を荒くしながら咲夜の肩をつかんでいる。
「あら、霊夢じゃない。どうして、こんなところに?」
「どうしてって、小鈴ちゃんのところに行ってたの。アガサクリスQの新刊が出たって聞いたから借りてきたの」
「アガサクリスQって……あぁ最近人里で人気のやつだったかしら」
「そうなのよ。読み始めたら止まらなくなっちゃって、この前なんか三日三晩寝ずに読んでたのよ」
霊夢は大事そうに胸に抱えていた本を咲夜に差し出す。
「へぇ噂には聞いていたけれど、あなたも読んでいたなんてね」
「そうなのよ。咲夜も読んでみたら? 面白いわよ」
「考えておくわ。それよりも新調したナイフの試し切りをしたいのだけど、あなたで試してもいいかしら?」
「いや、遠慮しとくわ。そんなのあんたのところの門番で試せばいいじゃない。どうせ、門の前に立ったまま寝てるんでしょ」
「……まぁそれもそうね。ありがとう」
「それで礼を言われてもなんか微妙な気分なんだけど……あぁそうだ。あんたってこれからどうするの?」
なぜ、この話の流れで霊夢にこのあとの予定を聞かれたのかわからないが、咲夜は頭の中で今後の予定を軽く整理し、口にする。
「そうね。このあとは香霖堂で買い物をしてから帰ろうかと思ってるけど、どうかしたの?」
「いや、まぁあんたにこんな注意する必要があるのかわからないけれど、最近人里の周りで辻斬りが出るらしいのよ。だから、早めに帰った方がいいわよ」
「そう。ありがとう。でも、心配には及ばないわ。むしろ、辻斬りに遭遇したら新しいナイフの試し切りでもしようかしら」
「はぁ勝手にしなさい。注意はしたからね」
辻斬りなら別に食卓に並べても問題ないだろう。ちょうど、食料庫の中身もつき始めているところだ。咲夜の主であるレミリアは少食だか、さすがに食料庫の食料が永遠に不滅なんてことはあり得ない。そういった意味でも咲夜はむしろ辻斬りと鉢合わせるという状況を楽しみだと思ってしまった。
普段であればそのような慢心はあり得ないのだが、新しいナイフの試し切りをしたいという衝動が少しばかり警戒心よりも上回っていた結果だと言われてしまえばそれまでだが、咲夜はその事実に全く気が付かない。
一方でそんな咲夜の態度にあきれたのか霊夢は小さくため息をついてからその場を後にする。
咲夜としてはそんな風にされる覚えはないのだが、一応巫女が忠告しているのだからそれなりに強い相手なのだろうと考えて彼女が歩いていった方向の逆……人里の外ヘ向けて歩き出した。
*
人里から少し離れたところにある雑貨屋香霖堂。
半人半妖の店主が半ば趣味でやっているようなその店は物珍しい外来品を多数取り扱っていることで有名だ。ただし、肝心の店主があまり商売に向かない様な性格をしているため、売上という面で見れば結構な赤字をたたき出しているようだ。
「いらっしゃい」
そんな店主……森近霖之助に出迎えられ、咲夜は店の中に入る。
店に入るなり、咲夜は陳列されている商品や店の中で熱心に商品を選んでいる魔女などには見向きもせず、真っすぐと店主の方へと歩いていく。
「新しいティーカップが欲しいのだけど、何かいいのはあるかしら?」
「ティーカップか。それなら、ちょうど新しいのを仕入れたところだよ。ちょっと待っていてくれ」
「はい。お願いします」
咲夜は店主が商品を探しに奥へ行くのを見送る一方でどういうわけか香霖堂で熱心に商品を見ている魔女に声をかける。
「……こんなところで会うなんて奇遇ね。魔理沙」
「ん? あぁ咲夜か。お前こそどうしたんだ?」
咲夜に声をかけられて初めてその存在に気付いたらしい魔女こと霧雨魔理沙はトレードマークともいえる黒い魔女帽を少し上にあげて咲夜の顔を確認する。
「ちょっと新しいティーカップをね……それよりも魔理沙。あなたに一つ頼みたいことがあるのだけど……」
「頼みたいこと?」
「えぇ。今、ちょっと新しいナイフの試し切りをする相手を探しているのだけど……」
「ちょっと待て。それは勘弁してくれ」
試し切りをさせてほしい。そこまで言い切る前に魔理沙に制止される。
よくよく考えてみれば、彼女はあくまで魔法使い(種族)ではなく、魔法使い(職業)だ。切り方次第ではあっさりと死んでしまう可能性がある。そういったことを考慮すると、試し切りには向かないとみて間違いないだろう。
「はぁ……やっぱり美鈴かしらね……」
「門番で試し切りって……レミリアに怒られないのか?」
「大丈夫よ。寝ているのを起こすという大義名分があるわ」
「あぁそうかい……」
魔理沙から向けられる視線はどういうわけか呆れの感情を含んでいるように感じる。
「どうかしたの?」
「いいやなんでも……それよりも私は行くぜ。なんでも最近辻斬りが出るらしいからな。私がとっちめてやる」
「あら。それは私の獲物よ。邪魔をしないでくれる?」
「おいおい。まさか辻斬りまで試し切りに使うつもりか? やめておいた方がいいぜ……と、そろそろ時間だ。じゃあな。辻斬りには気を付けろよ」
このあとになにか約束でもあるのか、魔理沙は少し慌てたような様子を見せながら外へと出ていく。
彼女がホウキにまたがって空の彼方に消えた頃、ようやく店主がティーカップをもって現れた。
「おや、魔理沙はどこに行ったんだい?」
「なにかこのあと、約束があったみたいよ。大方、アリスかにとり辺りじゃないかしら?」
「そうか。まぁそれよりも、お探しの品はこちらでよかったかな?」
店主である霖之助は咲夜に一組のティーカップを差し出す。白い陶器製で上部に赤いバラをあしらったラインが描かれているそれは、まさしく咲夜が探し求めていたものだ。
「えぇこれでいいわ。いくらかしら?」
「毎度あり。お代は……」
そこからはごくごく普通のやり取りをして、それを終えると咲夜は満足げに香霖堂を後にする。陽はほぼ沈みかけて夜になりかけているが、自分の主人が目覚めるまでには帰れるだろう。
咲夜の背中に熱い何かが走ったのは、頭の中でそんな計算をしながら飛び立とうとしたその時である。
背中を斬られた。その事実を認識するころにはもう一太刀背中に斬撃を受ける。
急いで時を止め、逃げようとするがあまりの痛みで意識がもうろうとし、いつも通りに止めることができない。
せめて、襲撃者の顔ぐらいはと思い激痛に耐えながら体制を変えると、こちらへ向けて日本刀を振り上げる短く切りそろえられた白髪の庭師……魂魄妖夢の姿を視界にとらえる。
「……な、ぜ……妖夢……あなたが……」
「幽々子様のためです」
短く、簡潔に事情を述べると妖夢は日本刀を咲夜に向けて思い切り振り下ろし、その光景を最後に咲夜の意識は闇の中へと消えていった。
読んでいただきありがとうございます。
この作品、ある友人から「辻斬り妖夢ちゃん」っていうタイトルで何か書いてみて。みたいな感じなことを言われて書き始めたものです。次回は妖夢視点の後編を投稿する予定です。