命の源
身に巻きつけたぼろで強く押さえつけ、何とか耳の傷の血止めをした。
ライオスは貝で作った小さな容器を取り出し、緑色をした軟膏を指につけて、カルキノスの耳に塗りつけた。
最初はぴりぴりとひどく沁みて、思わず叫びそうになったが、じきに痺れたようになって、痛みは薄れた。
「こいつは効くぜ。俺の母ちゃん直伝の薬だ。鼻の傷にも塗ってやろうか?」
「いえ……ありがたいですが、遠慮します……」
目がひりひりして、涙が止まらなくなりそうな気がする。
「ついてきてくれ」
そう言われ、ライオスに続いて、天幕から這い出した。
まだ日は昇らず、あたりは薄暗い。
あたりにひしめく小屋も天幕も、しいんと静まり返っている。
つい先ほどの騒ぎを、周辺の住民たちが聞きつけなかったはずはないのだが、あたりには野次馬の姿はおろか、人っ子ひとり見当たらなかった。
おそらく、どの幕の後ろでも、住民たちが息を殺して、わずかな隙間からこちらの様子をうかがっているのだろう――
「こっちだ」
ライオスが先に立って歩きはじめたので、カルキノスは、少しばかりほっとした。
刃物を持ったライオスが後ろからついてくるというのは、想像しただけで怖い。
先ほどは、実際にその刃を突きつけられ、怪我までさせられたのだ。
(何を、考えているのだろう)
大股に進んでゆくライオスを追いかけて、ひょこひょこと歩きながら、カルキノスは、その内側まで見とおそうとするかのように広い背中を見つめた。
こちらがスパルタの間諜ではないと信じさせることは、どうやら、できたらしい。
だが、油断してはいけない。
そう思わせておいて、こちらの気を緩ませたところで、尻尾を掴む気かも知れないからだ。
落ち着け。用心しろ。
言動は、慎重に。
自分は、スパルタ人の過酷な主人に虐待され、救いを求めてヘイラに逃れてきた奴隷なのだ――
「あの」
カルキノスは、控えめに、不安そうな声を発した。
「どこへ向かっているんですか?」
「仕事のある場所だ」
「それは、どこなんです?」
その問いかけに、ライオスは、しばらく答えなかった。
不安が一挙に膨らむ。
任せたい仕事があるというのは、実は、まったくの嘘なのではないか?
ライオスは、こちらを人目につかない場所に誘い出し、始末するつもりなのではないか?
このまま、のこのこ彼についていって、本当に大丈夫なのだろうか。
だが、たとえ今ここで踵を返し、全力で走ったとしても、ライオスから逃げ切ることができる可能性はほとんどない。
瞬発力も、持久力も、腕力も、土地勘も、ライオスのほうが勝っているのだ。
「ちょっと、待ってください……」
ライオスの歩みは速い。必死に追いつこうと跳ねるように進んだが、その一歩一歩が、体じゅうの痣に響きはじめた。
ヘイラ山に入ったとき――茂みの中に行き倒れ、ミノンたちに見つけられたときに、杖がわりの枝は失ってしまっていた。
カルキノスの呼びかけに、ライオスは足を止め、振り向いた。
「おう。悪かったな」
言って、すくい上げるように左手を差し出してくる。
支えてくれるつもりのようだが、男の手を握るというのは、何となく気恥かしい。
カルキノスはライオスに近づき、差し出された手のひらを握るのではなく、その上に寄りかかるようにして腕を載せた。
「痛っ!」
痣になっているところを強く握られて、思わず振りほどこうとしたが、ライオスの手はぴくりとも動かなかった。
「あ、悪い。……本当に、ひどくやられたんだな」
ライオスの手が緩み、彼はそのまま、カルキノスの腕を軽く引いた。
「さあ、行こうか。……そうだ。さっきの薬、塗ってやろうか?」
「あ、いえ、大丈夫です……」
(また、試されていたのか?)
こめかみに冷汗がにじむ。
ライオスは今、わざと強くこちらの腕を握り、この痣が本物かどうかを確かめたのではないだろうか。
それとも、単なる偶然だろうか?
ライオスのほうが遥かに上背があるために、肩を貸してもらうことはできない。
足元のおぼつかない老人のように肘を支えられて進みながら、カルキノスは再び囁いた。
「あの、ライオスさん」
「うん?」
「静かですね。昨日は、あんなに大勢いたのに、今朝は、誰の姿も見ない……」
「まだ暗いからだ」
ライオスは、こともなげに言った。
「ここでは、暗いうちから起き出したって、畑のことができるわけでもないからな。第一、暗いうちからおもてに出ることは、禁止ってことになってるんだ」
「禁止、ですか? なぜ?」
「暗いうちに外をうろつくとなりゃ、明かりが――火がいるだろ。この立てこんだ中で、誰かが火の始末をしそこなってみろ、壁の外全部、あっという間に丸焼けになっちまうだろうが」
「ああ……」
隣の天幕や小屋との隙間が、ほぼ無いに等しいような場所も多い。
確かに、ここでひとたび火事が起きれば、大惨事は免れないだろう。
「あれ、でも……ミノンたちは?」
「あいつらには、俺が声をかけて、今朝だけ別の仕事をさせてる。ガキには見せられない、大人の事情ってやつがあるだろ。なあ?」
笑顔でそう言われて、カルキノスは曖昧に頷いた。
もしも先ほど、恐怖に負けて真実を口走っていたら――スパルタからの間諜だということがライオスにばれていたら、彼は、カルキノスが知る限りの情報を吐き出すまで、本当にこの肉を切り刻んでいたに違いない。
「それにしても、お前さん、本当に知りたがりだな?」
「えっ?」
「それに、頭の回転が早い。だから、主人に煙たがられたんじゃないのか? 賢すぎる奴隷は、余計なことを考えるかもしれない……ってな」
これは、警告だろうか。
あまり、余計なことを知りたがるな、という――?
思わず口を閉じたとき、ライオスが足を止め、カルキノスの腕から手を離した。
カルキノスは思わず、わずかに顔を上げ、自分たちがいつの間にか『壁』のすぐ側まで来ていたことに気付いた。
壁に、小さな出入口が設けられ、その両脇に武装した二人の番人が立っている。
高さは、身を屈めたカルキノスでも、このまま通れば頭をこすりそうな程度しかない。
横幅は、大人の男が一人、ようやく通れるかどうかだ。
「ライオスさん」
「おう」
男たちからの挨拶に、ライオスが軽く片手を掲げて応えたのが分かった。
さすがは『壁』の外のまとめ役というだけあって、顔はじゅうぶんに売れているらしい。
「ちょっと通るぜ。後ろの奴もな」
(通る?)
カルキノスは、思わずはっきりと肩を揺らすほどに驚いた。
『壁』の内側。
アリストメネス将軍がいるとすれば、そこだ。
どうやって潜入しようかと考えていた。
それなのに、自分は今まさに、他ならぬメッセニア勢によって、その場所へと案内されようとしているのだ。
ライオスの言葉から、数呼吸のあいだ、妙な沈黙が漂った。
番人たちが、じっとこちらを見ている気配が伝わってくる。
やがて、彼らは次々と言ってきた。
「ええ、そりゃ、ライオスさんはかまいませんが」
「後ろの奴……いや、後ろの人は、どういう……?」
「一応、規則ですから」
「いくら、ライオスさんの連れでもね」
「おう」
ライオスは、機嫌よさそうに言った。
「もちろんだ。確かめてくれよ。……おい。顔、見せな」
促されて、カルキノスは、ためらった。
まさかとは思うが、この番人たちのうちのどちらかが、この顔を見知っていたら。
あの夜――攫われたキュニスカたちを身の代と交換するためにリムナイの野へと赴いた夜に、声をかけてきたメッセニアの男が、そこにいたら?
だが、ここまで来て、頭巾を取らないというのもおかしい。
(輝けるアポロン神よ、どうか……)
祈りながら、ゆっくりと頭巾を後ろにずらし、顔を上げた。
番人たちが、そろって目を見開いているのが見えた。
(大丈夫だ)
どちらも、見たことのない顔だった。
「こいつの名前はアイトーン。身柄については、俺が責任を持つ。リムナイから、昨日ここに着いたばかりの逃亡奴隷だ」
一瞬、反応が、遅れかけた。
「…………あの」
心臓が止まりそうな思いをしながら、訂正する。
「テラプネからです」
「ああ、そうそう。そうだったな。テラプネからだ」
(なぜ、リムナイと?)
知っているのか? あの夜のことを。
知らぬふりをして、こちらを泳がせ、反応を楽しんでいるのか?
だが、リムナイにも大きな集落はある。
これはライオスによる二重三重の「試験」のひとつにすぎず、リムナイの名が出たのは偶然だったのか?
「どうぞ、通ってください」
番人たちが槍を引き、ライオスが手振りでカルキノスを促した。
先に入れ、ということだ。
(もう、後戻りはできない)
この先に待つのは破滅か、それとも新しい道か。
カルキノスは心を決め、祈りながら狭い出入口をくぐった。
「おっ」
壁は薄く、ほんの一、二歩で、抜けた。
折しも東から太陽が顔を出し、眩しさに目を閉じる。
「おっ……わはあっ!?」
「あ、すまん」
尻に何かが――すぐ後から身を屈めて来たライオスの頭がぶち当たり、カルキノスは前のめりに地面に倒れた。
「ていうか、危ねえだろうが。急に止まるなよ。ほらっ」
腋の下に手を差し入れられ、一挙動で引き起こされる。
目の前に、『壁』の内側の光景が広がっていた。
(同じだ)
無数の小屋や天幕が、肩を寄せ合うようにしてひしめいている。
その光景は、『壁』の外側と、何ひとつ変わるところがなかった。
『壁』の内と外では、住人の待遇に何らかの差があるのだろうと考えていたが、どうやら、そういうことではないらしい。
(一気に流入した人口に、拡張が追いつかなかったんだ)
そんな考えが頭に浮かび、続いて、ふと何かを思いつきそうになった。
だが、新たな思考がはっきりと像を結ぶよりも早く、ライオスの手が、力強く肘を掴んだ。
「行こう」
カルキノスたちは、再び天幕のあいだを縫って歩きはじめた。
太陽が昇ったからか、まばらにだが、行き交う人の姿が見られる。
そのほとんどが、簡素な武装をした男たちだった。
ヘイラまで登ってくる途中にいた男たちのように、これから受け持ちの場所に行き、防備の任務につくのだろう。
男たちが次々とライオスに挨拶をし、ライオスはいちいちそれに応じた。
ライオスは、『壁』の内側でも、なかなかの影響力を持っているようだ。
やがて、二人がたどり着いたのは、ヘイラの最も奥まった場所――
灰色の崖の側面に口を開いた、天然の洞窟だった。
洞窟の入口は複数あり、それぞれの入口に番人が立っている。
「ここが、お前さんの新しい仕事場だ」
番人に近づき、何やら頷きながら話し合っていたライオスが戻ってきて、そう言った。
「何です、ここは……?」
「入れば分かるさ」
ライオスは軽く言い、手を振って促したが、カルキノスは『壁』の出入口をくぐったときのように自ら踏み込んではいかなかった。
「どうした、アイトーン。何を、びびってるんだ?」
(洞窟……)
グナタイナやキュニスカと共に助け出された女たちから、聞いていた。
ヘイラに囚われていたあいだ、自分たちは、洞窟に閉じ込められていたのだと。
(俺を、ここへ誘い込み、幽閉するつもりなのか?)
カルキノスは、薄い笑みを浮かべたままこちらを見ているライオスを、こわばった表情で見返した。
(だが……そうだとすれば、なぜ今、俺を始末しない?
俺を殺さずに閉じ込めたりして、何の得が……まさか)
こいつらは、カルキノスを捕らえ、その身柄と引き換えに、スパルタに何らかの交渉を持ちかけるつもりなのではないだろうか?
「いいから、中に入れ、ほら」
「や、そ……うわぁっ!」
後ずさろうとしたが、あっという間にライオスに腕を掴まれ、体がぶつかるほどに引き寄せられる。
そのまま片腕を腰に回され、荷物のように肩に担ぎあげられた。
「お、降ろせっ! 降ろして……」
「暴れるな。怪我するぜ?」
笑いを含んだようなライオスの声に、言い知れぬ凄みを感じて、カルキノスは動きを止めた。
ライオスは、カルキノスを軽々と担ぎあげたまま、洞窟の奥に踏み込んでゆく。
あたりが暗くなってきた。
ライオスの背中のほうに頭が来ているせいで、洞窟の中の様子がほとんど見えない。
「おはようございます、ライオスさん。……その、担いでるのは何です?」
「新入りだ。開けてくれ」
がちゃがちゃと、金具の触れあうような音がした。
ずいぶんと厳重な掛け金――ここはやはり、牢獄に違いない。
万事休すだ。
「そら」
獅子が、運んできた仔を降ろすような調子で、急に地面に立たされる。
上下の間隔がおかしくなったカルキノスは、思わずふらつき、固い岩盤の上に尻をついてしまった。
「見ろ」
そう言ったライオスのかたわらに、まだ若い番人の男が立ち、小さな松明を掲げている。
洞窟の奥一面を塞ぐように、木の壁が築かれ、真ん中に扉がつけられていた。
扉は開かれており、中の様子が見えた。
「ヘイラは、まだまだ戦える」
ライオスの声がどこか誇らしげに響き、カルキノスは目を見開いた。
扉の奥に見えたもの――
それは、山のように積み上げられた、大量の麦の粒だった。
ここは、ヘイラの食糧庫だったのだ。
カルキノスは、ぽかんと口を開け、思わず立ち上がっていた。
「どこから……こんなに……」
「驚いたか? まさか、俺たちが食い物の算段もなくスパルタに挑んだなんて思ってたんじゃないだろうな。スパルタと対立するポリスが、俺たちを密かに支援してくれてるってわけさ」
(アルカディアか!?)
大掘割の戦いでは、スパルタの買収工作に応じてみせたアルカディア。
それなのに、裏では、まだメッセニアを後押ししていたというのか?
「まあ、あいつらだって、別に、心から俺たちを助けたいってわけじゃねえんだ」
カルキノスが呆然としているうちに、ライオスが言った。
「ただ、この戦いをできるだけ長引かせ、スパルタの力を削り取ることが奴らの狙いなのさ。そのために俺たちが潤いすぎるのも、また困るってわけだ。
だから、足りない分は、奪うしかない。ここにある麦の半分は貰い物だが、あとの半分は、俺たちが命を賭けてスパルタ人どもから奪ってきたものだ。
だが……そもそも、なぜ、奪う必要がある? もともと、俺たちの土地だ! 俺たちの麦だ! それなのに、これだけ奪い返すために、何人もの男たちが命を落としてる。
貪欲なスパルタ人どもが、俺たちの土地に踏み込んでこなければ、こんなことにはならなかったんだ!」
最初は軽かったライオスの口調が、話すうちにどんどん強くなり、最後の言葉と同時に、彼は拳を岩壁に叩きつけた。
若い番人が、その剣幕にびくりとしながらも、横で激しく頷いている。
「なあ、お前さん、ミノンとドリダスに渡されたパンを食っただろ」
まだ目の奥に怒りの熾火をきらめかせながら、ライオスが近付いてきてカルキノスの肩を掴んだ。
「ここの小麦を使って、女たちが焼いている。毎日、皆に公平に行きわたるように分配してるんだ。
お前さんには、ここにいて、麦を量り取って分配する役を頼みたい」
「……えっ?」
急に具体的な仕事内容を知らされ、カルキノスは思わず間の抜けた声をあげた。
毎日、時間になると、石臼で粉をひく役目の女たちがここにやってくる。
彼女たちに、枡を使って正確にはかり取った麦を渡し、誰にどれだけ渡したかを記録するというのが、カルキノスに与えられる役目だということだった。
「これまでは、そういう役目の人を、置いていなかったんですか?」
「いたんだけどな」
ライオスは、それだけ言った。
それだけで、カルキノスは容易に事情を想像することができた。
前任の配給係は、おそらく、その立場を利用して、特定の誰かへの配給を少しばかり多めにしたに違いない。
あるいは、記録をごまかして、一部を自分の懐に入れたか。
(それが、ばれたんだろうな……)
それから、そいつがどうなったのかについても、完璧に想像できるような気がした。
「もちろん、お前さんは、そんな真似はしないよな」
こちらの心を読んだかのように、ライオスはそう言い、笑顔でカルキノスの肩を叩いた。
「どうだ。引き受けてくれるか?」
断ったら、その場で肩を握り潰されるのではないかという気がする。
「あの」
こんな大役を、二つ返事で引き受けるというのは、かえって不自然だ。
カルキノスは、思いもよらぬ責任に戸惑っているふうを装って、言った。
「なぜ、俺に?」
「お前さんが、ヘリオドラさんを助けたからだ」
ライオスは、何の迷いもなく答えた。
「口先で調子のいいことを言う者ならいくらでもいるが、いざという時、本当に他人のために命を張れる男は、そうはいない。お前さんは、それができる男だ。高潔な男だと見込んで、この仕事を任せたい」
「でも……」
あまり、しつこく食い下がらないほうがいい。
そう思いながらも、カルキノスは、浮かんだ疑問を口にせずにはいられなかった。
「どうして『壁』の内側の人に頼まないんです? そのほうが、信用できるでしょう。なにも、昨日来たばかりの俺なんかに……それこそ、そこの方とかのほうが」
急に指差されて、番人の若者は驚いたように目を見開き、かぶりを振った。
「『壁』の内側の者じゃ、知り合いが多すぎるんだ」
ライオスが言い、若者に向けて肩をすくめてみせた。
「それぞれに、情も、しがらみもある。そういう感情は、公正さの邪魔になる場合もあるだろう?
かえって、外から来た人間のほうが、そういうもんに左右されない。皆も、それで納得する」
「ああ……」
得心したような声を上げながら、カルキノスは、凄まじい勢いで思考を巡らせていた。
皆も納得する、ということは、今、納得していない者もいるということか。
麦の分配の公正さをめぐって揉め事が起きていたとすれば、これほど大量にあるように見えても、実は、ヘイラの台所事情はかなり苦しいものなのかもしれない。
この麦が、一日にどれくらいずつ減ってゆくものなのか。
そして、補給の頻度は。
数日もここで仕事をすれば、そういったことが、かなりはっきりと見えてくるかもしれない。
「『壁』の外から、通うことになりますか?」
「いや、それじゃあ出入りがいちいち面倒だ。住み込みで、ここにいてくれ。番人は、毎日交替する」
「そうですか……」
ミノンとドリダスの顔が、頭に浮かんだ。
カルキノスが急に姿を消したら、彼らは、何と思うだろう。
「ミノンたちには、俺から事情を説明しておく」
ライオスが言った。
人の表情から、考えていることを的確に推測する。
やはり、油断はできない。
「いつまでですか」
「何?」
「俺は、いつまで、この仕事をすればいいですか。……俺だって、しばらくいれば、知り合いも増えてくるでしょう」
「なるほど」
やっぱり頭がいいな、と笑って、ライオスは不意に真顔になった。
「そう長くはかからないはずだ。俺たちが、ここを引き払うまでに」
「――えっ?」
「メッセニアの勝利は近い」
ありえないまでに強い確信をもって口にされた、その言葉。
呆然としたカルキノスを見据え、ライオスは言った。
「スパルタの将軍カルキノスは、もうすぐ死ぬ」




