二人のテュルタイオス
* * *
* * *
「ううーん……」
アクシネは、そう声に出してうなった。
中庭で、なぜか大きな桶をひっくり返した上にあぐらをかいている。
腕を組み、首を傾げて、表情は完全に真顔のままだ。
「もう一度、歌ってみようか?」
「うん」
問いかけたカルキノスに即答した彼女は、首をまっすぐに戻し、両手をひざの上においた。
そのまま真顔で微動だにせず、再び竪琴をかき鳴らして歌いはじめたカルキノスの声に耳を傾ける。
そして、その歌が終わったとたん、
「ううーん……」
彼女は先ほどと寸分たがわぬ腕の組み方、首の角度、表情になって、同じようなうなり声を発した。
「あんまり、よくないな!」
「よく、ない!?」
「うん」
カルキノスの反応に戸惑ったように、アクシネは顔をしかめた。
「だってな。あのなー、なんかなー……」
「あっ、いや、いい」
カルキノスは慌てて薪割り台から立ち上がり、
「ごめん、アクシネ、ありがとう!」
なおも首をひねりながら言葉を探し続けているアクシネに手を振ると、竪琴をかついで、できるかぎりの速さで家から飛び出した。
(あんまり、よくない……)
アクシネの言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。
あれは、悪口や皮肉などではない。心の底からの一言だ。
油断して歩み寄ったら、ナイフをずぶりと突き刺されたみたいな気分だった。
道の真ん中で小石に蹴躓き、倒れそうになって、カルキノスは慌てて立ち止まった。
* * *
* * *
昨日、この家に戻ってからずっと、食事もそこそこに詩作に没頭していた。
眠ることは眠ったが、それ以外はずっと竪琴を爪弾きながら、詩歌女神の囁きに耳を傾け、ことばを練り続けた。
そして、とうとう完成したのだ。
ゼノンに捧げる歌。
人々の心を導く歌。
スパルタに勝利をもたらすための歌が。
(俺は、どうして、この歌を、アクシネに聴いてもらおうなんて思ったんだ)
猛烈に腹が立った。
アクシネにではなく、自分自身にだ。
『いいうた!』
即興で糸紡ぎの歌を作ったとき、彼女は、笑顔でそう言ってくれた。
だから、今回もきっとそう言ってもらえるだろうと、心のどこかで思っていた。
彼女に、誉めてもらいたかった。
力づけてもらいたかったのだ。
(俺は、甘えていた。軽はずみだった。この歌は、彼女に聴かせるべき歌じゃない。むしろ、絶対に聴かせちゃいけない歌じゃないか……)
グラウコスが話してくれたことをあらためて思い返し、カルキノスは、自分自身をぶん殴りたくなった。
いや、本当に殴った。
頬を一発。二発。
(他の女性だったら、さっき、こんなふうに俺をぶん殴るか、泣くかしていただろう。
きっと、アクシネには、よくわからなかったんだ。だから、彼女は、怒らなかったんだ。
俺は、詩のことばかりを考えて、彼女に、本当にひどいことをしてしまった……)
少し腫れた頬のままで、カルキノスは再び歩き出した。
これ以外に、道はない。
その確信があった。
だから――これから、自分は、もっとひどいことをするのだ。
* * *
* * *
西のタユゲトス山脈から、長い影が迫りはじめている。
「あのー」
カルキノスは初めて、若者たちが共同生活を送る兵舎の入り口をくぐった。
「どうも……」
兵舎といっても、金持ちの牛小屋のほうがまだ立派なのではないかと思えるほど質素なつくりだ。
その中で午後の憩いのひとときを過ごしていたらしい若者たちが、険しい顔つきで一斉に立ち上がる。
おそらく、奴隷でも迷い込んできたと思ったのだろう。
だが、
「あ、カルキノス殿!」
「何か御用ですか?」
こちらの顔を判別すると、途端に、彼らの表情はやわらいだ。
(なんか、俺の扱いがよくなってる……)
もちろん、共同食事の一件からのエウバタス殿の「改心」――と言ってよいのかは謎だが――が、効果を発揮しているのだろう。
しかし、こうも急に態度をあらためられると、逆に居心地が悪い。
「いや、ええと」
どの若者も、全身が痣と傷だらけだった。昨日の合戦訓練によるものだ。
そんな姿の若者たちにじっと見つめられ、急に気後れがしてきた。
兵舎には大部屋ひとつしかないのだから、そんな必要もないのだが、カルキノスはむやみに室内のあちこちを見回してから、
「グラウコスは?」
と訊いた。
「彼なら、姉上のところに顔を出しに行っていますよ」
「伝言をお預かりしますか。それとも、急ぎの御用ですか?」
「なんなら、俺がひとっ走り行って、呼んでくることもできますが」
「あ……いや! いいんだ。伝言は必要ない。俺が、直接話すよ。今度会ったときにでも」
「そうですか?」
「うん、どうもありがとう。……あ、あと、ナルテークスは?」
彼らは顔を見合わせ、やがて、一人が答えた。
「昼過ぎから、姿を見ていません」
「そうか……どうもありがとう」
丁寧に礼を言って、カルキノスは兵舎から出た。
みな自分と同じくらいか、もしかすると年下かもしれない男たちだったが、礼をもって接してくる相手には、礼をもって返すのが文明人というものだ。
ふと気配を感じて、振り返ると、兵舎の入口に若者たちが集まってこちらを見ていた。
思わず身構えそうになって、気付いた。
見送ってくれている。
「カルキノス殿」
そのうちの一人が、一歩進み出て、言った。
「好きです」
「……へっ?」
「あなたの歌が」
一瞬、告白されたのかと思った。
カルキノスが目を白黒させているあいだに、
「これまで、なかなか言えませんでしたが」
彼は、それこそ本物の告白のように、少し照れくさそうな顔で続けた。
「ゼノンさんのことを歌った歌。……俺たち、あの後、ときどき、こっそり歌ってました。あの歌を歌うと、自分もゼノンさんのような勇気を持たなければという気持ちになる」
他の若者たちも、力強く頷いている。
「あっ……そう?」
カルキノスは、半笑いのような顔になった。
喜びよりも、驚きのほうが先に立っている。
自分が、これからしようとしていること。
その道の先までを、見えない大きな腕が押しひらいてくれているように感じて。
「ありがとう」
ぎくしゃくと向きを変えて、その場を歩き去る。
また、小石に蹴躓きそうになったが、今度は立ち止まらなかった。
* * *
* * *
つややかに膨れた緑の実が、頭上で鈴なりになっている。
オリーブの樹のごつごつとした幹が並ぶあいだを縫って、歩いてゆく。
地面が、緩やかな上り坂になりはじめた。
オリーブ畑は終わり、野生の、何ともつかない低木や草がごちゃごちゃと生え始める。
徐々に傾斜がきつくなる斜面を、竪琴をかついで草をかき分けながらのぼり、やがて、丘の上に着いた。
カルキノスは、息を弾ませながら足を止め、
「……ナルテークス」
静かに、その名を呼んだ。
のぼってくるあいだじゅう、きっと彼はここにいる、という奇妙な確信があった。
その確信は、足を引きずりながら体を運び上げるごとに、どんどんと強まり――
はたして、彼は、ここにいた。
がさがさと草を分ける物音で、カルキノスの接近にはとっくに気付いていたのだろう。
ナルテークスは、あの岩のそばに立ち、静かな顔つきでこちらを見返していた。
合戦訓練で負った真新しい四本の傷が脇腹に走っている。
左の頬や腕のあちこちには、赤黒い痣が浮かんでいる。
今、洗えば、再び傷がひらくおそれがあるからだろう。長い黒髪は、いまだ血で固まってごわついている様子だった。
風が、吹き抜けてゆく。
「ずっと、謝りたいと思ってた」
最初に口を開いたのは、当然、カルキノスのほうだった。
「この前、ここで、君に対して言ったことを。
無神経だった。俺は、君たちのこと……君たちの思いを、何ひとつ知らなかったんだ」
ナルテークスの表情は、ぴくりとも動かない。
カルキノスは、彼の目をまっすぐに見据えた。
これ以外に、道はない。
だから、これから、自分はひどいことをする――
「聞いた。君の、父上と、母上のこと」
ナルテークスの目の下が、痙攣するように震えた。
表情が見る間に険しくなり、視線が鋭くなる。
拳が、かたく握りしめられる。
「グラウコスから聞いたんだ。……いや、彼に腹を立てないでくれ! 俺のほうから、無理に訊ねたんだ。君のことをどうしても知りたいと言って。
知りたかったのは、分からなかったからだ。君が、あの日、ここで、どうしてあんなふうに腹を立てたのか。
俺は、君が『死は恐ろしい』と書いたとき、とてつもなく驚いたんだ。俺は、スパルタの男たちは、死など少しも恐れていないのだと思っていたから。でも――」
ナルテークスが、急に激しくかぶりを振った。
彼は小石を掴み、あの日のように、岩の表面にことばを綴りはじめた。
『父は死を恐れぬ戦士だった。
母も死を恐れぬ女性だった。
だめだったのは俺だ。俺のせいで、二人は死んだ』
「えっ」
カルキノスは目を見開いた。
ナルテークスが、こんなふうに考えているなどとは、思ってもみなかったのだ。
「違うよ。どうして……君のせいなんかじゃ」
『だめだったのは俺だ。
俺がもっと、アクシネを守ってやれるくらい強ければ、
父は、先のことを憂えてあんな真似をせずにすんだ。
戦士の名誉を汚さずにすんだ。
俺のせいだ。父は悪くない。
俺が、そう皆に言えればよかったんだ。なのに俺は言えなかった。
母はそれを悲しんで死んだ。俺が殺したようなものだ』
「ナルテークス、それは、違うよ……」
『だめだったのは俺だ』
彼は、そのことばを何度も何度も叩いた。
わななく左手の指が曲がり、喉のあたりに当てられた。
『俺が、こんなふうだったせいで』
そこまで記して、ナルテークスは不意に小石を投げ捨て、カルキノスに背を向けた。
逞しい肩が、震えている。
「違うよ……」
カルキノスの声は、もはや囁くようだった。
両目から涙が流れた。
自分自身の浅はかさが情けなかった。
カルキノスは今まで、ナルテークスは、家族に不名誉な評判を残した父親を、心のどこかで恨んでいるのではないかと考えていた。
だが、その逆だった。
自分のせいで、父親に不名誉を与えてしまったと、ナルテークスは、ずっと己を責め続けていたのだ。
俺が、こんなふうだったせいで
神々により与えられた運命が、ナルテークスから声を奪った。
カルキノスは、自分自身と引き比べて考えずにはいられなかった。
まともに動かない右脚。
皆と同じように運動することもできず、戦闘に加わることもできない。
もしも、自分が、スパルタに生まれていたら――
「君が、話せなくなったのは、君のせいじゃない……すべて、神々の御意志だ。君のせいなんかじゃない!」
ナルテークスが、振り向いてきた。
彼はゆっくりとかぶりを振った。
その目の端から、涙が流れ落ちた。
『違う』
再び小石を拾い上げ、ナルテークスは記した。
『俺がだめだったからだ。
初めてこうなったときのことを覚えている。問答の訓練のときだ。
俺はまだ少年の組にいた。
そこでは、俺たちは毎日、年長の少年に呼び出される。食事の前に』
ナルテークスの表情が大きく歪んだ。
『もともと、話すことが苦手だった。
俺は、ものを言う前に考える。その時間が長くかかる。
だが、問答の訓練では、素早く、短く答えなければならない。
俺はいつも最後まで落第した。
答えても、だめだと言われた。毎日殴られた。罰として噛みつかれた。
ある日、答えようとしたが、声が出なかった。
何度も殴られた。それでも声が出なかった。
それから、ずっとこのままだ』
(君のせいじゃない)
あまりのことに、カルキノスはその言葉すら、口から出せなかった。
また、自分の右脚のことを考えた。
おまえも皆と同じように走ってみろ、跳んでみろと言われたら?
必死にそうしようとしたら、その姿を馬鹿にされ、毎日殴られるとしたら?
(俺なら、死んでる……)
それでも、ナルテークスは耐え抜いたのだ。
(ナルテークスが話せなくなったのは、神々の御意志じゃない。もちろん、ナルテークスのせいでもない。悪いのは、彼を馬鹿にして殴った奴らだ!
もともとは話すことができたのに、話せなくなったのは、きっと、話すことが怖くなったからだ。
それは、弱いからなんかじゃない。必死に考えて口に出したことを、毎日、だめだと言われて、殴られて、それで平気な奴なんているもんか。自分の考えを話せば殴られるなら、話せなくなるのが当たり前じゃないか。それなのに)
「中空の大ういきょう」などと、まるで愚か者のような名をつけて、彼を蔑むなんて。
彼は、その心のうちに、こんなにも語ることばを持っていたのに。
全てを終わらせる死に飛び込むことなく、その足で歩き続けてきた、誰よりも強い男なのに――
「だが――君は、歌を、歌える」
カルキノスは、ナルテークスをにらみつけるように見据えた。
まだ涙は流れ続けていたが、その目は燃えていた。
「神々が、君に歌声を残した。君を馬鹿にした奴らも、君から、歌を奪うことまではできなかったんだ。
ナルテークス、きいてほしい。君に、歌ってもらいたい歌がある。
俺は、君に歌ってもらうために、この歌を作った――」
ナルテークスがいったい何のことだという顔をしているうちに、カルキノスは手近の岩に近づいて腰を下ろし、かついでいた竪琴を、しっかりと抱え直した。
すうう、と息を吸い込む。
竪琴を爪弾きながら、カルキノスは朗々と歌いはじめた。
スパルタに来てから学んだ、彼らが行進をするときの伝統的な音楽。
戦場で、若者たちはこの歌を歌いながら敵に向かってゆくのだ。
絶望ではなく、勝利に向かって――
さほど、長い歌ではない。
カルキノスは歌い終え、ナルテークスの顔を見た。
彼の顔面は、蒼白になっていた。
『馬 鹿 に している の か』
綴られる文字が乱れ、石の欠片が飛び散った。
「違う」
『その歌が歌っているのは、俺の父のことじゃないか!』
ナルテークスが小石を岩に投げつけ、粉々に打ち砕いても、カルキノスは微動だにせず、また反論もしなかった。
ナルテークスの言葉は、真実だったからだ。
(これしか、道はない)
カルキノスは息を吸い、ナルテークスの前に立ちはだかるように、まっすぐに立った。
「君に、この歌を歌ってもらいたい。皆の前で」
目にも止まらぬ速さで腕が伸びてきて、カルキノスの衣を掴んだ。
竪琴が手から離れて落ち、草の上に転がった。
ナルテークスの片足が上がり、それを踏みつけようとした。
「やめろ!!」
カルキノスは両腕でナルテークスを突き飛ばした。
そして、自分自身が弾き飛ばされ、後ろ向きに引っくり返った。
ナルテークスの胸板は青銅の板のようで、渾身の力で突いても微動だにしなかったのだ。
引っくり返った虫のような姿でもがきながら身を起こすと、ナルテークスがこちらを見下ろしていた。
竪琴は、無事だ。
『できない』
そう、ナルテークスの口が動いた。
声は出なかったが、確かに、そう聴こえた。
彼は倒れているカルキノスの傍らにしゃがみ込むと、指を動かして、空中にひとつずつ文字を綴りはじめた。
『歌いたくない。その歌は、さかさまだ。俺の心と、何もかも、さかさまだ』
「話すことはできなくても、歌を歌うことはできるのは、それが自分の考えではないから――」
カルキノスは静かに言った。
「君は、あの日、そう言っていたよ」
ナルテークスの目が見開かれた。
『偽りを、歌えというのか?』
「そうだ。……だが、君が歌えば、この歌は、偽りではなく、真実になる。
この歌は、さかさまの歌なんだ。何もかもが反対になる。
今、敗北の恐怖に怯える人々は、君が歌うこの歌に導かれて戦い、勝利を得るだろう。
そして、もう誰も、君を馬鹿にする者はいなくなる。
君は、伝説になるんだ。誰もが君を讃え、尊敬するだろう。
子どもたちが君の名を語り継ぎ、スパルタの続く限り、君の名が忘れ去られることはないだろう。
――テュルタイオス!」
初めて、目の前の若者の、自分と同じ本名を呼んだ。
「歌ってくれ! スパルタのために。ゼノンとの約束を、果たさなきゃならない!」
ナルテークスの表情に揺らぎが走った。
彼の顔を食い入るように見つめていたカルキノスは、その揺らぎを見逃さなかった。
「アクシネだって……」
言いかけて、一瞬、言葉に詰まった。
『あんまり、よくないな!』
真剣な彼女の声が脳裏によみがえり、消えていった。
「もしも、君がこの歌で名をあげれば……アクシネだって、本当の名前を名乗れるようになるかもしれない」
その瞬間、ナルテークスの顔つきが変わった。
初めて、そのことに思い至ったという表情。
『歌ってくれ』
「えっ?」
『もう一度、歌ってくれ』
指の動きで文字を綴りながら、ナルテークスの顔には、すでにひとつの決意があらわれている。
「本当に……この歌を、本当に、歌ってくれるのか?」
『やろう』
「……やろう!」
カルキノスはナルテークスの手を握り、感極まって上下に強く振った。
重い彼の腕は、ほとんど持ち上がらなかったが。
「俺たち二人で、スパルタに勝利をもたらそう! ありがとう、ナルテークス……いや、テュルタイオス!」
『おまえもテュルタイオスだろう』
「まあ、そうだけど。……そうだ。俺たち、テュルタイオスの歌が、スパルタに勝利をもたらす――」
カルキノスは竪琴を持ち上げ、もう一度、朗々と歌った。
「覚えられそうかい?」
『ああ』
「本当に……皆の前でも、歌うことができる?」
『わからん』
「えっ」
『一度もやったことがない。やろうとも思わなかった。だが、やってみる』
「う、うん……がんばってくれ! 君が歌ってくれないと、俺、長老会でぶっ殺されるかもしれない」
『……まさか、おまえは、このことを皆に』
「いや、言ってない! まだ、誰にも言ってない。皆を驚かせてやるんだ。その時が来るまでは、絶対に誰にも秘密だ。
長老会の件は……まあ……とにかく、君の歌に、いろいろ懸かってるんだよ。後で詳しく説明するけど」
怪訝そうなナルテークスに頷きかけてみせてから、さらに、もう一度歌った。
『ひとつ、言いたい』
「えっ、何?」
『ところどころ、アテナイ訛りが出ている』
「……え!? そう!?」
『こちらでは使わないことばが、いくつか出ている。スパルタでの言い方に直してもいいか?』
「えっ、直…………あ、いや、うん。いいよ。ことばひとつ変えると、韻律をととのえるために、まわり全部いじらなきゃならなくなるんだけど……いや、うん! いや、いい!」
『嫌なのか、いいのか、どっちだ』
「いい、いい! いいから、どんどんやってくれ! スパルタの男たちが歌う歌だ。スパルタのことばでなきゃ、スパルタのための歌とは言えないよな……ううう」
二人のテュルタイオスが、ひとつの歌を紡ぎ出す。
友との約束を果たすため。
スパルタを守るため。
妹のために。
死の闇も、陽の射す道も、前を向いて歩く……




