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密談

     *     *     *

  *     *     *


「で、そなたが今日、異様にキャベツ臭いのはそのためか」


「どうもすみません」

 

 答えて、カルキノスは拳の角でごりごりと顔の輪郭をこすった。

 瞼が少し腫れぼったいが、それ以外には特段、不調もない。

 顔色も、普段とまったく変わらなかった。


「そんなにひょろりとしておるのに、そなたは、酒に強いのだな」


 感心したようにカルキノスの全身を眺めながらそう言ったのは、アナクサンドロス王である。

 王の住まいにほど近い、森の中。

 アナクサンドロス王は、日よけの布を目深にかぶっている。

 密談だ。


「ええ。俺、昔から『酒に酔う』ってことがなくて」


 密談であるわりには、話題に緊張感がない。


「酒の味は好きなんですが。悪酔いしないかわりに、酔って気持ちよくなることもないので、宴会ではなんとなく損した気分になります」


「気持ち悪くならないだけ、良いではないか」


 王は、愉快そうに笑った。


「で、敗れた彼らは、二日酔いで寝込んでおるのかな?」


「いや、テオン――うちの奴隷が今朝、エウバタス殿が、ふらふらしながら体育訓練場ギュムナシオンに出かけていくのを見たそうで。……ていうか今頃、絶対、大変なことになってると思うんですけど。ゲロで」


「いかなることがあろうと、訓練を休まぬ。実に感心なことだ」


「いや、あれは休んだほうがいいと思いますけど絶対。体調が悪いときは、普通に休むべき……いや、でも、あれは完全に自分の責任……うーん」


 カルキノスは、複雑な表情でうなった。


     *     *     *

  *     *     *


イェー・パイアーン


 カルキノスの発声から始まった飲み比べは、五杯目の半ばで、あっけなく片がついた。

 酩酊を恥とするスパルタの男は、そもそも、酒をがぶ飲みすることに慣れていない。


『スッ……スパルタの男はっ……敵に決して背中おええええええええ』


『エウバタス殿ーっ!?』


 うつ伏せにばったり倒れたエウバタス殿に、慌てて駆け寄るスパルタの男たち。


『はーい水、水! 水持ってきて! それと、そこの君、キャベツと土鍋、用意! 火をおこして、刻んだキャベツを煮込むんだ!』


 景気よく手を叩きつつ、奴隷たちに向かって矢継ぎ早に指示を繰り出すカルキノス。


『貴様っ……よくも、エウバタス殿を!』


 いかにも血の気の多そうな若者が、青筋を立てて食ってかかったが、


『なーに、男と男の正々堂々の勝負なら、結果がどうあれ、他人がケチをつけるのは、お門違いってもんですよーだ。どうしても、納得いかないっていうんなら……』


 カルキノスは、へらへら笑いながらカップを差し出した。


『君が、エウバタス殿の弔い合戦を挑んでみるかい!? 喜んで、受けて立とう!』


『まだ死んどらんわッ!』


 ゲロまみれになりながらエウバタス殿を介抱するグラウコスがわめいたが、


『おのれ、言ったな! 吠え面かくなよ。勝負だ、アテナイ人め!』


『ざーんねん、俺は、もう、スパルタ人枠に入っちゃったんですよーだ。ま、いいや! はい、乾杯!』


 中略。


『お、の、……ゴブァ』


『はーいもう一丁! 水ね! とにかく、水をしっかり飲ませて! おいおい、ちょっと、そこ! 仰向けに寝かせちゃ駄目だ! ゲロが喉に詰まったら死ぬよ!?』


 カルキノスの恐るべき手際、そしていくら飲んでもつぶれる気配のないうわばみ・・・・加減に、最初は憤然としていた一同も、ぽかんと見とれるしかなくなってきた。


『おっ、キャベツ煮えてきた? ……うーん、もうちょい煮出して。で、その汁を、粗熱あらねつ取って、少しずつ飲ませて! ついでに、そこのみんなにも!』


 踊らされていた奴隷たちを指さし、怒鳴るような剣幕で命令するカルキノス。

 少しも酔わない体質のせいで、アテナイでの飲み会では常に最後まで立っている面子めんつに入り、飲み屋の会計から、破壊された食器の弁償、つぶれた友人の介抱まで、ありとあらゆる後始末の采配を振るってきたカルキノスである。

 その場数の踏み方は、スパルタの男たちの比ではなかった。


『はーい酔ったときにはまずコレね! 先人たちの知恵! 秘伝・キャベツの煮汁』


『う、ぐ……くっさあああああオエエェエエェ』


『エウバタス殿おおおお!』


 色々と大惨事である。

 結局、べろんべろんになったエウバタス殿ともう一人の若者は、男たちが担いで家と兵舎まで送り届けることになった。

 奴隷たちには、泥酔状態の仲間たちを連れ帰らせることにする。


『あの……ありがとうございました』


『いーえー』


 反射的に答えてから、カルキノスはふと奇妙な感覚をおぼえ、振り返った。

 ちょうど、奴隷たちの背中が暗がりの中へ消えていくところだった。

 その背中をぼんやりと見送ってから、気付く。

 スパルタに来てから、こんなふうに誰かから礼を言われたのは、初めてだったのだ――


     *     *     *

  *     *     *


「エウバタスは、勇者と呼ぶにふさわしい男よ」


 腕を組んで頷きながら、アナクサンドロス王。


「今頃は、立派に苦痛を克服し、訓練に励んでおるに違いない」


「どんな勇者でも、二日酔いには勝てないと思いますが……あのおじさん、ちゃんと水飲んでるかなあ」


 カルキノスは半眼でうなった。


「でもまあ、他人に無理強いしてあんなに酒を飲ませた以上、自分が二日酔いで苦しむのも、当然の報いですよね……」


「アテナイには、あのような風習はないのかな」


「ないですね」


 即座に答えてから、


「……風習?」


 カルキノスは、思わず繰り返していた。

 あれは、エウバタスの、趣味の悪い思いつきだったに違いない。

 そう、思っていた。


「あれが、スパルタの、風習だとおっしゃるのですか?」


「そうだ。若者たちに、泥酔するとはどういうことかを見せるのだ。酒に呑まれることを恥とし、深酒を避けるようにさせなければならぬ」


(じゃあ……あんなことが、これまでに何度も……? 他人に飲ませるより、自分たちで、つぶれるまで飲んでみればいいのに!)


 カルキノスは、そんな反論の言葉が、舌にはりついたようになるのを感じた。

 アナクサンドロス王の口調からは、嗜虐心も、後ろめたさも、一切感じられなかった。

 まるで「カップとは、水や酒を飲むために用いる容器である」と述べるような、当たり前のことを話すときの口ぶりだった。


「奴隷たちにそれを行わせ、それを見せることで、若者たちは、泥酔は自由民にはふさわしくないふるまいであると考えるようになる。それは、ただ言葉で禁止されるよりも、自ら泥酔して懲りるよりも、遥かに強固に、彼らの放埓をいましめる鎖となるのだ」


 ……分かる。

 アナクサンドロス王の言わんとすることは、頭では、分かる。


(でも)


 テオン、グナタイナ、アイトーンの顔が、脳裏に浮かんだ。

 そして昨夜、篝火のあかりにぼんやりと照らし出された奴隷たちの、怯えた顔、苦しげな顔、表情のない顔――


「納得が、いかぬかな」


「え? あ、はあ、いや……もちろん、アテナイでも、奴隷に罰を与えることはありますよ。仕事を怠けるとか、反抗するとかしたときは。

 でも、何の悪いこともしていない奴隷に、いわれもなく苦痛を与えることは……不法、ではないにしても、不当だと考えられていますね」


「一人のスパルティアタイが、十人、二十人の国有農奴を支配する」


 アナクサンドロス王は、穏やかな笑顔を崩さないまま、カルキノスの目をまっすぐに見据えた。


「それが、スパルタの在り方なのだ。我らは、自軍に十倍、二十倍する敵と、常に向き合っているようなもの。怠慢、不服従、そして反乱……少しでも隙を見せれば、今度は、こちらが奴隷となる運命だ。彼らを支配し続けるためには、苛烈さも必要となってくる」


(敵、か……)


 また、テオンたちの顔が浮かんだ。

 しゃがみこんで豆をひとつずつ拾い集めるテオン、歌いながら糸を紡ぐグナタイナ、汗にまみれて薪を割るアイトーン――


「強くたわめれば、強く跳ね返る、という言葉があります」


 口にした言葉は、内心の思いとは、少し違っている。


「メッセニアが反乱を起こした今、領内の奴隷たちの動きに、いっそう神経をとがらせる気持ちも分かりますが……彼らを抑えようとするあまり、圧力をかけすぎては、かえって内部からのさらなる反乱を誘発する可能性もあるのではないでしょうか?」


 カルキノスの言葉を聞いたアナクサンドロス王の表情は、変わらない。

 怒っているのか、納得しているのか、見た目からはまったく読み取れなかった。

 やがて、王は、ゆっくりと言った。


「そなたの言わんとすることは、分かる。……考える機会を与えてくれたこと、礼を言う」


 そこへ、


「遅くなり申した」


 まるで壁のような巨躯の老人が、年齢と体格からは想像もつかぬすばやさと静かさで、木々のあいだを駆けてきた。


「メギロス、よく来てくれた」


 アナクサンドロス王が声をかける。

 その老人――メギロスは、長老の一人であり、長老会でカルキノスを擁護した一派の代表格である。


「いやはや、密議に遅参するとは、恥ずかしき限り。若い者たちの訓練に付き合って、ついつい時を忘れ申した」


 メギロスは、真っ黒に光るほど日に焼けた顔の汗をぬぐいながら言った。

 普通ならば「年寄りの冷や水」とでも言いたくなるところだが、このメギロス老人相手にそんなことを口にする勇気のある者は誰もいまい。

 いれば、岩の塊のような拳の一撃で、ぺしゃんこにされてしまうだろう。


「で、どうなったかな、調べのほうは?」


「……はっ」


 メギロスが王の言葉に反応するのが一瞬遅れた理由が、カルキノスには分かった。

 彼は、軽く眉を寄せ、鼻の頭に皺を寄せて、視線を左右に向けていた。

 そこはかとなく漂う、謎のキャベツ臭に気を取られていたに違いない。


「密偵たちからの報告が、徐々に集まりつつあります」


 メギロスが担当しているのは、カルキノスが提唱した「メッセニアに流入する武器の流れを追う」という作戦の遂行だ。

 次の長老会までに、現段階で入っている情報を確認し、ある程度の方針を固めておかなくてはならない。

 これは、そのための密議であった。


「アルカディア」


 メギロスは、ずばりと言った。


「アルカディアからの流れが、最も太い。間違いございませぬ」


「アルカディア……」


 牧神パーンを崇める者たちが住む地アルカディアは、スパルタの北方に位置し、スパルタとも、またメッセニアとも境を接している。

 彼らにしてみれば、メッセニアと組んでスパルタを潰すことができれば、一気にペロポネソス半島の南の端、タイナロンやマレアの岬まで領土を押し広げることも夢ではないのだ。

 アルカディアとメッセニアとは境を接しているのだから、武器を融通するにしても、何かと都合がいいだろう。


「スパルタは、奴隷と羊飼いの寄せ集めなどには負けぬ。そのようなこと、神々がお許しにならぬ」


 アナクサンドロス王はそう呟き、少し苦みの混じった笑みを見せた。


「……と、言いたいところだが。現状では、とても楽観はできぬ。おそらく、次の戦いでは、敵はさらに勢いを増しておるに違いない。ステニュクレロスの野に多くの勇士たちが果てた今、我らは、動員する男たちの年齢を、上は引き上げ、下は引き下げねばならぬ。そうでなければ、とても――」


「ちょっと待ってください」


 カルキノスが、不意に手を挙げた。

 横で、メギロスの目が少し大きくなったが、構わずに続ける。


「そうではなくて」


「そう、とは?」


 自らの言葉をさえぎった若造に対し、腹を立てることもなく訊き返すアナクサンドロス王の度量は、相当に大きいと言わねばならない。


「つまり……王が仰っているのは、戦いのときにどうするか、という話でしょう? でも、せっかく、メギロスさんの配下がここまで情報を集めてくれたんです。次に俺たちがなすべきことは、この情報を使って、戦いのに、敵を打ち破るための手を打っていくことだ」


 カルキノスは、額に手を当ててこすり、次に顎もこすった。


「アルカディアから、メッセニアへ、どのように武器が流れ込んでいるのか……その経路は、はっきりしているのですか? たとえば、隊商のふりをして武器を持ち込んでいるとか。どこそこの道を通っているとか……」


「いや」


 メギロスは、魁偉な風貌に、憂いの色を浮かべた。


「まだ、そこまで詳しいことは分かっておらぬ」


「じゃあ、武器がアルカディアから来てるっていう話は、いったいどこから?」


「密偵が、武器を所持したメッセニア人を捕らえて尋問し、聞き出した情報だ」


 メギロスの言葉に、カルキノスはわずかに表情を強張らせた。

 その「尋問」がどんなものだったか、そのメッセニア人がどうなったのかについては、想像したくなかった。


「複数の報告を合わせた結果ゆえ、間違いはないはず」


 カルキノスの表情を別の意味にとったらしく、メギロスはそう付け加えた。


「今も、密偵たちの働きは続いておる。もう少し待てば、新しい情報が得られるかもしれぬ」


「得られるかもしれない。……でも、得られないかもしれない」


 しきりに額をこすりながら、カルキノスは呟いた。


「ただ待っているだけでは、虚しく時間切れになるおそれがある。動かなくては。次の一手を打つんだ。次の戦いに、全てが懸かっている。今のうちにできることは、全てやっておかなくては……」


「どのような手を?」


 メギロスの問いに、カルキノスは一瞬、宙をにらんだ。

 前回の長老会以来、ずっと考えていたことである。

 武器供給の黒幕が分かったとして、そこから、いったいどうするか。


「アルカディアの王というのは、どんな男です?」


「性情は、強欲にして、野卑。王というより、羊飼いどもの親玉といったところだな」


「その王を、味方につけることはできないでしょうか?」


 カルキノスの発言に、メギロスは、ゆっくりと三度、瞬きをした。

 やがて、言った。


「そなたが、何を言っておるのか、分からぬ」


「アルカディア王を、スパルタの味方に引き入れるんです」


 メギロスの眉間に、深い縦じわが刻まれた。

 スパルタの若者たちならばたちまち蒼ざめて謝罪するであろう彼の渋面を目の前にしてなお、カルキノスの視線は、まっすぐにメギロスを見据えている。


「我らは『アルカディアこそが、メッセニアの反乱を後押しする黒幕である』という話を、今、まさに、しておったところではないかな?」


アルカ・・・ディアを・・・・味方につけるのではない」


 カルキノスは、はっきりと言った。


王個人・・・に、的を絞るのです。……メギロスさん、ひとつ確かめておきたいのですが、アルカディアがメッセニアに加担する目的は、いったい何でしょう?」


「一番には、土地だな。きゃつらは、スパルタの領土を我がものとし、そこから生み出される富を得ることを狙っておるのだ」


「メッセニア人たちは、自由のため、スパルタに対する憎しみのために戦っています。でも、アルカディアは、そうではないというのなら……大義名分はどうだか知らないが、根本の動機が、欲得ずくだというのなら……乗じる隙は、ある」


 カルキノスはそこまで言って、不意に、アナクサンドロス王に目を向けた。


「王よ。以前、スパルタは貧乏ではないと仰せになりましたね」


「言った」


 王は鷹揚に頷いた。

 カルキノスもまた、頷いた。


「では、今こそ、その富を有効に活用するときです。アルカディア王を、買収するのです」


「何だと」


 アナクサンドロス王が何らかの反応を見せるよりも早く、横からメギロスが声をあげた。


「勝利を、金で買うというのか!」


 声に、明らかな非難のひびきがある。

 当たり前だった。

 いかなる敵を前にしても怯まず、隊列を組んでまっすぐに進み、叩き潰すのがスパルタの流儀だ。

 勝利とは、そうやって得られるべきものなのだ。

 密偵は、斥候と同じものであると考えれば、まだ、心を納得させることはできた。

 だが、買収とは。

 利得をちらつかせて人の心を惑わし、つけ入ろうとするなどというのは、卑しい商売人の真似であって、戦士のふるまいではない。


「カルキノスよ。そなたの故郷ではどうであったか知らぬが、スパルタの男は、勝つために、金の力は借りぬ。この肉体と知恵と、盾と槍をもって戦うのみ」


「たとえ、金で買った勝利であるとしても……大勢の男たちの命を支払って、血みどろの勝利を買い取るよりも、ずっといいのでは?」


 カルキノスが言い放った言葉に、メギロスは、何か言い返そうとして、言葉に詰まった。

 若き詩人の目が、燃えている。


「王は言われた。男たちの数が足りないと。

 もしも、真っ向からのぶつかり合いだけで、からくも勝利をもぎ取ることができたとして……そのとき、男たちの数は、今よりもさらに減っていることでしょう。そうなってなお、先々までも、メッセニアを維持し続けることができるでしょうか?

 正々堂々の勝利にこだわり続けて、滅びてゆくことを、美しいと思うなら、そんなのは、馬鹿者の考えだ! あと一度、どうにか勝つことができたとしても、それでますますスパルタが弱体化し、将来的に滅びてしまったら、何の意味もない!」


 話すうちに、カルキノスの語調はますます激しく、火を吐くようになった。


「命を惜しむことと、無駄な死を避けることは、まったく違う。前者は臆病さから、後者は知恵から来るものです。今、状況が、知恵を働かせることを求めているんです!

 アナクサンドロス王、メギロスさん、あなたがたは、イリオントロイアの悲劇を知っているはず。敗れた市のヘカベが、アンドロマケが、カサンドラが……そしてアステュアナクスがどのような運命に見舞われたか、よくご存じでしょう。あなたがたの妻や娘たちが、メッセニアやアルカディアの男たちの閨に引き立てられていき、息子たちが、高い塀の上から投げ落とされて死んでいく。あなたがたは、そんなことを、許してもいいと仰るのですか!」


 スパルタの男たちに、言葉はなかった。

 詩人の口から吐き出される言葉が描き出す、呪わしい未来が、彼らの目の前にまざまざと浮かんでいる。

 カルキノスは深く息を吐き出し、吸うと、あらためて彼らの目を見つめた。


「もはや、名誉にこだわって手段を選んでいられるときではない。やれることは、全部やりましょう」


「カルキノスよ」


 アナクサンドロス王が、口を開いた。


「そなたの言わんとすることは、分かる。……だが、それを言うことは、スパルタの男には、できぬ」


 カルキノスは、表情を動かさないまま、王を見返した。


「つまり」


 王は続けた。


「スパルタで生まれ、スパルタで育った者には、それは言えぬのだ」


 カルキノスは、ぴくりと眉を動かした。

 メギロスを見る。

 彼は、渋面をつくって、大きく一度、頷いた。

 そして、目を見開き、何かを訴えるような視線を送ってきた。


「ええ……分かっています。もちろん、そうでしょう」


 カルキノスは、笑った。


「だから、俺が言う。アテナイから来たスパルタ人の俺が、このことを皆に提案します。あなた方は、必ず俺を援護することを約束してください。前回のときのように。でなけりゃ、今度こそ、ぶっ殺されるかもしれない」


「必ず。神々にかけて」


「誓おう」


 三人の男たちはしっかりと視線を交わし合い、頷き合う。

 新たな道が見えてきた。

 その道が、彼らをどこへ導くのか、それは、まだ運命の女神モイラたちしか知らぬ。


「ところで王よ。先ほどからずっと気になっておったのですが……このあたり、何か、妙にキャベツ臭くはありませぬかな?」


「あ、それ俺です……ていうかエウバタス殿の件もあったあああああ変な逆恨みとかされてないかなあぁぁぁもおぉぉぉ」


 前途は、多難である。


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