夕日に喰われる前に
僕は逃げる
夕日に喰われる前に
キミも逃げる
夕日に喰われる前に
急がねば 終わってしまう
キミの額から 汗が落ちる ポツ ポツ ポツ
それでも 休まない
逃げる 逃げる 全力で 逃げる
夕日に捕まらないように
ほとんどの人が 夕日に喰われてしまった
昨日まで にぎやかだった街は
今では 閑散としていた
気がつけば この街にいるのは
僕とキミだけ
街はオレンジ色に染まる
住宅街を走る僕も オレンジ色に染まる 染まる
キミも 染まる 染まる
公園にいる子供たちの笑い声も
自動車のエンジン音も
主婦たちの世間話も
あの市場にいた元気な漁師の掛け声も
夜になるといつも騒いでいる若者も
全部 夕日に喰われた
今 聞こえるのは
キミの 息づかいだけ
しばらくすると 河原を走っていた
都会の色は すでに消えている
横を見ると 川も オレンジ色に染まっていた
水面に映る 僕の顔は
とても醜く見えた
ふと 隣で走る キミを見た
泣いている
頬を流れる涙は
この世界での 唯一の 優しさであった
そして ついに キミは足を止めてしまった
僕はあせった
このままでは 夕日に喰われてしまう
僕はキミの汚れた手を握る
冷たかった
それでも 強く 握った
そのまま 走ろうとした
けれど キミは走ろうとはしない
僕は とっさに キミの顔を見る
キミはただ 首を横に振っていた
僕は とてつもない 絶望感に襲われた
ここまで 走ってきたのに
ここまで 逃げてきたのに
ここまで 頑張ってきたのに
諦めてしまうのかと
夕日が沈もうとしている
キミと一緒に沈もうとしている
僕はキミの手を 引っ張った
それでも キミは 動こうとはしない
キミに迫る オレンジ色の影
喰らいつこうとしている オレンジ色の影
キミが夕日に連れ去られてしまう
なのに 何もできない 僕
僕の目から しずくが落ちた
夕日が不気味な笑みを浮かべた
まるで 獣が小動物をねらうように
キミは穏やかな表情で 僕を見つめていた
もういいよ とでも言うように
僕は キミの手を離さなかった
ここで 離してしまうと
二度と キミに逢えないような気がしたから
キミの姿が だんだん蒼くなっていく
僕は とっさに キミを抱きしめた
強く 強く 抱きしめた
それは 夕日に対する抵抗
それは 僕の気持ちの証明
それは キミと居たい本心
だから キミを離さないように
ただ ただ 離さないように
強く抱きしめた
でも 夕日はそんな僕らを無視して
キミを喰っていく
ふと 僕はキミの顔を見る
キミは微笑んでいた
涙で くしゃくしゃになった顔で
空は暗くなっていく
夕日は沈む 沈む
キミの姿も暗くなっていく
夕日が沈む 沈む
そして
キミは消えてしまった
僕は叫んだ
声にもならぬ 叫び声で
僕は叫んだ
両腕の中は 空っぽのままで
夕日は沈んでしまった
何もかも 連れ去るように
僕はまだ キミのぬくもりを 感じていた
忘れぬように 離さぬように 感じていた
キミはもう いない
ただ ただ 立ち尽くす
暗い 暗い 河原で
それでも 歩かねばならなかった
どんなに 辛いことがあったとしても
時間は待ってくれない
だから 僕は 僕は
生き残ることを決意した
未来の自分のためにも
誰かのためにも
そして キミのためにも
涙をぬぐって
僕は歩き出した
全力で逃げろ 夕日に喰われる前に
全力で生きろ 流れる年月に喰われる前に
急がねば 終わってしまう
明日は 待ってはくれない
だから
残酷で辛い現実でも
歩くんだ
夕日は待ってはくれないから