マカラの船
「追い付かれそうですね」
フォトナーは船速の違いに唇を咬んだ。海賊船はあっと言う間に視界に入り、どんどん接近していた。
「多分、何もかも降ろしての軽量化だろうな、速度の違いは一目瞭然だ」
冷静に分析したマルコスは、自艦に積まれた満載の荷物に目を移した。アングリアンの騎士達は既に戦闘態勢に入っており、自国の皇女が乗っている事が傍から見てもプレッシャーになっている様だった。
「十四郎様マカラですっ! 乗ってる奴は全員赤い目です!」
マストの上からココが叫ぶ。
「そんな……」
身を乗り出した十四郎が目を凝らすが、人影は見えても目までは確認出来ない。
「もう一度確かめろっ!」
マルコスが叫ぶが、同時に今度はリルが叫び返す。
「間違いないっ! 皆赤い目だっ!」
「逃げる事は可能ですか?」
直ぐにクックルの所に行ったマルコスは、真剣な目を向けた。
「無理ですね、速度が違い過ぎる。あれは海賊船ではありません、イタストロアの軍艦です」
「イタストロアの軍艦が、アングリアンの軍艦を攻撃して来ますか?」
マルコスの脳裏には他国を巻き込む戦いが顔をもたげ、背筋が冷たくなった。だが、クックルは冷静に分析してマルコスの溜飲を下げさせた。
「正確には、イタストロアの軍艦を海賊が使ったと言う事でしょう。我が国とイタストロアは、不可侵条約こそあれ戦う理由がありません」
船型が確認出来る距離になり、敵艦の正体が判明した。一呼吸置いて、今度はクックルが真剣な目で聞き返した。
「それより、敵がマカラを使用しているのは本当ですか?」
「ココとリル、彼らの目は獣並です。間違えるはずはありません。ご存知だとは思いますが、マカラに侵された者は痛みや恐怖心は感じず、倒すには首を刎ねるか心臓を刺す以外にはありません」
「話には聞いていましたが、まさか……」
青褪めるクックルに、マルコスは強い視線を送った。
「乗り込ませての白兵戦は、不利だと言う事です。接近したら矢で射るのが最良でしょうが……ココ! 敵兵の装備はっ?!」
言葉の最後をマルコスはココに投げ、ココは直ぐに返答した。
「一部は鎧! 多くは鎧無しっ! 総数、約七十!」
「舷側に弓手を集めて下さい。鎧が無ければ心臓が狙えます」
マルコスは弓兵の方を見た。
「鎧を着ている者はどうします?」
背筋に悪寒が走るクックルは、
「白兵戦で倒すしかないですね。とにかく乗り移られる前に、少しでも敵の戦力を削ぐ。それしか生き残る道はありません」
「弓兵、前へっ! 操舵手! 敵が近付いたら、ジグザグの進路を取れ!」
号令を掛けたクックルは、戦闘配置を急がせた。
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「ビアンカ……その剣……」
袋から取り出した刀を見て、リズが驚きの声を上げた。
「リズには、まだちゃんと話してなかったね。これは、十四郎の友人からもらった物。エスペリアムに着くまでに、全部話すから」
そう言いながら、ビアンカは腰に刀を差した。
「変わった剣ですね」
近寄って来たダニーが、珍しそうに刀を見た。ゆっくりと抜いたビアンカは、刀身をダニーや集まって来たダニーの仲間に見せた。
「刃はこちら側にしか付いていません」
「サーベルみたいに反りがあるんですね……でも凄い、輝きが違う。如何にも切れそうだ」
感心した様に、ダニーは刀身に見はまった。
「これは、刀と言います。確かに人は斬れますが、反対側で打てば人を殺めずに倒せます」
刀身をを見ながら、ビアンカは自分に言い聞かせる様に言った。
「騎士が戦いに於いて、言うべきセリフではないのでは?」
少し訝し気に、ダニーはビアンカを見た。
「私も、今まではそう思っていました。でも、十四郎は人を助ける戦いの中でも人を殺めないのです。そして、十四郎と戦い、生き残った人にも出会いました……彼は、十四郎に命を貰ったと、未来を貰ったと言っていました。勇敢に戦い、戦死したなら……誇りや名誉とかは人の心に残るかもしれません……ですが、あなた自身は消えてなくなるのです」
ビアンカは、ダニーの目を真っ直ぐに見ながら言った。
「そんなの、殺す事を恐れ、殺される事を恐れる臆病者だ!」
声を荒げたダニーは、強い視線でビアンカを見た。言い返せないビアンカを押しのけ、今度はリズが大声を上げた。
「そんなの当たり前よ! 騎士や戦士である前に、人間なんだから! いいから、十四郎様の戦いを見なさい! それから判断しなさい! あなた達は魔法使いである十四郎様に用があって来たんでしょ!」
「リズ……」
言いたくても言えない言葉を、リズが言ってくれた。ビアンカは、微笑むとリズの手を握り、リズも力強く握り返した。ダニー達は俯くと、ビアンカからそっと視線を外した。
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近付くに連れ、敵船の様子が次第に鮮明になる。全員が赤い目を輝かせ、だらしなく口を半開きにして剣や槍を構えていた。初めてその姿を見た者は、直ぐに戦意を削がれ恐怖に戦いた。
「奴らは化物じゃない、人間だ! 切れば血が出るし、刺せば死ぬ! 恐れるな!」
先頭に立ったマルコスが叫ぶと、ツヴァイやゼクスが呼応して鬨の声を上げた。その声は次第に伝染し、味方の兵士達は揃って声を上げた。
艦長室でその様子を見ていたラナの様子に、ランスローは驚いた。怖がる所か、身を乗り出して誰かを探している様子だったから。
「バンス殿、ライヤ様は一体どうされたのですか?」
「それよりランスロー殿。姫様を、どうかお願い致します」
子羊の様に震えるバンスに、これが本当だと変な納得をしたランスローはラナに向かって跪いた。
「この、ランスローが命に代えて、ライア様をお守り致します」
「妾、いえ、私はラナだ。そなたが、出なくともよい、十四郎がいるのでな」
全く意に介ないラナの態度に、ランスロー怒りは露骨に出る。
「それ程までに、あの者を信じられてるのですか?」
「当たり前じゃ、十四郎は魔法使いなんじゃからな」
笑顔のラナの本当に嬉しそうな顔に、ランスローが切れる。自分は何の為に来たのか? ファイブソード随一と言われたプライドが、音を立てて崩れた。
「それでは、そこでご覧になっていて下さい。あの者と私、どちらが本当に強いのかを」
ドアを思い切り閉めて出て行くランスローの背中に、泣きそうなバンスが声を揺らした。
「ランスロー殿、姫の警護は……」




