海賊
「あの方は、どういう方ですか?」
白い髭を蓄えた、恰幅のいい壮年の紳士が十四郎の事をビアンカに尋ねた。十四郎の戦いに集中しているビアンカは気付かずに、慌てたリズが肩を揺すった。
「ビアンカ、お聞きになってる」
「えっ?」
明らかに状況も誰かも分かっていないビアンカは、振り向いてはいたが茫然とした。
「乗り込む時にお会いしたでしょ、船長のジェームス・クックル殿よ」
「えっ……」
確かに見覚えもあり紹介もされたが、乗船の時は十四郎に近付くラナの事が気掛かりで他の事はあまり覚えてなかった。
「十四郎様の事、聞かれてる」
助け舟を出すリズが耳元で囁くと、ビアンカは反対に聞き返した。
「船長殿は、どう見られますか?」
「ファイブソード随一と言われるランスロー殿に、引けを取らないどころが押してる様に見えます……最も、動きが速すぎて私には見えませんが……やはり、あの方は魔法使い様でしょうか?」
クックルは少し微笑むと、視線を十四郎の背中に流した。
「私にも分かりません……ただ一つ分かるとすれば、十四郎は強いだけではないのです。強さの先にある何か……それが、十四郎の魔法なのかもしれません……」
ビアンカの瞳には、十四郎だけが映っていた。
「我が祖国では、魔法使いは必ずしも吉兆ではありません。世界を惑わせ、人々を暗闇の世界に誘う……と、されています……ですが、あの方がもしも魔法使いなら、伝承は間違いかもと思えて仕方ありません」
真剣な目を向け、噛み締める様なクックルの言葉はビアンカの胸に染みた。
「私達の国では、世界が変わる時、魔法使いが現れ……人々を導き世界を救うと伝えられています……十四郎を見てると、そんな伝承も信じられます…………嘘です……本当は十四郎が魔法使いであって欲しくない……他人の思いを背負って、必死に戦って、傷付くのを見たくない……」
本心だった。十四郎に辛い思いをさせたくなかった、自分の為だけに普通に生きて欲しかった。
クックルは、それ以上何も言わなかった。複雑に揺れるビアンカの気持ちが、正直で真っ直ぐだと分かったから。
余韻に浸る様に遠く水平線を見たビアンカだったが、その時急に視線に手摺に止まる二羽のカモメが飛び込んだ。何より、二羽の会話はビアンカに悪寒を走らせた。
「何か、船が近付いてくるな」
「ああ、乗ってる奴ら、物凄い形相だった」
咄嗟にビアンカは、カモメ達に聞いた。
「何の事? 詳しく教えて!」
驚いたのはカモメ達で、顔を見合わせた後に一羽がオズオズと言った。
「多分、海賊だよ。この船、狙われているかも」
海賊が軍艦を襲うなんて聞いた事はない、だが見て来たカモメが言うのだから疑う余地もない。ビアンカは直ぐにクックルに向き直った。
「海賊船が接近しています、確認をお願いします」
「海賊船? 見張りからは何の報告もありませんが」
メインマストを見上げたクックルは、ビアンカの言動に首を傾げた。
「確かです……どっちの方向?」
真剣な目でクックルを見た後、ビアンカは言葉の後半をカモメに向けた。
「えっ、あっちの方だよ」
カモメが指す方向はイタストロアの方向だが、今はまだモネコストロの領海内だった。
「あなた……今?」
クックルは明らかにカモメと話すビアンカに、衝撃を受けた。
「私も、話せるんです」
「えっ、聞いてないよ! 本当なの?!」
ビアンカはカモメを見ながら肯定し、驚いたリズが飛び上がる。
「ごめんない、別に隠すつもりはなかったの」
「もう……何でも話してよ、友達なんだから」
肩を抱いたリズがビアンカの耳元で囁いた。小さく頷いたビアンカは、そっとリズの手を握った。
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「双方、お止め下さい。海賊船が近付いています、総員! 戦闘態勢を取れ!」
前に出たクックルが十四郎達を止めに入り、総員に命令を告げた。剣を収めたランスローは不敵な笑みを残し、一礼するとラナの元に向かった。ラナは不満そうな顔をしたが、ランスローに連れられ艦長室へと戻った。
刀を収めた十四郎は、ビアンカの元に戻って状況を聞いた。
「海賊船ですか?」
「はい、こちらに接近しています……その、カモメが教えてくれました」
少し、はにかんだビアンカはカモメ達に視線を向けた。
「ありがとうございます。ここは危険ですので、早くお逃げ下さい」
礼を言われたカモメは、また驚いた。
「あんたも話せるのか? 全く、どうなってるのか」
二羽のカモメは、顔を見合わせると飛び立って行った。そこに、異常事態を察知したココやツヴァイ達が合流した。
「ココ、リルを連れてマストに登れ。敵の火矢を撃ち落せ、帆が焼ければ帆船は動けなくなる」
直ぐに指示を出すマルコスの言葉に、頷いたココはマストを駆け上がるがリルは不安そうな顔で十四郎を見詰めていた。
「リル殿、お願いします」
「分かった」
微笑む十四郎は、リルに頼んだ。途端にリルは笑顔になって、ココを追い越す勢いでマストを駆け上った。そんな様子はビアンカに小さな胸の痛みを与えるが、迫る危機に直ぐに気持ちを入れ替え、マルコスを見た。
「マルコス殿、どうしますか?」
「軍艦が襲われた前例が無い訳ではないが、タイミングが良すぎます。我々はクックル殿とは別の態勢で迎え撃ちます。ツヴァイ殿、フォトナー殿、乗り込んで来た敵の掃討をお願いします」
直ぐに頷いたツヴァイ達は、戦闘態勢に入った。
「我々は?」
ダニーが強い視線で、マルコスを見た。
「甲板は人で溢れる、お前達は船内で侵入した敵を排除しろ」
マリコスの言葉は明らかにダニー達を戦力外していたが、ダニーは悔しそうな顔をしながらも頷いた。確かに戦闘訓練を積んだ騎士とは違う、仲間の技量を考えてもマルコスの指示は的確だと思った。
「ビアンカ様とリズ様は、彼らと共に……」
「はい」
リズは驚くが、ビアンカは素直に従った。
「あなたらしくない、どうしたの?」
船内に向かう通路で、リズはビアンカの背中に問い掛けた。
「今、私に出来る事をする……」
「ビアンカ……」
リズは確かに感じた……別に弱気になった訳ではない。ビアンカは今、この船の中で一番弱い立場にある若いダニー達を守ろうとしているのだと。
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「ツヴァイ殿、ゼクス殿、ノインツェーン殿、船内への入り口は三か所、お願いします」
十四郎の言葉は真剣な視線を向ける。ツヴァイ達は直ぐに理解して三方に分かれた。
「海賊船は横付けした後に、乗り込んで白兵戦を仕掛けて来るはずだ」
傍に来たマルコスは、まだ見えない海賊船の来る方向を見詰めた。
「狭い甲板での白兵戦、海も荒れて揺れますから注意が必要です。それに、海に落ちれば助からない」
フォトナーも揺れる甲板に顔を曇らせた。十四郎は黙って聞いていたが、周囲の味方の状況を改めて見直し、呟いた。
「被害を最小限に抑えるには、敵の船を戦場にした方が……」
「まさか、乗り込むつもりですか?」
確かにそうだが、驚いたフォトナーは十四郎の顔を真剣に見た。マルコスも呆れ顔で十四郎の顔を見る。
「お前……どうしたんだ?」
今回の事やランンスローの事と言い、今の言葉と言い、マルコスは十四郎の態度に違和感を感じた。暫く目を閉じた後、ゆっくりと十四郎は目を開いた。
「私は、やるべき事をやります……」
十四郎の力が抜けた言葉は、マルコスに穏やかな安らぎを与えた。フォトナーも微笑むと、強く剣を握る。
「そうだな、難しく考えても仕方ないな」
マルコスも、十四郎と同じ方向を見た。そこには微かに霞む船が、確かに見えた。