疑念
十四郎達は船底の貨物室に押し込められる形になっていた。貴族であるビアンカとリズには部屋を与えられるが、当然ビアンカは十四郎と同じ場所がいいと散々駄々をこね、リズに言い聞かされてなんとか納得した。
そして出航して半日が過ぎた時、船底の貨物室に一人の騎士が現れた。肩までの金髪と凛々しい面立ち、長躯に筋骨隆々とした身体つきで凄まじい気を放っていた。
「魔法使い殿はおられるか?」
強い視線で周囲を見回した騎士は、凛とした声で言った。直ぐ様ツヴァイが厳しい表情で前に出る。
「我が、主に何の御用ですか?」
「何故、お前が?」
騎士は驚いた顔で、ツヴァイを見た。
「ツヴァイ、知ってるのか?」
ココも出てきて、騎士を睨む。
「アングリアン十字騎士団のランスローだ」
「何?」
ココも確かに聞いた事があった。アルマンニの黄金騎士団に匹敵する、騎士団の事を。中でもファイブソードと呼ばれる五人の最強騎士は有名で、ランスローの名前もその中にあった。
「誰だ? お前……」
リルは壁に凭れ、ランスローを睨んでいた。当然、ノインツェーンやゼクスも強い視線を送り、ダニー達やフォトナー達も身構えた。マルコスだけは、不敵な笑みを浮かべ無言で荷物の上に寝そべっていた。
「アルマンニ青銅騎士に、銀の双弓か……」
ランスローは、不敵な笑みを浮かべた。
「私が、柏木十四郎です」
奥にいた十四郎は、ランスローの前に出ると頭を下げた。優しい面持と穏やかな雰囲気、威圧感の無い小柄な風体に違和感を感じたランスローは、単刀直入に言った。
「我が、姫殿下をお守りするのが私の使命。是非、あなたの腕を拝見したい」
ランスローは本国でのライアの変わり様に驚いていた。幼い頃から勝気で我がまま、そんなライアが女らしくなり、他国の為に尽力する原因を見てみたいと思ったのだった。
「分かりました」
あっさり引き受ける十四郎の姿は、マルコスに違和感を抱かせた。そして、ぞろぞろ付いて行こうとするツヴァイ達を制した。
「甲板は狭い、十四郎の邪魔になる。お前達はここで待て」
「しかし……」
食い下がるツヴァイに、マルコスはニヤリと笑った。
「主人を信じられないのか?」
その一言は決定的で、ツヴァイ達はマルコスに強い視線を送りながらも小さく頷いた。
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甲板は広くはない。帆船であるプリセス・オブ・ライアの甲板は三本の巨大なマスが鎮座し、多くのロープが張り巡らされていた。昇降口や倉口が大きく開き、格子のカバーはあるが平坦なスペースは少ない。
更に積み込まれた馬車は車輪を外し船体中央に積まれ、更にスペースを狭くしていた。
投石器なども場所を取り、敵船に乗り移る為の梯子やネット、ロープなども所狭しと置いてあった。大砲や銃火器が登場以前の海戦は、おもに船を寄せての剣や弓を使った白兵戦だった。
「ランスロー、何をしておる?」
騒ぎを知ったラナが船長室から出て来て、驚いた表情で問い詰めた。
「姫殿下、私は魔法使い殿の腕を見ていません。即ち、安心して姫殿下をお預けするに値するか、警護の騎士として確かめる必要があります」
跪いたランスローは、ラナを真っ直ぐな瞳で見た。
「例えお前でも、十四郎には到底敵うまい」
ラナは自分の事の様に嬉しそうに言った。そこに、慌てたビアンカとリズが駆け付ける。一瞬ラナと睨み合ったビアンカは、直ぐに十四郎の元に走り、リズはラナに向かって愛想笑いをした。
「十四郎、何をしてるんですか?」
「その、単なる腕試しです」
ビアンカは正直驚いた、十四郎がそんな事を簡単に受けるなんてと。
「これは、近衛騎士団のビアンカ様。相変わらず美しい……昨年の舞踏会以来ですかな」
ランスローは明らかに好意のある目で、ビアンカを見詰めた。その視線を見逃さないラナは、急に閃き口元を綻ばせる。ビアンカは気付くはずも無いが、敏感はリズはラナの薄笑いに大きな溜息を付いた。
だが、全く意に介さないビアンカは、ランスローを見向きもしなかった。顔色の変わるランスローを見て、更にラナは口角を上げた。
「それでは、妾、いえ、私が許す。双方、始めるがよい」
ラナの一声で、仕方なくビアンカは下がり、十四郎の背中を祈る様に見詰めた。横目で見たランスローには、それが面白くなくて握る剣に力が入る。
だが、ビアンカの中に不思議な違和感が走った。ラナが甲板に現れても、アングリアンの他の騎士や、兵士達が跪くのはおろか誰も気に留める様子が無いのだ。
思い起こせば、出航の際も皇族が乗船するのに、まるで誰も知らないと言った感じだった。それに付き人はバンス一人で、護衛も一人……ビアンカは満足そうな顔で十四郎とランスローの戦いを見るラナに、違和感さえ超えて、疑念を持った。
先に剣を抜いたのはランスローだった。長身なランスローに似合う長剣は柄の部分に宝石をあしらい、鞘も豪華な造りになっていた。
十四郎もゆっくりと”破邪”を抜く、正眼に構えるとランスローの顔色が変わった。構え十四郎には全く隙が無く、直ぐに自分から打ち込むと決めていたランスローは舌打ちした。
だが、それも長くは続かない。普段なら考えるまでもなく身体が動いているはずだが、金縛りに合ったみたいに動く事が出来なかった。
「ほう、噂は本当だった様ですね」
「噂?」
マルコスの呟きに、ビアンカは首を傾げた。
「あの風体だ、ランスローには色恋ばかりが先立ちするが、剣の腕はファイブソード随一と言うのは本当の様ですね」
「まだ、何もしていないけど……」
薄笑みのマルコスの解説に、リズは首を捻った。
「一瞬で十四郎の腕を見抜き、動けないのです」
マルコスの言葉に、ビアンカも納得する。力を抜いた十四郎の構えに直ぐに飛び込む事が出来るのは、本当の十四郎を知らないからで、知っていれば先に打ち込むなど無謀な事は出来ない。
それを、構えただけで見破るランスローにビアンカは一目置いた。
「えっ……」
先に仕掛けたのは十四郎だった。ビアンカは好戦的な十四郎に違和感を覚えて、思わず声が出た。
正眼から、少しだけ振りかぶり十四郎が前に出る。ランスローは咄嗟に剣で受け流すが、すれ違い様に十四郎は素早く反転、横向きに胴を薙ぎ払う。当然、ランスローは下がって避けるが、十四郎は更に踏み込み上段から斬り下ろす。
ランスローは反射神経だけでなんとか十四郎の刀を受けるが、十四郎は刀を剣に沿わせて鍔迫り合いに持ち込んだ。
その一連の動作は一瞬で、ビアンカは目で追うのが精一杯だった。
「やはり凄い、動きが見えない」
「えっ?」
リズの呟きは、ビアンカに不思議な感覚をもたらせた。
「今の、見えたんですね?」
直ぐ様、マルコスがビアンカを見詰めた。
「はい……」
確かに見えた、一連の十四郎の動きが……。マルコスは、視線を戻すと背中でビアンカに言った。
「聞きました。異世界に行った事、動物と話せる様になった事……あなたも、魔法使いになったのかもしれませんね」
真剣なマルコスの言葉はビアンカに衝撃を与え、思わず呟いた。
「私が……魔法使い……」




