戦う理由
「十四郎、ちょっと来てくれ」
部屋にいた十四郎はマルコスに呼び出された。直ぐに従うと、マルコスは屋敷の外に出るて近くの林に向かう。十四郎は訳が分からず付いて行くが、林の奥には数人の男達が待ち受けていた。
「あなたは……」
見覚えのある男は、確かにミランダ砦で会った義勇兵のリーダーだった。
「先日は失礼しました」
「いえ、こちらこそ助けて頂き、ありがとうございました」
曖昧な表情で一礼する男に、十四郎は深々と頭を下げた。男はそんな十四郎の様子を見ると、複雑な表情に変わった。
「母と、妹を助けて頂き、心より感謝します。私はケイトの息子、ダニーです」
どうりで見覚えがある気がしたのだ。そう言えば目元はケイトに、雰囲気はメグと似ていた。
「そうでしたか……もう、ケイト殿やメグ殿にはお会いになりましたか?」
微笑む十四郎が聞くが、ダニーは目を逸らした。
「私はまだ、目的を果たしていません……父は理不尽な王政によって殺されたのです……王政を倒し、平等な世の中にするまで私は帰れません」
言葉を揺らしながら、ダニーは十四郎の斜め前を見ていた。それまで黙っていたマルコスはダニーに少し強めの視線を向けた。
「王政を倒す? 国が無くなるかどうかの瀬戸際だって言うのにか?」
「どう言う事ですか?」
ダニーの顔が真剣になり、他の男達も顔色を変えた。ふと、息を吐いたマルコスは状況を簡単に説明した。
「そんな……」
「それが今の現実だ。後は、お前達がどうするかだ……今、お前達が王政を倒す為に騒動を起こせば、敵国には好都合だ。結果的に国を亡ぼす手助けをするか、無くなる前に国を救うかはお前達次第だ」
「私達に、何が出来ると言うのですか?」
マルコスの言葉に俯きながらダニーは呟き、他の男達も同様に下を向いた。
「何が芸は出来るか?」
急に笑顔を向けるマルコスは、ダニーを見詰める。
「何ですって?」
怪訝な顔のダニーがマルコスを見返した。
「我々は大道芸人を装い、イタストロアを抜ける。本物の大道芸人を使えば簡単だが、信用出来る奴らを使いたい……何せ、命懸けの旅だからな」
「私達は、この国の人々を救う為にエスペリアムに行きます。よろしければ一緒に行きませんか?」
穏やかな十四郎の言葉は、俯いていたダニーの顔を上げさせた。
「魔法使い様も行かれるのですか?」
「はい……」
照れた様に十四郎は頭を掻く。魔法使いの行動は、信じるダニー達にとっては導きであり唯一の”進むべき道”だった。
「私は楽器が出来ます、この者達も同様です」
ダニーの目には、もう迷いはなかった。国があってこそ、革命は成ると分かっていたから。
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馬車が六台、総勢四十名のパーティは集合していたビアンカの屋敷を出発した。見送るガリレウスに、ヘンリエッタが不安そうな顔を向けた。
「あの子、大丈夫でしょうか? 十四郎様が目を覚ましてから、何か人が変わったみたいで……」
顔を向けたガリレウスは、笑顔でヘンリエッタに言った。
「私にはビアンカが大人になった様に感じる。背伸びや無理をしているビアンカは、もういない。本来の優しい娘に戻ったのじゃ……十四郎様の魔法でな」
「はい……」
目頭を押さえたヘンリエッタは、離れて行くビアンカの背中に笑顔を向けた。ガリレウスは、十四郎の背中に未来を重ね、そっと微笑みを向けた。
「ママ、あの中にお兄ちゃんに似た人がいたの……」
ケイトの手を握り、メグが見上げながら呟いた。
「さあ、どうかしら。ダニーは、きっと何処かで元気にしてるわよ」
遠ざかる馬車を見ながら、ケイトも目頭を押さえた。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないのよ」
自分も泣きそうになりながら、メグがまたケイトを見上げた。メグの目線に屈んだケイトは、そっと抱き締めると囁いた。
「十四郎、きっと帰ってくるよね」
抱き締められたまま、メグは消えそうな声で言った。
「大丈夫……きっと、十四郎さんなら大丈夫よ」
更に強く抱き締めたケイトは、自分に言い聞かせる様に呟いた。
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「ザインよ、任せても良いのじゃな?」
王宮に呼ばれたザインは、大司教の座から見下ろすエオハネスの前にで、跪いたまま答えた。
「はい、我が国の存亡に望みがあるとすれば……それは、十四郎殿だと確信致します」
「我々はどうすれば、よいのじゃ……」
国の命運を憂うエオハネスに、顔を上げたザインは力強く言った。
「我が近衛騎士団は、王宮に最低限の護衛を残しイタストロアとの国境に向かいます。そして、十四郎殿が吉報を届けてくれるまで国境を死守致します」
「そうか……」
エオハネスは窓から見える大空の青に希望の光を求め、小さく呟いた。
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「何よ、アルフィン。もう緊張してるの? まだ、国境は先よ」
並んで進むアルフィンに、シルフィーは嬉しそうに話し掛けた。
「シルフィー……どうして、そんなに嬉しそうなの?」
聞き返すアルフィンは、ご機嫌のシルフィーに溜息交じりに聞いた。
「だって、ビアンカと話せるんだもん」
満面の笑みのシルフィーない、アルフィンも釣られて笑顔になった。
「どうしました?」
十四郎はシルフィーの背中でボーっとするビアンカに、心配そうに声を掛けた。
「いえ、その……」
赤面したビアンカは、下を向いた。
「理由を知りたいですか?」
並んで来たリズが、本当に嬉しそうに笑った。
「リズ!」
ビアンカは赤い顔のまま睨むが、リズは御構い無しに話し出す。
「出発の前に、踊りの練習をしたんです。ビアンカは真ん中で踊り、皆をリードするんですよ」
リズの言葉にビアンカは練習の恥ずかしさを思い出し、更に顔が赤くなった。どうして、あんな風に踊れたのかも、ビアンカには分からなかった。
音楽に合わせ、身体を動かしただけなのに、自然に、当たり前の様に踊ったのだった。
「ビアンカ殿、練習で何か……」
心配した十四郎がリズの耳元で囁くが、リズは笑いながら言った。
「それが、凄いんですよビアンカ。初めは踊りは自信ないとか言ってたのに、いざ始まると物凄い色っぽい踊りで……」
「リズ!!」
大声で制すビアンカは十四郎に、あの踊りを見られると想像しただけで顔から炎を噴き出した。
なにしろ、音楽を奏でる男達でさえビアンカの踊りに魅了され、指導していた踊りの師匠さえも魂の抜け殻のようにした……あの踊りを。