道標
夕暮れ、十四郎は屋敷にやって来た。勿論、道案内のアミラも一緒に。ガリレウスは十四郎の態度や仕草に感銘を受ける、それは礼を尽くし相手を敬う気持ちに溢れていたから。
ビアンカは初めの挨拶以外、何も喋れなかった。油断すると胸の鼓動が、直ぐ隣のガリレウスに聞こえそうだったから。
「孫からお話は聞いています、聖域の森についてですね」
「はい」
「森は神獣が守り、人の侵入を阻んでいます。この国でも王位が変わる度に、薬草を求め森に兵を派遣しましたが、誰一人帰っては来ませんでした」
「神獣、ですか?……」
十四郎にはピンとこなかった。
「神獣の王は、200年生きた狼だと言われています」
「200年はどうだか分からないけど、狼王は存在するよ。手下も普通の狼じゃない、武器を持った人間さえ敵わないんだからね」
足元のアミラが、前足で顔を洗いながら補足した。
「存在するんですね」
アミラの言葉に頷く十四郎の様子を見ていたガリレウスに、ある確信が芽生えた。十四郎はガレリウスに向き直り、話を進める。
「他の場所に薬草はないのでしょうか?」
「はい……聖域の森の薬草は多岐に渡り、貴重な物ばかりです。残念ながら我国では聖域の森以外、殆ど薬草は取れません。御存じかもしれませんが、薬は貴重品です。周辺国には足元を見られ、更に国が重税を掛ける……庶民は病気になると、運を天に任せるしかないのです」
「そうですか……」
十四郎は俯き、言葉を失う。その時、ビアンカの脳裏に十四郎の家訓が蘇る。まさかと思う思考は重圧となり、嫌な予感に変貌する。
「まさか……十四郎……組織した兵でも帰って来れないんですよ」
「大丈夫ですよ、無茶はしません……話は変わりますが、ガリレウス殿、私みたいな者でも出来る仕事はございませんか? 街で色々と当たってみたのですが……」
十四郎はビアンカには微笑むが、ガリレウスには真剣な眼差しを向けた。ここ数日、仕事を探してはみたが、異国人である以上に魔法使いという評判は仕事探しを難しくさせた。
ただ、奇妙なのは恐れられると言うより、恐れ多いと言った感じだった。
「そうですね……民衆にとって魔法使い殿は希望であり、救いを求める対象なのです」
「……私は、その様な立派な人間ではありません」
ガリレウスの言葉が十四郎に圧し掛かる、自分が何者でどう言う力があるかなんて、分かり切っていたから。
「魔法使いは動物と会話し、不思議な魔法で民を幸せに導くとされています」
「不思議な魔法ですか?……」
「天から雷を降らし、人以外のモノに変化したり、人をカエルにカボチャを馬車に……などと言う禍々しいものではありません。伝説では、暖かで優しい魔法だと言う事です。例えば、ビアンカを……」
「おじい様!!」
微笑みながら話すガリレウスに、ビアンカが真っ赤になって割って入る。その様子にも鈍感な十四郎は気付かないが、ガリレウスの穏やかな言葉は十四郎の胸に暖かな日差しを注いだ。
「お金がお入用なのですか?」
穏やかな微笑みのまま、ガリレウスは話を変える。
「はい、ご厄介になっている家にも恩返しがしたいですし……」
「そうですね…………そうだ、今度お城で武闘大会があります。十四郎殿の腕なら優勝も狙えるでしょう。賞金は金貨100枚と、青いマントです」
「おじい様!!」
ビアンカの頭が爆発する、確かに出来上がったマントを渡したくても口実が無く、あれこれ悩んでいたから。十四郎は、ガリレウスが自分の名前を呼んでくれた事が嬉しかった。
話の中で、魔法使いと言う異質な存在でなく一人の人間として認めてくれたのだと。
「でも、出場には二人の騎士の推薦が……」
「一人はお前、もう一人は誰か友達に頼みなさい」
ビアンカは出場資格が気になったが、ガリレウスは笑いながら言った。友達という言葉が、少しビアンカの中でモヤモヤした。しかし、それ以上に武闘大会は些か変わっていたのだった。
「十四郎、武闘大会は国王の面前で行われます。勿論摸擬戦用の武器ですが、少し変わっているのです。例えば得意の武器が剣同士なら問題はないのですが、一人は剣、一人は弓だとします……その場合コイントスで、武器を決めて戦うのです。勝てば自分の得意武器、負ければ相手の得意武器で戦う事になります。しかも弓や槍だけでなく、素手の格闘や馬術まであるんです」
一気に説明しながら十四郎の顔色を伺うが、十四郎は全く動じていなかった。
「それは面白そうですね」
顔色通りの反応に、ビアンカは何故か嬉しくなった。満足そうにガリレウスも微笑んでいる。
「アンタ、武闘大会に出る奴ら現役の騎士もいるけど、他国から士官しようと凄い猛者も来るんだぜ」
呆れ顔のアミラに、しゃがんだ十四郎は耳打ちした。
「賞金で井戸も直せますし、ドリトン先生にも薬代を渡せます。ところで、金貨100枚ってどれ位の価値なんですか?」
「普通に勝つ気でいるよ……俺は猫だよ、そんなの知るか」
更に呆れ顔になったアミラが、大きな溜息を付いた。
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「あの……リズ、ちょっとお願いがあるんだけど」
少し赤面した顔、俯く仕草、明らかな下出の口調、リズはなんとなく分かったが、焦らしを入れる。
「あなたから、お願い? 聞いてもいいけど条件がある」
「どんな?」
身を乗り出すビアンカは利く気満々で、リズは面白くなった。
「ヘッドナイトの称号、私に譲って」
「分かった」
絶対無理と思う難題も、即決するビアンカ。
「分かったって……もう、何? お願いって」
「武闘大会の推薦、お願いしたい」
「まさか、あの魔法使い殿?」
「そう」
「あなた、聞いてないの? 教会から緘口令も出てるのよ!」
「違います、十四郎は魔法使いじゃない」
ビアンカの目は真っ直ぐで、流石にリズもこれまでかと諦める。
「問題になったら、あなた一人で責任を負うのよ」
「ありがとう、リズ!」
溢れる笑顔、リズは少し眩しいと思った。
「どうして私に頼んだの?」
「あなたしか……友達いないから」
リズは過去のビアンカを想像する、互いに切磋琢磨してここまで来た。でも、悔しいかな才能はビアンカの方が上で、しかもビアンカには意地や根性だけでない何か……使命感以上の何かを感じていた。
態度や素振りは他者を寄せ付かなかったが、時折見せる優しさの片鱗。リズはビアンカを好きなのか嫌いなのか、自分でも分からなかった……しかし”友達”というビアンカの言葉が、リズの気持ちを軽くて暖かい空気で覆った。




