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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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トリップ 22

 腕を伸ばしたまま目を閉じていたビアンカの顔色が、突然変わった。足元で様子を見ていたタマも、思わず飛び上がった。


「どうしたのっ!」


「今……何かに触れた」


 唖然と呟くビアンカは、見開いた瞳で前方の空間を見ている。タマも慌ててビアンカの視線の先を凝視するが、何も視野には入らなかった。


「気のせいじゃないの?」


 辺りを見回しながら、タマはビアンカを見上げた。


「確かに、何かに触れたの……」


 真剣な顔のビアンカは、また両腕を空間に伸ばした。ほんの少しの静寂、ほんの少しの間を経て……タマの目に、ビアンカの表情が変わって行くのが映った。それは、驚きと言うより感動に近かった。


「何に触れたの?」


 恐る恐る聞いてみるが、ビアンカはその感触を愛おしむ様に表情を和らげた。


「最初は一瞬だったけど、今度は確かに感じた……あれは、十四郎の指先……」


 夢見る様な表情で呟くビアンカだったが、タマは信じられないと言った顔で更に辺りを見回した。だが、どう考えても分からない。周囲に別に変わった様子も無く、タマは首を傾げた。


「まさか……」


 嫌な予感がタマを包む。もしかすると、あまりの辛さにビアンカのココロが壊れてしまったのでは、と。考えただけでタマの胸は押し潰されそうになる、どうしていいか分からず身体が震え、喉がカラカラに乾いた。


 その時、ビアンカがまた大きく前方に手を伸ばした。慌てたタマは大声で叫ぶと、伸ばされた腕にしがみ付いた。


「もうよせよっ! しっかりしろよっ!」


「えっ、何?」


 近くで見るビアンカの顔は、とても壊れている様には見えない。むしろ、その瞳は真っ直ぐに何かを見詰めていた。そして、タマに限りない優しい表情を向けたビアンカは、ゆっくりと呟いた。


「十四郎がね、迎えに来てくれたの」


 そして、伸ばされたビアンカの手首から先が、空間の中に吸い込まれる様に消えていた。


「ビアンカ!!」


 タマが驚くのは当然だった、目の前でビアンカの手が消えようとしているのだ。気は動転し、考える前に、タマは泣き叫びながら必死でビアンカの腕を引っ張った。


________________________



 アミラは目の前の光景に、瞳孔が開く。十四郎の伸ばした腕の先が、空間に消えているのだ。


「十四郎! 腕の先が!」


 叫ぶと同時に十四郎の腕を思い切り引っ張るアミラに、十四郎は穏やかな笑顔を向けた。


「見つけました。ビアンカ殿を」


「冗談言ってる場合かっ! お前の手が消えそうになってるんだぞ!」


 唾を飛ばし叫ぶアミラは、渾身の力で十四郎の腕を引っ張る。脳裏には、このまま全身が消えて行く十四郎が映り、冷や汗と猛烈な動悸で全身の毛が逆立った。


 だが、そんなアミラの心配をよそに、十四郎は見えない前方を穏やかに見続けた。


「大丈夫です。ビアンカ殿の手を、しっかりと握っています」


 視線をそっとアミラに向けた十四郎は、凛とした声で言った。


「そんな、まさか……」


 まだ、信じられないアミラは十四郎の腕を引っ張る事を止めない。そして、そのまま少しづつ腕の消える場所に近付く、離して逃げるなんて選択肢はアミラには存在しなかった。


 自分はどうなっても、十四郎を守る……それだけしか、アミラは考えていなかった。


 やがてアミラの顔が、十四郎の腕と一緒に少しづつ消えて行く。思わず目を閉じ、息も止めたアミラは水の中に潜った感覚に包まれる。だが、不思議と苦しさは感じず、そっと目を開けた。


「嘘だろ……」


 呟いたアミラが目にしたのは、紛れもなく十四郎の手に握られた、見覚えのあるビアンカの手だった。しかも、それだけではない。ビアンカの手を必死に引っ張る、自分とよく似た猫が確かに見えた。


「誰だ? お前」


 思わずアミラが問い掛けると、相手の猫も驚いた顔で聞き返した。


「お前こそ誰だよ?」


__________________________



 真っ先に飛び出したのは、小夜だった。遠目に見ても、ビアンカの両腕が消えかけているのだ。


「ビアンカさん!!」


 小夜の叫び声に直ぐに真桜が反応し、勇之進と士郎も青くなって駆け出した。近付くとビアンカの腕が完全に消えているのが分かった。そして、タマの上半身も同じ様に消えかけていた。


「タマちゃん!!」


 一番驚いたのは小夜で、その場に座り込み動けなくなった。


「これは……ビアンカさん……」


 真桜も震えが止まらない。何時もの気丈な真桜ではなく、目を見開き小夜と同様に動けなくなった。勇之進も士郎も言葉を失い、立ち竦む。


「大丈夫、帰る道が分かったの……十四郎が来てくれた」


 驚きを隠せない小夜達に、ビアンカは穏やかに微笑む。その微笑みには限りない喜びと、安堵感が溢れ、緊張で固まっていた真桜のココロを解きほぐした。


「大丈夫なんですね」


 真桜の瞳には、嬉しさの涙が滲んだ。


「ええ……小夜、心配しないで。私は、十四郎の元に帰る。だから、笑顔で見送ってね」


 ビアンカの笑顔は、小夜を優しく包み込んだ。


「はい……」


 身体の震えは止まらないが、精一杯の笑顔で小夜も微笑み返す。


「勇之進、士郎もありがとう……タマをお願い」


 今度は勇之進達に笑顔を向けたビアンカは、腕にしがみ付くタマの事を頼んだ。


「あっ、ああ」


「あっ、はい」


 二人はタマを、ビアンカの腕から剥がす。すると、タマの上半身は何も無い空間から姿を現した。直ぐに小夜が抱き締めるが、タマは小夜の腕の中で激しく暴れた。


 視線を向けたビアンカは、少し目を伏せた。


「ありがとう、タマ……忘れないよ」


 その言葉に暴れていたタマが、急に大人しくなり尻尾をダラリと下げた。そして、ビアンカは、皆の顔を順番に見て、また穏やかな笑顔を向けた。


「皆、本当にありがとう……」


 そして、小夜が言葉を返そうとした時、ビアンカの身体は静かに空間に消えて行った。


「ビアンカさん……帰っちゃった……」


 小夜は、真桜に抱き付き胸の中で大粒の涙を流した。その頭を優しく撫ぜ、真桜はビアンカの消えた空間を見詰めた。


「そうですね……帰りましたね……一番、望む場所に。だから、小夜さんも祝福してあげないといけませんね」


「はい」


 涙を拭った小夜も、ビアンカの消えた空間に思いを馳せた。


「本当に、帰れたんでしょうか?」


 士郎は少し目を伏せ、、小声で勇之進に聞いた。


「さあな……でも、あの笑顔は本物だった」


 勇之進は思い出したビアンカの微笑みが神々しくて、自然と笑顔になった。


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