トリップ 21
別れの挨拶は予感させる”二度と会えない”と。だが、小夜達もビアンカも決して口には出さず、むしろ明るく分かれた。
ビアンカは迷わず、初めての場所である川辺に向かった。
「確か、この辺りだった……」
呟いたビアンカは、記憶を探りながら”場所”を探して座った。だが、次を考えてる訳でもなければ、帰る方法が分かってる訳でもなかった。
ただ、膝を抱えて遠くを見ていた。気を抜けば弱気が押し寄せ、気を張っても考えは浮かばない。泣きたくなる衝動を抑える為に、何度も刀を抜いて空に翳す。これで、十四郎と一緒に戦いたい、もう足手まといにはならない……と。
だが、そんな気持ちの前進は長くは続かない。直ぐに、思考はマイナスへと落ちる。現に帰る方法など、見当もつかないのだから。気持ちの上下を繰り返すだけでビアンカは、ただ時間を消費するだけだった。
そして、時間の経過と比例して思考をプラスにする事が出来なくなる。幾ら考えても、どんなに思考を巡らせても何も思い浮かばず、ビアンカはずっと我慢していた涙を零した。
泣いて泣いて、声を上げて泣いて……やがて涙が枯れると、ビアンカは手足を丸め浅い眠りに入ろうと意識を緩めた。
「泣いてたの?」
突然の声に目を開くと、目の前にタマが座っていた。タマの声も、今にも泣きそうだった。
「……」
何も言えないビアンカは、更に膝を抱えた。
「あのさ、真桜がビアンカに渡した懐刀ね、欲しいって人が沢山いたんだよ。大名のお姫様や、大商人の娘、有名な学者の妹……でもね、真桜は誰にも渡さなかったんだ」
タマはビアンカの気持ちを少しでも、楽にしようと話し始めた。
「真桜はね、ずっと探してた……でもね、自分が兄の相手を選ぶとか、そんなんじゃないんだ……真桜はね、家族を探してたんだ」
「……家族」
顔を上げたビアンカの胸に、タマの言葉が響いた。
「……捨てられて、一人ぼっちだったオイラを小夜は家族にしてくれた……家族はね、一番心の落ち着ける場所なんだ……」
「私が、真桜の家族に……」
ビアンカの中で真桜が、ずっと一緒に生きていける大切な人になる。それは、今まで持ってなかったモノを手に入れる事に繋がって胸が熱くなった。
「そう、真桜はビアンカを選んだんだ」
「真桜が私の妹に……」
一人っ子のビアンカは、想像もしてなかった。妹が出来る……それは、見えない未来を違う角だから仄かに照らした。そして、もう一つの一番肝心な事がビアンカの胸を押し潰す。
家族が出来ると言う事は、自分と十四郎が……胸が苦しい、顔が熱くて色々な場所から汗が噴き出した。そんな嬉しい気持ちの高揚は、今目前に存在する抗えない現実でさえ乗り越えられると思わせる。
「オイラ。いてやるよ、ビアンカが帰るまで、傍に」
タマにもビアンカの気持ちが伝わる。それは”諦めない”強い気持ち。
「私は帰る、絶対帰る」
立ち上がったビアンカは、見えない世界に、十四郎の世界に手を伸ばした。
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「ビアンカさん、あんなに泣いて……」
離れた場所で見守っていた小夜は、自分もポロポロ泣きながら声を詰まらせた。
「きっと大丈ですよ」
優しく小夜の肩を抱く真桜の声も掠れていた。
「あそこで、何をしてるんでしょうか?」
士郎は訳が分からず声を少し強める。そこには、直ぐにでも傍に行ってあげたいと言う気持ちが溢れていた。
「あそこは、ビアンカさんがこの世界に来た場所なんだ。だから……」
説明する勇之進は自信がなかった、ビアンカの行動の訳を。想像は出来る、来た場所なら帰る場所でもある。だが、それ以上は分からない。そこに、扉が存在している訳ではなかったから。
「私達が出来る事は、見守ってあげる事……もしも、助けが必要になったなら、皆で行きましょう」
落ち着いた声の真桜だった。小夜は小さく頷き、勇之進も士郎も黙って頷いた。
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「こんな所で、何をしてるんだ?」
川辺に正座した十四郎に、アミラが不思議そうな顔で声を掛けた。
「ビアンカ殿を探しています」
真顔で答える十四郎を見て、アミラは苦笑いした。
「探すって……変な座り方で、座ってるだけに見えるけど」
横に、ちょこんと座ったアミラは十四郎が見てる方向を一緒に見た。
「見えますか?」
顔を向けないで、十四郎が聞いた。
「見えるって、何が?」
首を傾げたアミラは、不思議そうに聞き返す。
「居場所ですよ。ビアンカ殿の」
「十四郎には見えるのか?」
穏やかな声の十四郎は自分に言い聞かせてるみたい言うが、アミラには真意は分からない。
「今は見えませんが、必ず見付けます」
十四郎はしっかりした口調で言った。アミラに十四郎の強い意志が流れ込む、偶然なんて無い、奇跡なんて待っていられない。
自分が望む結果は、自分で掴み取るしかないんだと……多くを語らない十四郎の姿は、アミラのココロを激しく揺さぶった。
見届けたいと、アミラは思った。これから十四郎は何処に行くのか、何を成し遂げるのか、そして……その結末を。
「そうか……」
呟いたアミラは十四郎の横に伏せると、尻尾を丸めて小さくなった。
「アミラ殿……」
アミラの気持ちが十四郎を支える、一人じゃないと後押しする。立ち上がった十四郎は見えない空間にそっと手を伸ばした。まるで、見えない何かを掴もうとするみたいに。




