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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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トリップ 19

 ビアンカは小夜やタマと一緒に三峯神社に来ていた。拝殿へ行く石段の両側には巨大な御神木がそびえ、極彩色の華麗な社殿はビアンカの知る教会の大聖堂とは違う神聖さがあった。


「ここが、大口真神様の……」


「いえ、もうちょっと先です」


 小夜は抱いていたタマを下に降ろすと、先を歩いた。境内を抜け山奥に続く道は、細く険しくなり、緑の匂いが咽る程に濃くて空気は胸に冷たく染みる。


 崩れそうな石段を上がると、お仮屋と呼ばれる社殿があった。両側には狼の狛犬、ビアンカは立ち止まって声にならない声で呟いた。


「大口真神様……どうか、帰る道をお教え下さい」


 その声は周囲の緑に吸い込まれる。そして、一心に祈るビアンカの背中を小夜は真剣な面持ちで黙って見守った。長い時間が過ぎ、緑は色を濃くして空は茜色に染まった。しかし、何も起こらず何も変わらなかった。


「ビアンカ……ごめんよ」


 トボトボと足元に来たタマは、尻尾を下げ俯いた。


「何が?」


「神様……会えなくて」


 タマの、すまなそうな言葉にビアンカは優しく呟く。


「きっと、お留守だったのよ……帰りましょうか」


「うん」


 タマは小さく返事すると、小夜の元に行った。黙ったままの小夜は小さく頷き、そっとビアンカの手を握った。


 夕暮れの帰り道はビアンカのココロを癒しはしないが、小夜の温もりは不安な気持ちを和らげた。小さな子供の香りはビアンカに母性を刺激し、初めは女の子がいいなとボンやり思った。


 家に戻ると真桜が沢山の手料理を用意して待っていた。海の幸や山の幸、楽しい食事は時間を忘れさせてくれるが、夜に一人きりになると不安はそっと顔を出す。


 帰りたいと言う希望より、帰れないかもしれないという絶望が勝る。怖さで泣きそうになるのを、ビアンカは体を丸めて耐えた。そして、自問をしてみた……。


 ”どうして帰りたい? 帰ってどうする? 十四郎に会いたい? 会ってどうする? 十四郎の傍にいたい? 傍にいてどうする? 十四郎に見詰めて欲しい? それからどうする?”


 願望の後に続く、毎回出て来る”どうする”……どうするのではなく、どうしたいか。頭では分かっていても、踏み出せない訳があった。ビアンカはあまりにも純粋で無垢なのだ、自分の気持ちを、会いたいと思うココロを、恋や愛に結び付ける事が出来なかった。


 そして夜が更ける頃、タマがまたやって来た。前とは違い、尻尾を垂らして俯き加減で。


「今日は……ごめん。オイラのせいで、危ない目に合わせて」


「ごねんって……大丈夫だったんだから、謝らないで」


 部屋に入ってくるなり頭を下げるタマに、ビアンカは笑顔を向けた。その笑顔が辛くて、タマは更に声を震わせた。


「それに、神様にも会えなかった」


「神様……か。私は、あそこで一生懸命祈ったよ……でも、神様は答えて下さらなかった。言ったでしょ、お留守だって」


「だけど……」


 更にタマは俯いた。


「でもね、小夜や真桜…勇之進や士郎、それにムネツキや……タマ。皆、私を心配して助けに来てくれた……嬉しかったよ。それにね、捕まっていた娘達も助ける事が出来たし」


「うん……」


 ビアンカの言葉は、良心の呵責に押し潰されそうなタマを救う。


「あっ、他にも助けてくれた人、じゃなかった狼もいたの」


「狼? どんな?」


 ビアンカの言葉に、急にタマが顔を上げ目を見開いた。


「ロウって言って、銀色の凄く立派な狼だったよ……十四郎の事も知ってたみたいだし」


「銀色……ロウ……それ、多分”神使”だ」


「しんし?」


 唖然と呟くタマの顔を、ポカンとしたビアンカが見詰めた。


「神様の眷属で神意を伝える者だよ」


「意味が分からないんだけど」


 タマの説明に、更にビアンカはポカンとした。


「要するに神様の使いだよ」


 溜息を混じらせ、タマは首を項垂れた。でも言われてみれば、ロウは確かに威厳や風格、そして神秘性があった。


「そうだ……ローボに似てたんだ」


 ふと思い出したビアンカは、唖然と呟く。


「ローボ?」


 今度はタマがポカンとして、ビアンカが説明した。


「神獣ローボ。聖域の森を司る狼の王……私のいた世界では、神様と言う人もいた」


「そうか……それで、聞かなかったの? ロウに、帰り方」


 タマの質問に、急にビアンカの脳裏にロウの言葉が蘇った。


「そう……だ」


_____________________________



 昼過ぎにはメグやケイト、リズもお見舞いに訪れ十四郎の無事を喜んだ。


「十四郎! 目が覚めたんだね!」


 抱き付くメグに十四郎は照れた様に笑顔を見せ、ケイトはその様子に涙ぐんでいた。


「全く、心配させやがって……」


 一緒に来たアミラも、鼻を啜った。


「本当によかった……ところで、ビアンカは?」


 リズも目を潤ませるが、肝心のビアンカがいない事が気になった。


「ビアンカ殿は看病疲れで、今は気分転換に行ってる様です」


 十四郎の言葉に、リズはビアンカの看病の様子が手に取る様に分かった。きっと何日も寝ないで、付きっ切りで泣いていたのだろう、と。そしてリズの提案で、暫くの間ケイトとメグはリズに屋敷に滞在する事も決まった。


 貴族であるリズの屋敷は広く、近衛騎士団のからも近い。何より従者も多く、警備の面でも安全は確保出来る。リズは、少しでも十四郎の不安を取り除きたいと願った。七子なら、今度はメグやケイトに危害を加えるかもしれないと思ったからだ。


 十四郎は、そんなリズの心遣いに心から感謝した。


「本当に、お気遣い頂いて……」


「いえ、私に出来る事はこれ位です」


 十四郎の感謝の言葉に、リズは恐縮した。だが、リズ達が帰って夕方に差し掛かってもビアンアカは現れなかった。


「すみません、ビアンカ様はどこにも……」


 夕方前、ツヴァイが肩を落として帰って来た。続いて帰って来たゼクスやノインツェーンも、同じ様に俯きながら報告した。


「変です。朝方、川縁で見かけた人はいましたが、その後は消息不明なんです」


 遅れて帰って来たココは、不思議そうに言った。


「そうですか……それで、リル殿は?」


 声を落とした十四郎は胸騒ぎを感じたが、顔には出さずリルの事を聞いた。


「それが……十四郎様と約束したからと、探す事を止めません」


 ココは申し訳なさそうな顔で、恐縮した。


「もうじき日が暮れます……そのうちビアンカ殿も帰って来ますよ。すみませんが、リル殿を迎えに行って下さいませんか?」


 十四郎は、リルにすまないと思った。きっと、今も必死で探しているに違いない、と。


「分かりました」


 ココは一礼すると、部屋を出て行った。


「十四郎様。川はお屋敷の近くですし、近衛騎士団のお膝元であるこの付近なら心配は無いと思われます」


 ツヴァイは十四郎が心配しない様に、言葉を選んだ。


「そうですね。皆さんもお疲れでしょう、お休み下さい。直ぐにビアンカ殿も帰ってきますよ」


 十四郎の言葉に、ツヴァイ達は部屋を後にした。十四郎は起き上がると着替えを済ませ、馬小屋に向かった。


「十四郎! 気が付いたなら、早く来てよ!」


 アルフィンが直ぐに寄り添い、シルフィーも安堵の溜息を付いた。


「ご心配を掛けました」


 十四郎はアルフィンを優しく撫ぜ、消えそうな声で呟いた。だが、シルフィーの手前、ビアンカが帰って来ない事は言わなかった。シルフィーに知れたら、きっと心配で飛び出して行くだろうと思ったからだ。


 馬小屋を出た十四郎は、ココに聞いた川縁へと向かった。そこは、何故か懐かしい感じのする場所で、腰を下ろした十四郎はゆっくりと辺りを見回す。


「そう言えば、初めてここに来た時の場所と似ている……」


 独り言を呟いた十四郎は、初めて来た場所を思い出した。あれから多くの時間が過ぎ、多くの人々と出会った。鑑賞にも似たココロの揺れの先に、ビアンカのはにかむ笑顔があった。


「ビアンカ殿……」


 声にならない呟きの先に、そのもっと先に今の十四郎の胸の内があった。自分がこの場所に帰って来た理由……それは……。


 十四郎はゆっくりと立ち上がると、目を凝らして周囲を見回した。そして、川の反対側に銀色の狼を見付けた。


「ローボ殿?」


 ローボは一瞬で川を飛び越え、十四郎の元に来た。


「やっとお目覚か」


「はい」


 少し笑った様に見えたローボは十四郎を見詰め、その笑顔に十四郎も笑顔で答えた。


「探してるのか? 女騎士」


「ええ……朝から、行方が知れません」


 急に現実に戻った十四郎は、声を落とした。


「お前の目覚めを一番望んでいたのは、女騎士だったからな」


”一番”というローボの言葉が十四郎の胸に突き刺さった。


「……」


 何も言えなくなった十四郎は、大きな溜息を付いて空を見上げた。


「迎えに行け……多分、女騎士も帰りたいはずだ」


 ローボの言葉の意味が、曖昧な十四郎の脳裏で空回りする。だが、さっき考えていた”理由”が改めて目の前で具現化した。


 理由は簡単だった。ビアンカを守りたい……ビアンカを悲しませる、全ての事から。


「私はどうしたら、よいのですか?」


 真っ直ぐにローボを見た十四郎の瞳には、最早迷いはなかった。


「入り口を探せ、そこは出口でもある」


 ふと、笑みを漏らしたローボは一言だけ言うと、帰って行った。十四郎は、その背中を見送りながら遠く一点を強く見詰めた。


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