トリップ 18
真桜達は奮戦していた。見た目で判断した男達は真桜目掛けて襲い掛かり、あっと言う間に返り討ちにされていた。士郎だって侍の端くれ、人さらいの有象無象の男達など簡単に打ち伏せていた。
その外見から一番手強そうな勇之進は、掛かって来る敵の少なさに不満だったが、その余裕のおかげで、誰かがピンチになれば直ぐに助けに入る体制は出来ていた。
粗方、敵を始末したロウは睨み合うビアンカの足元にやって来る。
「最初に手の内をみせてどうする? さっきのは、お前の切り札だろ」
「分かった? でも、相手は気付いてないみたい」
ビアンカは、怒りで震える半次郎を見据えた。ロウは、半次郎の怒る理由に心当たりがある様な口ぶりだった。
「ああ、あいつが怒る理由も分かる」
「どんな?」
「多分、お前の中に十四郎を見ている……過去に十四郎と何かあったのだろう」
「私の中に十四郎を……」
ロウの言葉はビアンカの胸を締め付け、俯き加減になる。そして、その目を伏せた仕草は半次郎を怒りの頂点に追いやった。それは紛れも無く、十四郎に戦いを挑んだ時の仕草だった。
「お前は一体何なんだぁ!!」
腹の底から半次郎が叫び、大降りで切り掛かる。まともに受けたビアンカは、圧倒的な力で押さえ付けられる。鍔迫り合いの態勢のままジリジリと押され、一旦離れたロウが半次郎の後ろから飛び掛かろうとした。
「手出ししないでっ!」
叫ぶビアンカの声には気迫が満ちていた。ロウは飛び掛かるの止めると、距離を取り成り行きを見守る……少し、口角を上げながら。
「お前は、あいつの何なんだぁ……」
猛烈な鍔迫り合いの中、半次郎は声を絞り出しビアンカも怒鳴り返す
「誰のことだ!?」
「俺がこの世で一番憎む奴だ……」
半次郎の眼には憎しみが溢れていた。
「何故、そこまで憎む?」
「あいつは俺の全てを否定した……」
ビアンカの問いに、半次郎は言葉を絞り出した。
「前にも言ったはずだ。鬼斬りと呼ばれた男は、お前など足元にも及ばない!」
ビアンカの中にも怒りが芽生える。理不尽、言い掛かり、そんなもどかしい苛立ちがが胸の中を圧迫する。叫んだビアンカは、半次郎に強烈な前蹴りを喰らわせた。鳩尾に決まった半次郎は、悶絶の表情で勢いよく仰向けに倒れた。
「……弱い女子供を売り買いする、お前みたいなクズに鬼斬りを名乗る資格はない」
ビアンカは刀を下げ、突き放す様に言い放った。
「お前に何が分かる? お前なんぞに何が分かるっ!」
立ち上がった半次郎は、鬼の形相で再び抜刀術の構えを取る。ビアンカは正眼に構えると、左足をやや引き気味下げ、右足を軽く曲げた。そして、両足の踵を上げ瞬時に動ける態勢で正対した。
間合いを取ったまま半次郎の右手が唸る。距離の感覚を超え、切先がビアンカに迫った。まるでゴムの様に伸びる右腕が下方から迫る、その速さは尋常ではない。ビアンカは咄嗟に横に跳びながら、刀を添わして力を分散させた。
「ビアンアカさんっ!」
叫んだ勇之進が助けに向かおうとするが、真桜の声に足が止まった。
「手出しは、なりません!」
「しかし!」
「お願いです、見守ってあげて下さい」
食い下がる勇之進に、真桜の言葉は複雑に響く。真桜とて助けに行きたいのだ、しかし行けない理由が真桜に覆い被さる。見れば分かる、真桜は今にも泣きそうな顔をしていたから。
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半次郎は右手を伸ばしたまま、手首だけで刀の方向を変える。上腕二頭筋や三頭筋、三角筋までもが異常に隆起し、その威力を増幅させる。刀は超高速で横の動きヘと変化し、ビアンカの側面に迫った。
刹那! ビアンカは状態を屈め刀を避けながら床をを思い切り蹴った。身体ごと距離を詰めるその速さは半次郎の反射神経さえも軽々と超え、予め峰を向け右横方向に引いていた刀を斬り上げた。伸びきっていた半次郎の身体は、もろにビアンカの一撃を受けた。
腕力と脚力、身体の捻りさえも融合した一撃は、半次郎の身体を浮かせる程の破壊力だった。肋骨が砕ける衝撃は、意識さえ簡単に刈り取ろうとする。背中から床に落ちた半次郎は、歯を食いしばり意識の喪失を拒んだ。
だが、折れた肋骨の激痛は全身を蝕み、最早腕さえも動かなかった。ゆっくりと近付くビアンカに、半次郎は朦朧とする意識を振り払い睨み付けた。
「何故、俺を殺さない?」
「それが、十四郎の信念だからだ」
見下ろすビアンカの瞳には、迷いなど微塵もなかった。
「くだら、ない……」
鬼の様な形相が、薄笑み変わると半次郎は気を失った。大きく息を吐いたビアンカが振り向いた時には、全ての手下が全滅していた。
「今の動き……十四郎に近かったな」
ゆっくりと近付いて来たロウが、薄笑みを浮かべた。
「夢中だった……だけど、身体が覚えていたのかもしれない……十四郎の動きを」
自分でも分からなかった。どうして、あんな動きができたのか。ビアンカは、正直に答えた。
「それじゃ、帰ってたら十四郎によろしく伝えてくれ」
そう、言い残しロウは去って行った。見送るビアンカに、真桜が笑顔で声を掛ける。
「見事でした……」
「いえ……それより、ありがとうございます。助けに来て頂いて」
照れた様に俯くビアンカは直ぐに顔を上げると、勇之進と士郎に笑顔を向け、二人も笑顔を返した。
「私は警察を呼んで来ます。勇之進さん、士郎さん、この人達を縄で縛っておいて下さいね」
笑顔の真桜は、勇之進達にそう言い残すと走って広間を出て行った。
「ケイサツ?」
「国が作った治安を守る組織ですよ」
士郎の説明にもポカンとするビアンカだったが、勇之進が泣きそうな声で士郎を呼んだ。
「早く手伝え、縄を探して来いよ。どうすんだ、これだけの人数……」
「分かりました」
笑顔で走って行く士郎の背中を見送りながら、ビアンカも勇之進に言った。
「私も、ちょっと……後をお願いします」
「あっ、はい……」
返事した勇之進だったが、倒れている人数を見て大きな溜息を付いた。
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娘達の所に急いだビアンカは、鍵を壊して扉を開けた。
「もう大丈夫。家にかえりましょう」
信じられないと誰もが言葉を失うが、最初にビアンカに声を掛けた娘が掠れる声で言った。
「本当ですか? 本当に帰れるんですか?」
「ええ、本当よ」
笑顔のビアンカは、他の娘達にも優しい視線を送った。
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小夜はタマを抱き締めたまま、動けないでいた。タマも、どうする事も出来ず、ただ小夜の胸に蹲っていた。ムネツキもまた、苛立ちを浮かべながら待つしか出来なかった。
「小夜さぁん!」
自分の名を呼びながら走ってくる真桜の笑顔を見て、小夜は確信した。思わずタマを放り投げ、真桜の胸に飛び込んだ。
「もう、大丈夫。ビアンカさんは無事よ」
真桜の言葉に小夜は大声で泣いた。息が苦しくて、呼吸さえ困難な程に……。
「泣いてるぞ……どうなったんだ?」
不安そうにムネツキが、タマの小さな背中を鼻で突いた。
「嬉し泣きだよ……多分、ビアンカは無事だ」
「そうか……」
半泣きのタマの言葉に、ムネツキも胸を撫で下ろした。暫く後、小夜が泣き止むと真桜はムネツキの元に来て、笑顔で言った。
「警察まで、乗せて行ってもらえませんか?」
「何て言ってるんだ?」
直ぐにタマに通訳を頼むムネツキ。
「多分、どっかに乗せて行って欲しいんだと思う」
「まあ、仕方ないな」
タマの通訳に、ムナツキはコホンと咳をして頷いた。人は嫌いだが、真桜や小夜は何だか違うと、真桜の笑顔に思ったムネツキだった。




