トリップ 17
「真桜さん! 出すぎだっ!」
寺の参道を先行する真桜に、勇之進は何度も大声を掛ける。男達が真桜に斬りかかる度、勇之進の心臓は鷲掴みにされ、全身の血の気が引く。
だが、真桜の薙刀は勇之進の心配を振り払う様に、男達を簡単に薙ぎ払う。
「流石ですね。”柏木の鬼小町”」
士郎は、勇ましく戦う真桜の背中に唖然と呟く。
「本人の前で言うと、殺されるからな」
青褪めながら、振り向いた勇之進も呟く。
「前っ! 勇之進さん!」
その振り向いた所に、男二人が同時に斬り掛かる。勇之進は背を向けたまま、一人の胴を薙ぎ払い、返す刀で袈裟斬りで倒した。勿論峰打ちだが、その刀速は目にも止まらなかった。
「士郎!気を抜くな!」
叫んだ勇之進は急いで真桜の後を追う。呆れ顔の士郎は肩を竦めると、呟いた。
「勇之進さんも、ね」
そして、本堂の前に来ると突然真桜が立ち止まった。
「私は正面から参ります、勇之進さん達は二手に分かれ左右から」
正面を見据え、真桜は凛とした口調で言った。
「分かりました」
直ぐに返事した士郎は、左手に走った。
「無茶しないで下さいね」
真桜の耳元で小さく一言だけ告げ、勇之進は右手に走る。その背中を見送った真桜は大きく薙刀を振ると、短く息を吐き小走りで本堂正面に向かった。
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ロウはビアンカの負担を出来るだけ減らす為、慣れない戦い方を強いられていた。相手に致命傷を与える牙や爪は使えず、体当たりや後ろ蹴りだけで倒すやり方はロウにも疲労を招く。
そして、剣で相手の刀を受け、隙を突いて蹴りやパンチで倒すビアンカの戦い方も相手に読まれ始める。斬り合いでの負けは即、死に繋がるがビアンカは自分達を殺さない。そんな余裕が男達に与える影響は大きかった。
命を失わないのなら、大胆に思い切り攻められる。失う物がない戦いは次第に勢いを増し、ビアンカは押され始める。
「どうした? 勢いが無くなってきたぞ!」
一旦、動きを止めたロウがビアンカに叫ぶ。
「あなたこそ! もう疲れたの?」
前蹴りで男を倒しながら、ビアンカは笑顔を向けるが。その笑顔が無理をしている事は、ロウには手に取る様に分かった。明らかに顔を顰め、刀を受ける剣の動きも緩慢になっている。
疲労こそ感じて無いロウだったが、身体ではなく思考の疲れは現れる。一瞬の油断、ビアンカの後方に迫る男に体当たりして、ビアンカとの距離が離れる。それまで様子を窺っていた半次郎は、その隙を見逃さなかった。
「ビアンカ! 行ったぞっ!」
叫ぶのが精一杯のロウの視線が、斬り掛かる半次郎に焦点を結んだ瞬間! 半次郎の刀が弾かれ大きな金属音が空間に響き渡った。直ぐに見知らぬ女を認識したロウは一瞬笑い、背を向けると近くの男に飛び掛かった。
「ビアンカさん、ご無事ですか?」
真桜は半次郎に正対し、薙刀を八相に構え背中で言った。
「真桜さん、どうして? ……」
油断していたビアンカは、切り掛かって来る半次郎は認識出来ていたが、死角から飛び込んで来た真桜には気付かず、驚きの声を上げた。
「ビアンカさんっ!」
今度は横の入り口を叩き壊し士郎が飛び込み、ほぼ同時に反対側から勇之進が叫んだ。
「これをっ!」
宙を舞う刀、咄嗟に横に跳ぶビアンカ! 半次郎が追おうとするが真桜の薙刀に行く手を阻まれた。刀を受け取ったビアンカは、素早く自分の剣を仕舞うと刀をベルトに差した。
「全く……ご自分は素手で、どうするんですかね?」
首を傾げる真桜は、丸腰の勇之進を見て笑みを漏らす。
「勇之進さんっ!」
士郎は一気に広間を横切り、拾った槍を手渡した。
「俺が槍の名手って知ってたか?」
受け取った勇之進は槍を振り回すと、士郎に笑い掛けた。
「初めて聞きました……それより、狼がいるんですけど?」
取り囲む男達に向きながら、士郎は戦うロウの姿に目を点にする。
「見るな……気のせいだ」
違う方向を見ながら、勇之進は自分に言い聞かせる様に呟いた。
「真桜さん……」
ビアンカは半次郎に鋭い視線を向けたまま、真桜の名前を呼ぶ。その思いは直ぐに真桜に伝わり、真桜は目を伏せそっと横に避けた。
「ほう、仲間は”柏木の鬼小町”に、藍原の子倅か」
薄笑みを浮かべた半次郎は、不快な視線を真桜達に向けた。
「どこを見ている?」
鋭い視線のビアンカが、半次郎を睨む。
「まあ、いい。まずは、お前からだ」
肩にに刀を乗せ、半次郎は不敵に笑う。ビアンカはゆっくりと刀を抜くと、右後方に刀身を引いた。左足をやや前に出し、右足を引いて態勢を低くしながら両足の力を抜いた。
「見覚えのある構えだ」
真剣な顔に戻った半次郎は刀を鞘に納めた。右足を大きく前に出して曲げ、左足を後ろに伸ばして膝を地面すれすれ構える。鯉口に左手を添え、右手で柄頭を握った。
少し前に見せた抜刀術の構え……ビアンカは間合いと太刀筋、その速さを思い描いた。
「奴の抜刀術は逆袈裟切り! 避けてはいけません! 受け流すのです!」
勇之進が叫ぶ、ビアンカは半次郎が握った右手の位置に訳を見出す。
「ふっ、余計な真似を……」
余裕で笑う半次郎は、軽く上体を揺すりタイミングを計る動作に入る。だがその瞬間、ビアンカが超速でダッシュした。それは得意の三段突き、やや重い刀ではあるが右腕に全神経を集中して突いた。
「ちっ!」
先手を取られた半次郎は舌を鳴らすと、超速で真っ直ぐ伸びて来るビアンカの刀を下方から受け流す。だが、超速で引かれたビアンカの刀は、更に速い突きを繰り出した。
目にも止まらぬ速さで、斬り上げた刀を戻し受ける半次郎。二回目の突きも、なんとか躱すと突然後ろ向きに跳び、距離を取った。
「中々の突きだ」
半次郎は薄笑みを浮かべるが、三段目を躱すイメージは湧いてなかった。そして、ビアンカの陰に見え隠れする覚えのある感覚。それは、半次郎にとって屈辱に満ちた感覚だった。
記憶に残るのは格の違いへの絶望感。まるで歯が立たない喪失感と、屈辱感……初めて相見えた時から、十四郎は自分など眼中に無かった。幾ら対戦を望んでも、済まなそうな顔で拒まれた。
そして、あの日……待ち伏せて人質を取り、否が応との状況で半次郎は打ちのめされた……本気の欠片さえ見せない十四郎に、手身足も出ず簡単にあしらわれた。
刀を持つ手が震え、その震えは全身に伝染した。腹の底から湧き出る怒り、半次郎には目前のビアンカが、十四郎と重なって見えた。
「生かしては返さない……」
その声は獣の様に、低く暗かった。