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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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トリップ 13

 暗い牢に微かな光が差したのも束の間、ビアンカは物凄い殺気に振り向いた。そこには銀色の狼が、鋭い視線で見据えていた。一瞬、ローボと錯覚するが一回りは小さくて、何より視線には強烈な棘を感じた。


 少女達は一斉に牢の隅に逃げ、一か所に集まり震えていた。ビアンカは格子越しに狼と正対するが、狼は何も言わずビアンカの瞳を凝視していた。


「……大口真神様ですか?」


 視線を逸らさず、ビアンカは呟く。


「そのような者ではない」


 狼の声は低く揺らぎ、牢の床に落ちた。内心の期待は狼の鋭い視線で打ち消され、疑問にとって代わった。


「それでは、何の用ですか?」


 胸騒ぎに似た不快な雰囲気。やはり狼の視線が気になり、ビアンカは質問した。


「お前には、あいつの臭いがする……あいつを知っているのか?」


 狼は逆に質問する。ビアンカから視線を外さないまま。


「あいつ?」


 思い当たらないビアンカは、狼を見詰め返した。


「柏木十四郎だ」


「十四郎を知ってるの?」


 狼の言葉はビアンカに衝撃を与え、思わず声が震えた。


「聞きたいには、こちらだ」


 落ち着いてはいるが、狼の声のトーンは十四郎に好意を持ってる様には感じず、ビアンカは言葉を濁した。


「知っては、いる」


「奴は今、何処にいる?」


 狼は矢継ぎ早に質問を返す。


「先に、教えて。あなたと十四郎の関係」


 ビアンカは引かなかった、どうしても十四郎と狼の接点を知りたいと思った。狼は、それまでの鋭い視線を少し弱め、口角を上げた。


「いいだろう……ずっと前から、変わった奴だと思って見ていた……戦いに於いて、奴は相手を殺さなかった。だが、暫くすると人が変わった様に殺し始めた。まさしく鬼だった、その凄まじさは今でもはっきり覚えている。その後、奴がどうなるか、何処に行くのか興味があった……だが、奴は忽然と消えた。何の痕跡も残さずに……探した、国中探したが奴は何処にもいなかった」


 狼は言葉を噛み締めながら、ゆっくりと話した。最早鋭い視線は無く、ビアンカは不思議な感覚に包まれた。


「見つけて、どうするの?」


「どうもしない。ただ、見ているだけだ」


「そう……十四郎の今いるのは、多分こことは別の世界。私は、その世界から来た」


 狼の印象が変わったビアンカは紡ぐ様に静かに呟き、狼は表情を変えずに聞いていた。


「……お前は何故この世界に来た?」


 かなりの沈黙の後、狼は静かに口を開く。


「分からない。でも、私が知りたいのは帰る方法」


 俯いていた顔を上げたビアンカは、真っ直ぐ狼を見詰めた。


「来たのに、帰り方が分からないのか?」


 初めて見せた狼の薄笑みは、ビアンカを妙に安心? させた。


「分からない……知らないうちに来たから……」


 小さく首を振りながら、囁く様にビアンカは呟いた。


「そうか……あいつは今、どうしてる?」


 狼の声も、心なしか穏やかに聞こえた。


「眠ってる……私のせいで沢山、ココロに傷を負って」


 震えた、ココロと声が震えた。


「…………そうか……」


 長い間の後、狼は小さな声で呟く。そして、一呼吸置いて独り言みたいに言った。


「出口と入口は同じなんだがな……だから、出入り口と呼ばれる」


 狼は言葉を終えると、少し寂しそうに去って行った。ビアンアカは、一瞬ハッとするが、狼と入れ替わりに来た男達がビアンカを連れ出した。連れて行かれるビアンカは、振り返ると牢の隅でまだ震えていた少女に笑顔を向けた。


「大丈夫よ、必ず助けてあげるから」


 その言葉は少女だけにではなく、自分にも言い聞かせたビアンカだった。


____________________



 士郎が用意出来た馬は、二頭だけだった。直ぐに小夜はムネツキの元に行き、深々と頭を下げた。


「お願いします。私をビアンカさんの所へ連れて行って下さい」


 当然、ムネツキには何を言っているのか分からず、唖然とタマを見る。


「小夜は心からビアンカの事を心配している。乗せてやって、くれないか?」


 タマは尻尾を縮め頭を下げた。小夜とは確かに繋がってるんだなと、ムネツキは少し羨ましかった。


「分かったよ。だが、俺の走りは荒い。大丈夫なのか?」


「私が一緒に乗ります」


 ムネツキが危惧の言葉をタマに向けると、丁度やって来た真桜がムネツキの方を見て言った。当然ムネツキには通じないが、タマが驚いた顔で通訳する。勿論、タマだって真桜の言葉は分からないが、ニュアンスでなんとか理解出来た。


「真桜も一緒に乗るって……確か、真桜は乗馬は得意のはず」


「ああ、そうか。分かった」


 何とも不思議な気分になったムネツキは、小夜と真桜を乗せて走り出した。真緒が手綱を握り、後ろに小夜が乗り、タマは小夜の肩にしがみ付いていた。走り出しすと、真桜が直ぐに叫ぶ。


「道はお任せします!」


「任せるって!」


 タマが大声で通訳すると、ムネツキはなんだか嬉しい気分になり、速度を上げた。勇之進と士郎は訳も分からず付いていくが、特に勇之進は悔しさを滲ませていた。


 当然、真桜と二人で乗る事を想定し、士郎が二頭だけ連れて来た時は”でかした!” と心で叫んでいたから。


 勇之進の脳内では、タマは乗って来た馬で道案内し、士郎は小夜を乗せ自分は真桜の体温を背中で感じ……だが、先を走る真桜達の真剣な行動は、勇之進の心根を刺激した。


 不安な胸騒ぎがした。確かに真桜の前では緊張し、会えるだけで心が揺れる……嬉しさは全ての事柄に勝り、優先されるはずだった。


 しかし、次第に大きくなる胸騒ぎに、勇之進は強く頭を振り気合を入れた。そして、万が一の事態備えて手綱を握り締めた。


「勇之進さん! 嫌な予感がします!」


 きっと士郎も同じ感じがするのだろう、大声で呼び掛けて来た。振り向いた勇之進は、更に大きな声で叫んだ。


「俺も同じだ! 気を抜くな!」


「はいっ!!」


 士郎は負けないくらい大きな声で返事した。


_________________________



 アジトは使われなくなった、大きな寺だった。宗教的にもビアンカには初めてだったが、古くて崩れかけの退廃的な雰囲気は、精神をを威圧した。


 連れて行かれた広間には、大勢の男達がギラギラした目で待ち受けていた。そして、頭と呼ばれる男は嫌な記憶を甦らせた。


 武闘大会でのレオン、聖域の森のエルゴ、イタストロアのベルッキオ……十四郎が戦いの果てに倒した男達だった。共通するのは”狂気”それは、不快と言う言葉以上にビアンカに嫌悪感を与えた。


「ほう、たいした美しさだ……売りに出すのは惜しいな……名前は?」


 頭と呼ばれた男の声は、耳の奥にも不快感を残しビアンカは顔を顰めた。


「モネコストロ王国、近衛騎士団。ビアンカ:マリア:スフォルッア」


 答えるビアンカは、自然と吐き捨てる様な口調になる。


「俺は由良半次郎。鬼斬り半次郎とは俺の事だ」


 半次郎の言葉は、ビアンカの胸を抉る。”鬼斬り”と言う渾名はビアンカは好きではなかった。だが、他人に名乗られると、無性に腹が立った。


 そして、鬼斬りと七子に呼ばれた時の十四郎の顔が思い浮かんだ。その顔は曖昧な悲しみが混ざり、見ている方が切なくなる程に痛々しかった。


「お前が鬼斬り? 本当に鬼斬りと呼ばれる男は誰よりも強く、限りなく優しい」


 ビアンカは半次郎を睨むと”本当に”という言葉のアクセントを強める。


「俺の他に、何処に鬼斬りがいる?」


 薄笑みを浮かべていた男の顔が、広間の後方にある凄い形相の木彫りの像と変わらない、怒髪天を突く様な形相になった。


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