背徳と矛盾
十四郎の日課は、枯れかけた井戸の為に街の近くまでの水汲みと、噂を聞き動物を連れてやって来る人達への通訳だった。穏やかに流れる日々だったが、夕方やって来たポムソンと言う中年の男は少し事情が違っていた。
「魔法使い様……私は街で肉屋をやっています……誠に申し上げにくいのですが……最近、お客が減っています……それは、その……動物にも感情があって……言葉が通じて……」
ポムソンは顔を赤らめ、冷や汗を流し、言葉が途切れる。
「……そうですか……お辛いですね」
言葉が見つからない、人は生きる為にたの命を奪わなければならない。魚や野菜、穀物が主食の文化でも広義では同じだが、肉食文化ではその意味が大きく違う。
ポムソンの表情は、確かに自分の利益の事もだが、言葉の通じる相手を食料とする……そんな矛盾にも似た罪悪感と向き合っているみたいだった。
「最近、人の中で肉は食べないって奴が増えてるんだってさ」
窓際で、アミラが他人事みたいに欠伸しながら言う。
「……」
言葉が出ないまま俯く十四郎の前に、ピョンとアミラが来て顔を覗き込む。
「どうした? アンタらしくない」
「……私には、分かりません……」
それ以上何も言えなくて、また俯く十四郎に大きな溜息と一緒にアミラは言った。
「よく分かんないな、人間は。この間まで平気で食べてたのにさ。狼や熊、キツネや鷲だって他の動物を食べたりするけど、悩んだりしないぜ。俺だってネズミを食べる。勿論、ネズミの言葉は分かるよ……全ての動物は同じだと思うけどな」
「そうですが……」
「他の動物にも感情や意思はある……それを忘れなきゃいいんだよ。まぁ、俺達動物は気にしないがね」
言葉を無くす十四郎に、面倒そうなアミラが耳を掻きながら言った。アミラの言葉は十四郎に伝わるが、何故か釈然としない靄の様なものに十四郎は包まれた。
「あの、アミラは何と?」
横で聞いていたケイトが十四郎の様子を心配して聞いた、メグも不安そうな顔で十四郎を見ていた。十四郎はアミラの言葉を教えた、ケイトもポムソンも少し俯く。
「……でも、食事の前にはお祈りするよ」
小さな声で、メグが呟く。ケイトの中で何かが行き先を示す……立ち止まっても何も変わらない。
「そうね、そうよね……私、明日教会に行きます。ポムソンさんも御一緒に……皆で考えましょう……アミラは言いました、全ての生き物は同じなんです。人は生きる糧として他の生命を食べます……それならば、神様だけじゃなく、全ての生命達にも感謝しましょう……その気持ちが大事だと思います……人として」
「そうですね、そうしましょう。魔法使い様、本当にありがとうございました」
顔を上げたポムソンは大きく頷くと、何かに目覚めた様な顔で十四郎に礼を言った。
「私は何も……」
何かをした覚えなど皆無、十四郎は対応に困った。
「いいえ、十四郎さんがアミラの言葉を教えてくれました。一方通行の会話なんて、永遠に解決なんて出来ません。意思の疎通こそが、対話こそが唯一未来への道なのです」
嬉しそうなケイトの笑顔は更に十四郎を困惑させ、頭を掻くしかなかった。
「まったく……人は面倒な生き物だな」
アミラはまた欠伸しながら言ったが、十四郎はその面倒な所がいいとケイトやメグ、ポムソンの笑顔に、ボンやりと思った。
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今日で七日目……刺繍はとうに完成した。確かに手は傷だらけ、肩はゴワゴワ、寝不足も手伝い体長は最悪だが、胸のドキドキはずっと続いていた。
「どうしたビアンカ? 訓練は元に戻ったみたいだが、やはり様子が変だ」
リズが訓練場からの帰り、声を掛けた。
「あなたから声を掛けるなんて、その方が変よ」
言い返すビアンカだが、その声には前の様な刺は無い。ビアンカが少し笑った様に見えたリズは、ザインの態度を思い出す。ピンときた……もしかして、と。モノは試しと、背中を向け去ろうとするビアンカに言った。
「あっ、魔法使い殿!」
「何っ!」
驚いたビアンカが振り返るが、その拍子に柱に激突した。
「何だ……心配して損した」
呆れたリズが、溜息を洩らす。確かに魔法に掛けられてはいるが、その魔法は”良い”魔法なんだなと、慌てて周囲を探すビアンカを見てリズは苦笑いした。
そして、今までのビアンカは本当のビアンカとは違う、無理して自分を偽り、背伸びした足を何時も震わせていたんだと思った。
「誰かの事、心配してるの?」
ブツけた頭を摩りなが、ビアンカが聞く。
「いいえ、こっちの話し」
何故が微笑むリズの笑顔は、ビアンカにとって不思議な感覚だった。まだ、子供だった頃に感じた……あの、嬉しい様な楽しい様な感覚。言葉使いでさえ、何時の間にか友達みたいになっていり事に違和感は感じない。
「それより、何処っ! 何処なのよっ!」
泣きそうな顔のビアンカに、改めてリズは溜息を付いた。
「ほんと、分かり易いやつ……」