トリップ 12
タマは暗闇で必死に抵抗する。頭の中が、後悔と呵責でグチャグチャになりそうだった。だが、暴れすぎて手足の感覚が無くなりかけた頃、ふいに視界に光が飛び込んだ。
「大丈夫か?」
急に目前に、ムネツキの顔がドアップになった。
「ビアンカはどうなった?!」
「連れて、行かれた……」
叫ぶタマに、目を伏せたムネツキは言葉を曇らせた。
「何で見過ごした!!」
ムネツキを責めるのは筋違いだと分かっていても、ついタマは怒鳴ってしまった。
「すまん……」
俯くムネツキは、声を落とした。その姿に急に我に返ったタマが、同じ様に俯き声を落とした。
「怒鳴って悪かった……」
「……いいさ。何も出来なかったのは確かだ」
ムネツキの表情には、後悔よりも悔しさが滲んでいた。
「どうなったんだ? あれから……」
声を落としたタマが静かに聞いた。
「……ビアンカを助けようと思ったが、邪魔が入って……」
少し考えてムネツキは呟いた。
「邪魔?」
見上げたタマが、首を捻る。
「ああ、銀色の狼だ……睨まれると、動けなくなった」
狼の視線を思い浮かべたムネツキは、改めて胸の辺りが痛くなった。
「狼……銀色……まさか、大口真神様……」
沈む声で答えるムネツキの言葉に、タマは驚愕して毛を逆立たせる。
「神様とは違う……多分……そんな感じがした」
違和感があった。神聖ではない、だが邪悪とも少し違う……複雑な思いでムネツキは言葉を詰まらせた。
「そうか……それより、奴らのアジトは分かる?」
タマにも思う節はあったが、今は敢えて考えずに最優先の事に頭を切り替える。
「ああ……大体の場所は」
「よし。一旦、家に戻る。乗せて行ってくれるかい?」
「戻るって、お前……」
タマの突飛な言葉に、ムネツキは驚いた表情を向けた。
「オイラ達だけじゃ、無理だよ。応援を呼ぶ」
「応援って……」
「小夜なら、きっと分かってくれる」
タマの疑いの無い目と態度は、ムネツキの心を動かした。ムネツキ自身、人間なんて信じてはいなかったが、何故がビアンカを助ける為ならと思った。出会ったばかりのビアンカに、どうしてそこまでと、自問もするが答えは簡単だった。
”だって、あいつ……ほっとけないもんな……それに……”
心の中で呟いたムネツキは、タマを乗せると疾風の如く走り出した。
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ビアンカの叫びが暗い牢獄に響き渡るが、直ぐにその声は暗い闇に吸収された。音が無くなり、また静寂が訪れるが振り向くと一人の少女がビアンカを見詰めていた。
その瞳には憐れみが混ざり、落ち窪んだ瞳の周囲からは悲しみが溢れていた。少女はゆっくりと口を開く……その声は掠れ、とても少女とは思えなかった。
「大丈夫……直ぐに慣れます」
「慣れる?」
ビアンカは涙を拭うと、首を傾げた。
「無理なんです……どう抗っても。皆、最初は……あなたみたいに泣き叫ぶけど、直ぐに落ち着きます、心配しないで下さい」
少女は言葉を詰まらせながら話すが、ビアンカには意味が分からない。否、分かりたくなかった。
「諦めたら、終わりなのよ」
優しく声を掛けたつもりでも語尾は強くなり、少女はビクッとなった。
「ごめんなさい……」
少女は自分を励まそうとしただけなのに、声を強めた事を後悔した。ビアンカは、深呼吸すると、少女の手をそっと握った。そして、今度は心を込めて優しく囁いた。
「約束する。必ず助けるから」
「えっ?」
消え掛けていた少女の瞳に、微かな光が差した。
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小夜は驚きの表情でタマを見る、タマは馬に乗って帰ってきたのだ。普通の人間なら腰を抜かすか、茫然とする所だが小夜は違った。袖を引っ張り、何処かへ連れて行こうとするタマの行動に嫌な予感は炸裂した。
「兄上! ビアンカさんに何かあったのかも?!」
「何なんだ……」
興奮して叫ぶ小夜だったが、勇之進は平均的一般人と同じ様に魂の抜けたような顔で唖然としていた。
「そうですね。只事ではありませんね」
真桜は落ち着いてタマの行動を見て、的確に判断した。
「確かに変ですね。でも、タマはビアンカさんと一緒だったんですか?」
冷静な士郎は、根本的疑問を口にした。
「はい。タマは確かにビアンカさんの後を追って行きました。この目で見ました、間違いありません」
小夜は凛とした表情で士郎を見ると、士郎は大きく頷き疑問は確信に変わった。しかし勇之進だけは、まだ信じられないと言った表情で顔を顰めた。
「見間違えだろ。でも、猫が馬に乗るなんて誰かの悪戯か……」
「小夜さん。袴を貸して頂けますか? それと薙刀も」
完全に勇之進をスルーして、真桜は小夜に落ち着いた視線を向けた。
「分かりました。直ぐに支度します」
直ぐに小夜は支度に掛かり、士郎は真桜を真剣に見た。
「馬の用意をします」
「お願いしますね」
真桜は士郎に微笑むと勇之進に向き直り、小首を傾げ穏やかに言った。
「どうされます? 勇之進さん」
「行きますよ。当然じゃないですか」
背筋を伸ばした勇之進は、後ろ手を組み顔を赤らめた。




