表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
76/347

トリップ 9

「あなたは十四郎の妹……」


 木刀を落としたビアンカは、ふらふらと真桜に近付き思い切り抱き締めた。そっと、抱き返した真桜は、耳元で囁いた。


「兄上をご存じだったのですね」


「ごめんなさい、十四郎は私の為にココロを失い……眠り続けているの」


 涙で声が掠れる。息が乱れて、呼吸が苦しかった。


「訳をお聞かせ下さい」


 穏やかな声の真桜に、ビアンカはすすり泣きながら続けた。


「敵に捕まった私を、助ける為に、十四郎は多くの人を斬りました……私なんかの為に……それで……」


「全く……兄上はどんなに強くても、ココロが弱いのです」


 溜息交じりに真桜は呟くが、体を離したビアンカは流れる涙を拭おうともぜずに叫んだ。


「違います! 十四郎は弱くありません! ただ、優し過ぎるだけなんです。本当に強いからこそ、逃げずに自分の犯した罪と向き合えるんです!」


「ビアンカ様……」


 驚いた様に呟いた真桜はビアンカを見詰め、その真っ直ぐで偽りの無い瞳に優しく微笑んだ。そして、小さく頷くと語り始めた。


「小さい頃は、兄上より私の方が強かったんですよ。それで兄上は父上の怒りを買い、何時も酷く怒られてました。私は、そんな兄上が可愛そうで、ある日わざと負けたのです。しかし、父上にはお見通しでした……父上は激怒し、私を叩こうとしました……ですが、兄上は必至になって私を庇い、背中で父上の怒りを受け止めてくれました」


「十四郎、らしいですね……」


 ビアンカは容易に想像出来た。自分の為に妹がやった行為を素直に受け止め、妹を守ろうと必死で庇った姿を。


「私は兄上に泣きながら謝りました。自分の行為は兄上を侮辱していたのだと……しかし、兄上は笑って言いました……”悪いのは弱い自分で、お前を苦しめたのは自分だと”……それから兄上は見違えるように強くなりました……兄上は自分の為でなく、誰かの為に強くなれる人なんです」


 十四郎の強さの訳が、今更ながらにビアンカの胸を打つ。愛おしさで、胸が張り裂けそうになり、我慢できずに真桜に抱き付いて子供の様に泣いた。


 見ていた小夜も貰い泣きし、士郎も鼻を啜った。


「まさか、十四郎殿とビアンカさんが知り合いなんて……」


 茫然と呟く勇之進は、背中の辺りが冷たくなった。と、言う事は十四郎はビアンカの言う、異世界にいる事になるのだ。


_______________________



「兄上がそちらの世界に行った訳は想像出来ますが、何故ビアンカ様がこちらに来られたのでしょう?」


 座敷に戻ると、真桜は首を捻った。


「分かるんですか? 十四郎が私達の世界に来た訳が」


 驚いたビアンカは真桜を見詰め、他の者達も身を乗り出した。真桜は微笑んで前置きすると、考えを述べた。


「私の想像です……多分、兄上は誰かを助ける為に行ったんだと思います。お話ではビアンカ様のお国は四方の国も含めての戦国時代、多くの人々が生死を掛けて戦う最中とのこと。兄上は、救う相手を選ぶ事などはしません。目の前の困ってる人を全力で救うのが兄上なのです。ビアンアカ様、ですから、どうかご自分を責めないで下さい」


 真桜の言葉は嬉しい、十四郎なら誰の為でも命を懸けて戦うだろう。しかし、状況は自分を助ける為であり、そのせいで眠りから覚めない……ビアンカの中で事実は変わらなかった。


「前にもお話しした通り、十四郎殿は維新の戦いで多くの仲間の為に戦いました。私も、命を助けられた一人なんです」


「そうです、十四郎様のおかげで、私はこうして兄上と一緒にいられるんです」


 俯いたままのビアンカに勇之進は優しく語り掛け、小夜も涙を浮かべ同じ様に囁いた。


「私は絶望的な戦いを経験し、一度は命を失いかけました。そんな私に十四郎殿は、命を与えて下さいました……失いかけて初めて命の尊さと、大切さが分かりました。今の私には輝く未来が見えるのです……すべて、十四郎殿のおかげです」


 微笑みながら、士郎はビアンカを見詰めた。


「……問題は、悩む事や後悔する事ではありません。ビアンカ様が、一刻も早く元の世界に戻って、暢気に寝ている兄上を起こす事なのです」


 真桜は視点を変えた。それこそがビアンカの望む行先だった。顔を上げたビアンカに生気が戻る、タマに言われた事が改めて心に燃え上がる。本当に望む事が、ビアンカを奮い立たせた。


「私は三峯神社に行きます。そこで大口真神様に会います」


 顔を上げたビアンカは、皆の顔を見回した。神様に会うなど誰もが一応に驚くが、ビアンカの表情は一点の曇りもなく、本当に会えるのではないかと思わせた。


「どうしてまた?」


 心配そうな小夜に、ビアンカは精一杯の笑顔で言った。


「タマに教えてもらいました」


「タマちゃん?……」


 その時、唖然と呟く小夜の膝に急にタマがやって来て、小さく”ニャ~”と鳴いた。


________________________



 三峯神社へは、ビアンカ一人で行く事を決めた。ビアンカの気持ちが痛い程分かる、小夜達は付いて行きたいが、笑顔で見送った。


「道は分かるでしょうか?……」


 心配顔の小夜の肩に、真桜は優しく手を置く。


「大丈夫です、道は聞けば分かりますから」


「こっそり付いて行きましょうか?」


 真顔の勇之進は、気持ちの焦りが顔に出ていた。


「それなら私も」


 直ぐに賛同する士郎を、真桜は穏やかに制した。


「私達が迷惑だなんて思ってなくても、ビアンカ様には負担になります。そっと見守ってあげましょう……」


「まあ、神社にお参りに行くだけですし」


 真桜の一言で、勇之進は急に現実的な態度になった。


「兄上。三峯神社の大口真神と言えば”狼神”なのですよ。境内で白銀の狼を見たと、周囲では評判なのです」


 呆れた様な小夜は、勇之進を諭すみたいな口調だった。だが、士郎は町で噂になってる事も気になっていた。


「大宮の付近は、最近人さらいが多く出没している様で……」


「何故最初にに言わない!」


 声を荒げた勇之進が慌てて追う支度をしようとするが、今度もまた真桜の穏やかに制された。


「まだ、真昼間ですよ。途中で馬も借りる事ですし、大丈夫ですよ」


「そうですね、昼間ですよね」


 また直ぐに方向転換した勇之進は、何度も頷いた。


「しかし、如何に昼間でもビアンカさんの様な美人なら狙われ易いし、幾ら強くても女の人だし……」


 士郎は時間の事など関係なく心から心配していたが、今度は小夜が宥めた。


「ビアンカさんの腕前、見たでしょう。女版”柏木十四郎ですよ」


「確かにな……まともに戦って勝てる者など、そうはいないか……」


 呟いた勇之進は遠ざかるビアンカの背中がなんだか、とても頼もしく見えた。


「あれ、タマちゃんがいない?」


 急に小夜が周囲を探した。今までは、確かに玄関脇の塀にいたのだ。


「タマの奴、抜け駆けか」


 明らかに人に対するみたいに、勇之進はへそを曲げた。


「抜け駆けって、猫ですよ。きっとその辺で遊んでますよ」


 呆れた様な顔の士郎は、溜息交じりに呟く。


「士郎さん、タマちゃんは普通の猫ではないのですよ。ねっ、真桜さん」


 小夜は笑いながら、真桜に同意を求めた。


「はい。神様を紹介するくらいですものね」


 笑顔の真桜に勇之進は頷きながら赤面し、士郎は勇之進の真っ赤になった顔を見て溜息を付いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ