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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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トリップ 7

 やって来たメルヴィンに、ビアンカは唖然とした。背格好や雰囲気だけでなく、顔立ちや髭の形さえもガリレウスとそっくりだったのだ。着くなりメルヴィンは、穏やかに話し掛けた。


「私は医者です……どういう具合ですか?」


「私は、別の世界から来ました……」


 ビアンカはメルヴィンの容姿に、警戒心が薄れストレートに切り出したが、メルヴィンは顔色一つ変えない。当然、小夜を筆頭に勇之進や士郎は唖然と目を見開いた。


「それでは、あなたの世界の話をして下さい」


 筆記用具を出したメルヴィンは、ビアンカの話を書き止め始めた。相槌や質問を織り交ぜながら、かなりの時間を要して聞き取りは続けられた。


 小夜達はビアンカの語る異世界が、あまり不思議ではなかった。むしろ、時代や場所が違うだけで自分達の世界とあまり変わらない感じがした。


 聞き取りが終わると、メルヴィンは優しい笑顔をビアンカに向けた。


「確実ではありませんが、あなたのいた世界は、こちら側では中世ヨーロッパと酷似しています。それより驚いたのは、私はあなたへの質問に、日本語だけでなく英語やドイツ語、スペイン語やフランス語などを織り交ぜて話しましたが、全て流暢に返されました。いったい、何ヶ国語を話せるのですか?」


「私が話せるのはフランクル語くらいです」


 ビアンカの返答に、メルヴィンは訝し気に首を傾げた。


「動物の言葉も分かるんですよ」


 嬉しそうな顔で、小夜が横から言った。メルヴィンは明らかに驚いた顔で、ビアンカを凝視した。


「本当ですか?」


「はい。でも向こうでは、そんなことはありませんでしたけど」


 ビアンカは少し照れた様に言うが、メルヴィンは目を丸くし唖然とした。


「動物達には人の様な思考形態はありますか? 知能や理性、倫理といったものは存在しますか? 損得や各種欲望はありますか?」


 唾を飛ばし、メルヴィンは興奮してまくし立てた。


「多分同じですよ、人間と……私はまだ、タマとしか話していませんが……」


 少し驚いたビアンカは、脳裏にシルフィーやアミラを想い浮かべてながら、メルヴィンの他にも驚いている勇之進や士郎を見ながら言った。


「あなたのいた場所では、他にも動物と話せる人はいましたか?」


 ビアンカのいた世界と、今のこの世界の決定的な違いを感じたメルヴィンは少し興奮気味に聞いた。


「私のいた所では、動物と話せる者は”魔法使い”と、呼ばれてました……」


 急にビアンカの声が小さくなる。敏感に感じ取ったメルヴィンが更に突っ込んだ。


「いましたか? その魔法使いは」


「……はい」


「あなたは、会った事がありますか?」


「…………はい」


 少しの沈黙の後、消えそうな声でビアンカは返事した。更に突っ込んで聞こうとしたメルヴィンだったが、ビアンカの瞳から一筋の涙が流れたのを見ると暫くそっとしておいた。


 そして、ビアンカが落ち着いた頃を見計らい、メルヴィンは切り出した。


「あなたは、呉服屋で何を見たのですか?」


 しかし、ビアンカは俯いたまま何も言わないでいた。誰もが口を開かず、空気は澱んでゆくばかりだった。


「言ってみれば、楽になるかもしれませんし、あなたが不調になった原因も分かるかもしれません」


 穏やかだが、メルヴィンの口調は凛としていた。だが、小夜はビアンカが尋問されてるみたいで、嫌な感じがした。それでも黙り込むビアンカに、小夜は優しく声を掛けた。


「別に嫌なら言わないで下さい。ビアンカさんは、悩む必要なんてないんです」


 小夜の言葉は、ビアンカを優しく包み込む。ビアンカは、まるで母親を見る様な瞳で小夜を見た。その瞳に見詰められた小夜は、胸がチクリと痛んだ。


「そうですよ、無理に話す必要はありません」


 直ぐに士郎は賛同し、勇之進はメルヴィンに告げる。


「今日は、ここまでにしましょう。ビアンカさんもお疲れのようですし」


 メルヴィンは溜息の後、聞き取った資料を大事そうに抱え帰って行った。


「大丈夫ですよ、ビアンカさんには私達が付いてますから」


 俯くビアンカに、小夜が優しく声を掛けた。顔を上げたビアンカに、小夜はまた胸が少し痛くなった。


________________________



 夜、またタマが座敷に入って来た。


「妖術使いが聞いて呆れる……ただ、アンタの傷を広げただけだ」


 明らかに不機嫌そうに、タマは尻尾を膨らませた。横になったまま、ビアンカは少し笑った。


「ありがと……私の為に怒ってくれて」


「そんなんじゃないけど……」


 照れた様に、急に後ろ足でタマは頭を掻いた。でも、きちんと座り直すと、タマは真ん丸な瞳でビアンカを見詰めた。


「どうしたいのさ? ビアンカは?」


 名前で呼ばれた事にも驚くが、タマの問いはビアンカの気持ちのド真ん中だった。ここに来た訳も、いる意味も別にどうでもいい……どうしたいか? そんな事は、一つだった。


「……帰りたい、十四郎の傍に……」


 正直に、素直に言葉がビアンカの口から洩れた。


「オイラさ、この辺りの長老猫に聞いて回ったんだ。その中で、ある情報を仕入れた。それは、大宮って場所にある三峯神社の大口真神っていう神様の事だ」


「神様……」


 深刻な顔でタマは言う。ビアンカは、少し驚いた顔でタマを見た。


「その神様は狼の神様なんだ。人の言葉を話し、人の性質を見抜いて善人には守護を、悪人には罰を与え、知恵の神とも呼ばれているんだ。きっとビアンカの力になってくれるはずだ」


「神様に会えるの?」


 素朴と言うか、当然の疑問。ビアンカは唖然と呟く。


「それは、その……」


 そこまでは考えて無いタマは、顔を赤らめた。


「ありがと、タマ」


 また礼を言うビアンカは、そっとタマを抱き上げた。


「何だよ、苦しいよ」


 抱き締めるビアンカに、言葉とは裏腹に嬉しそうにタマが言った。


「小夜も、勇之進さんも、士郎も……そして、タマも。皆、私を心配してくれる……」


 打開策が見えた訳では無いが、ビアンカのココロは穏やかな安堵感に包まれた。


_______________________



「勇之進さん、ビアンカさんの見たのは……」


 勇之進の部屋で、士郎が真剣な表情で問い掛けた。


「そうだな。彼女の視線の先には、確かに男物の紋付があった」


 勇之進は複雑な顔で、状況を思い浮かべた。男物の紋付……だが、ビアンカはこの世界に来て日が浅い、紋付とビアンカの涙の訳がどうしても結び付かなかった。


「兄上、もしかしたら……」


 小夜には思い当たる節があった。勇之進は、前々から小夜の利発さには一目置いていた、頷くと意見を促す。


「何だ? 言ってみろ」


「呉服屋の暖簾から覗いていた着物の柄は、蝶でした。そして、あの紋付の紋は”蝶”」


 ”蝶紋 ”勇之進に激震が走る。ビアンカの言う”知ってる人”と勇之進の”あの人”が急に一致した。


「確信ではないが、明日一番で行って来る」


 静かに勇之進は呟くが、士郎は話が見えない。


「何処にですか?」


「あの人の家族の所だ」


「あの人?」


 士郎は首を傾げた。


「ああ、私の恩人であり、師と仰ぐ人だ」


「それでは私もお供します。勇之進さんの師なら、私の師でもありますから」


「おいおい、あの人は今、行方知れずなんだ。会いに行くのは家族の方で……」


「ですから、勇之進さんが師と仰ぐ方のご家族の方ならお会いしたいです」


 勇之進の言葉を遮り、士郎は笑顔を向ける。訳の分からない理屈だが、士郎にも小夜に似た利発さを感じた勇之進は、仕方なく許可を出した。


「まあ、いいか。小夜、お前は……」


 小夜もまた勇之進の言葉を遮り、笑顔を向ける。その笑顔は意味有り気で、勇之進は少し赤面した。


「はい。私もご一緒したいのですが、兄上のお邪魔になるといけませんので、ビアンカさんのお傍にいます」


「お邪魔?」


 士郎がポカンと小夜を見た。


「家族の方とは、妹さんなのです。とても綺麗な人なんですよ」


 横目で勇之進の赤面顔を見ながら、小夜は悪戯っぽく笑った。


「それでは、私も留守番致します。ビアンカさんが、心配ですので」


 察しがいいと言うか、変な勘が鋭いと言うか、士郎も笑顔で勇之進を見た。


「全く……」


 溜息の勇之進は、二人に向けてぎこちない笑顔を返した。


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