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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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トリップ 5

 勇之進が駆け付けた峠では、ビアンカと子供の様な侍? が数人に取り囲まれていた。一人は倒れ完全に気絶しているが、他の男達は既に抜刀して斬り掛かる寸前だった。


 だが、勇之進は直ぐには助けに向かわず、敢えて様子を見た。


「自分の身は守りなさい。それと、殺してはだめよ」


 背中合わせになって、ビアンカは士郎に囁いた。


「分かりました……でも、日本語お上手ですね」


 刀を構えたまま、士郎は囁き返す。


「義だと、そいつは不義を犯した臆病者だ!」


 リーダー格の男は大声で怒鳴ると、斬り掛かる。素早く受けるビアンカだが、視界の隅から士郎を逃さずにいた。士郎は相手の出方を待ち、冷静に受ける事で確実に身を守る事に専念していた。


 自分の腕では身を守る事が精一杯で、とても攻撃する余裕は無い。無理して攻撃すれば、フォローしようとするビアンカに負担が掛かる。士郎は、自分の事よりもビアンカの事を優先に戦っていた。


 当然、ビアンカには士郎の意図は伝わる。士郎を守りながらの戦いは行動の制限にも成り得るが、身をわきまえた戦いをする士郎に思わず笑みを漏らした。


 だが、戦いはビアンカにとっては不利なのは変わりはない。鎧を着けた訳ではない軽装な相手では、ビアンカの諸刃剣では戦い辛い。受けるのは良いが、相手に致命傷を与えず攻撃するのは至難の業だった。


「さて、どうするのか」


 物陰から様子を窺う勇之進は、意味有り気に呟いた。


「ほう、中々やるではないか」


 振り向くと国定が腕組みしながら感心していたが、小夜は血相を変えて勇之進に叫ぶ。


「兄上! 何をしてるんですか! 早く助けに!」


「まあ、小夜、ご覧……」


 落ち着いた様子で国定は、小夜を宥める。少し落ち着いた小夜は、ビアンカの動きに目を奪われた。


「まるで……舞いの様」


 ビアンカは相手の刀を受けると同時に、蹴りを繰り出す。相手も当然、斬り込んだ後の蹴りは避ける為に、それ以上踏み込めない。確かにビアンカの動きは華麗で、動く度に眩い金色の髪が太陽を反射しながら宙を舞った。


 しかし、両側からの同時の斬り込み、小夜の心臓が凍る。ビアンカは片手剣で左の刀を受けると瞬時に鞘を抜いて、右の相手の胴を薙ぎ払った。思わず右の相手は後退るが、細い剣の鞘など破壊力は知れていた。


「そろそろじゃな」


 国定の言葉に頷いた勇之進は、間合いを見計らい刀を投げる。


「ビアンカさん! 使って下さい!」


 刀が宙を飛び、相手の男達が一瞬動きを止めた。手を伸ばし、受け取ったビアンカは迷わず自分の剣を捨て、素早くベルトに刀を差した。そして、脳裏に十四郎を思い浮かべた。


________________________



 ビアンカはゆっくりと鯉口に左手を添え、右手で柄を握る。左手親指で鍔を弾くと同時に、素早く抜刀した。初めて握る刀は思ったより重く、直ぐに左手で柄頭を持ち両手で構えた。


 木刀の時より、反った形状が気になった。軽く振ってみると、空気を切り裂く感覚が腕の中で心地よかった。だが、その重さは予想以上で、振り下ろした刀を返して連続技に持ち込もうとすると、手首や二の腕が痺れる程だった。


「こんなの自在に振るなんて……」


 ビアンカは思わず微笑む、脳裏では十四郎の笑顔がまた浮かび上がった。


「使えますか?」


 相手から視線を外さないまま、背中で士郎が聞く。


「そうね……使う」


 構え直したビアンカは、十四郎の構えや振り方を思い出す。背中で士郎が、基本的な事を呟いた。


「柄は軽く絞る様に持ち、右手人差し指は縁がねに掛け、親指は掛けません。左手は柄頭を少し余らせて持ちます。打つのではなく、斬るのです。柄を先に振り出すのではなく、切先が先の感じで……」


 士郎の言う通りに刀を持ち替えると、嘘の様に刀が軽くなる。斬り込んで来た敵の刀を受けても重さは感じず、思い通りの基線が描けた。


「やってみる……」


 呟くと同時にビアンカは前に出ると、小さ目なモーションで刀を振り下ろす。リーダー格の男がビアンカの刀を受け、顔を歪ませる。


「くっ……」


 しかし力任せに押し返すと、ビアンカは伸ばしていた腕が押し返される。その背中に、もう一人の男が斬り掛かるが、更に後ろからの士郎の一撃で倒された。


 士郎渾身の一撃は当然峰打ちで、背中越しでも気付いたビアンカの口元から笑みが零れる。


 ビアンカは一瞬押し返し、直ぐに斜めに引く。そのまま体を一回転させ、斜め方向から袈裟斬り一閃、続け様に横の男を横薙ぎにして、返す刀で後ろの男の肩先を上段から斬り裂いた。


 三人の男が、ゆっくりと倒れると、ビアンカは素早く刀を仕舞った。そして、落ちていた自分の剣を鞘に戻すと、刀と差し替えた。


「ありがとうございました」


 刀を勇之進に返すと、ビアンカは頭を下げる。


「どうでしたか? 刀は」


「いいですね……両方出来て」


「両方?」


 ビアンカの答えに小夜は疑問に思うが、勇之進は穏やかに微笑み返す。


「さて、勇之進。三日じゃ」


 何時になく穏やかな顔で様子を見ていた国定は、そう言い残し帰って行った。


「どなたですか?」


 ビアンカが背中を見送りながら首を捻る。


「ただの頑固オヤジですよ」


 勇之進は笑顔で答えた。


「助けて頂き、誠にありがとうございました」


 士郎は、ビアンカ達の話を邪魔しない様に、様子を見て礼を言った。そんな些細な気遣いは、ビアンカや勇之進を感心させた。


「どうだ? 我が道場に来ないか?」


 いきなり勇之進は士郎を誘った。


「私は……」


「兄上、この方にも都合があります」


 呆れ顔の小夜が、溜息を付く。


「見たか? 寸前で手首を返した峰打ち」


「はい……いえ、瞬間は見えませんでした」


 士郎はビアンカの凄まじい速さの動きを思い出す。


「私の道場は、人を生かす剣を教えている。まあ、私も修行しながらだが」


 士郎の脳裏には、ビアンカと”あの人”が重なった。少し考え、士郎は深々と頭を下げる。


「家族を失い、身寄りもお金もありません。下働きをさせて頂きながら、修行をさせて下さい」


 ビアンカと小夜は顔を見合わせて笑い、勇之進は笑顔で頷いた。


_____________________



 士郎を含めた四人で峠を下り、街に出た。そこで、ビアンカが急に立ち止まる。


「どうしたんですか?」


 不思議そうな顔で小夜がビアンカの顔を覗き込むと、その表情に驚いた。そこには勇ましいビアンカではなく、少女の様に頬を染めたビアンカがいた。その視線の先は、呉服屋の暖簾の奥にあった。


 小夜がビアンカの視線を探ると、そこには金襴豪華な着物があった。


「綺麗でしょ? 入ってみます?」


 小夜に促されたビアンカは、小さく頷いた。勇之進も士郎も少し戸惑うが、仕方なく付いて呉服屋の暖簾を潜った。そこには先客がいた。ビアンカの様な金髪で、少し目元のキツイ女が多くの付き人を従え着物を選んでいた。


 明らかに入って来たビアンカに、その女は視線を流す。一目でビアンカの美しさを察した女は、急に声を掛けた。


「着物って、神秘的ですよね。これは全部絹で出来ているんですよ」


「……」


 しかし、ビアンカは他の着物に見とれ、何も言わない。着物の美しさに魅了されたのは確かだが、着物の持つ雰囲気が十四郎の雰囲気と重なり思考は停止状態から、混乱へと変貌していた。


「英語、分かります? もしかして、フランスの方?」


 女は更に聞くが、ビアンカは視線を向けようともしない。ビアンカは見付けてしまったのだった。懐かしくて、愛しくて、体が震える程の”証”を。


「ビアンカさん、何か聞かれてますよ」


 まずい雰囲気を察した小夜が、間に入るがビアンカは一点を見詰めていた。それは、店の一番奥の男物の紋付だった。その紋は蝶の柄で、見詰めていたビアンカの瞳からは一粒の涙がこぼれた。


「ビアンカさん……」


 驚いた小夜は茫然とするが、急にビアンカは店を飛び出した。


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