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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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トリップ 3

「速い!」


 口には出したが、ビアンカには勇之進の剣筋が見えた。下方から受け流すと、予想通り斜め上から勇之進の木刀が迫った。ビカンカは素早く距離を詰め、剣筋の内側に入ると柄の部分で腹を突いた。


 しかし瞬時に身を翻し、勇之進は後方へ下がった。


「その技は……」


 少し驚いた様に、勇之進の唇が動く。そして、木刀を握り直すと正眼の構えを取った。その刹那ビアンカが上段から打ち込む、勇之進は素早く後方に下がり防御の態勢を取るが、ビアンカの木刀が寸前の差で、肩口に一撃を与えた。


「まだ、浅い!」


 勇之進は叫ぶが、見逃していなかった。ビアンカは打ち込む瞬間、素早く柄を回転させ峰打ちの態勢を取っていたのだ。勇之進は痛みで顔を歪めるが、口元は薄笑みを浮かべていた。


「こちらも本気で行きましょう」


 勇之進は一度距離を取ると上段に構え、一旦静止すると渾身の速さで打ち込んだ。


「見える!」


 ビアンカには勇之進の剣筋が見えた。糸を引く様に勇之進の木刀が次に何処を襲うかが、視界に飛び込む。受ける場所、タイミング、次の行動が手に取る様に分かった。


 瞬きの瞬間、ビアンカの脳裏には戦う十四郎の姿がリフレインする。体の中に熱いモノが流れる感覚は、眩しい太陽みたいに優しくビアンカを包み込んだ。自然と体が反応する、木刀を持つ掌から先にも神経が通う。


 上段で受けた木刀を一瞬そのままの態勢で保持、次の瞬間に勇之進の力を受け流し、体制が崩れた所に袈裟切りで打ち込む。勇之進は木刀の根元で受け、足元を踏ん張るとビアンカの木刀を押し返す。


 流石に体力差が押す力に出て、ビアンカは押し戻された。体が一瞬浮いた、そこを見逃さず勇之進は素早い突きを繰り出した。


 だが、勇之進の剣先は宙を突いた。咄嗟に身を屈めたビアンカは、横薙ぎで勇之進の胴を打った。今度は完全に決まり、勇之進のは脇腹を抑えうずくまった。


「兄上!」


 駆け付けた小夜が心配そうに覗き込むが、勇之進はその手をそっと払うとビアンカに正対した。


「その技は何処で?」


「別に教えられた訳ではありません」


 ビアンカの脳裏には、優しく微笑む十四郎の顔が浮かんでいた。


_________________________



「参りました……騎士と言うのは、たいしたものですね」


 縁側に座った勇之進は、少し照れた様に頭を掻いた。


「いえ、私はまだ……実戦も、ほんの少し前に経験したばかりです」


 遠い青空を見詰めたビアンカは、その先に視線を向けた。


「私は今まで、実戦を想定した”殺人剣術”を教えてきました」


 急に声のトーンを落とし、勇之進は話し出した。殺人剣術……確かに騎士の鍛錬も、突き詰めれば人を殺す為の練習だと、ビアンカは思った。


「ご存知だと思いますが、この国では少し前に大きな戦がありました。私も平等で平和な世を作る為に戦いました」


 ビアンカは十四郎に聞いた戦いだと、直ぐに分かり相槌をうった。勇之進は、糸を紡ぐ様に話を続けた。


「そこで私は、ある男に出会いました。彼は桁外れに強く、まさに無敵でしたが大きな欠点があったのです……それは、優し過ぎる事。彼は、戦いの中で敵を殺す事をしませんでした。打ち倒し、気絶させるだけ……味方からは批判もありました。でも、彼は信念を曲げずに、敵を殺す事はしませんでした。しかし、ある日……彼に見逃され傷の癒えた多くの敵が、味方に甚大な被害を与えました……どうしてだと、思いますか?」


「分かりません……」


 勇之進の問いに、ビアンカは答えらえなかった。その強くて優しい男が、十四郎と重なり思考が停滞していたから。


「戦で戦う事は”死”を覚悟する事。敗北は即ち”死”なのです……見逃され、命を拾った敵は、一度は死んだはずなのです……一度は無くなった命……もう、彼らには恐怖はなかったのです」


「……」


 ビアンカにも、その状況は容易に想像出来たが、なんと言っていいか分からずに言葉を失った。


「彼は多くの味方から非難されました……”味方を殺したのは敵ではなく、お前だ”と。彼には二つの道しかありませんでした……逃げ出すか、戦って敵を殺すか」


「彼は、どちらを選んだのですか?」


 少し体が震えた。しかし、ビアンカは結末を知りたいと思った。


「彼が戦うのには理由がありました。それは皆と同じ、平等で平和な世を作る為です……それからの彼は、まさに鬼神でした。やがて戦いが終わり、平和な世の中が訪れると、彼は味方からは英雄と湛えられ、敵からは死神と罵られたのです」


 勇之進の言葉は、とても悲しくて切なかった。


「その彼は今、どこに?」


 正直に、ビアンカは会ってみたいと思った。


「最近までは、この近くに居たのですが、今は行方不明です」


「そうですか……」


 ビアンカはは少し落胆して、声を落とした。


「すみません、こんな話をして……ですが、ビアンカさんの戦い方が、なんとなく彼に似ていて……」


「私が?」


「はい。あれは敵を殺すのではない戦い方。私が憧れた、戦い方に似てました……私は、戦いが終わり、道場を再開する時に、決めたのです。彼の様になりたい、と……おかげで、誰にも相手にされず、道場はこの有様なんですが」


 照れた様に勇之進は、頭を掻いた。


「どうして、憧れたのですか?」


 素朴な疑問だった。ビアンカもまた十四郎の戦い方に憧れたが、口ではうまく説明できなかったから。


「命の遣り取りと言う極限の中で、相手を思う気持ち……腰抜けだの、偽善だの……現実逃避だの、色々意見はあるでしょうけど。私は、思いました……強さとは何か? 味方も敵も全てを守る、それこそが本当の強さではないかと」


「全てを、守る……」


 呟いたビアンカの脳裏に、十四郎の戦いがフラッシュバックした。


「それは本当に難しい事だと思います……確かに矛盾だとは思います、が」


 勇之進は自分に、言い聞かせる様に呟いた。


「……私の知っている人も、お話の人の様に戦っていました。騎士の戦いは命の遣り取り、敵を殺さない戦いなど、初めて経験しました。最初は、戸惑いました……今までの全てを否定された気がしました。ですが、次第に彼の様に戦いたいと思うようになり、その人の戦いを手本に鍛錬して来ました」


「どこの国にも、いるんですね」


 勇之進は、感慨深げに呟いた。ビアンカは勇之進の話の中で”彼”と十四郎が、同一人物だと確信した。だが、敢えて勇之進には言わなかった……言ってしまえば、十四郎に二度と会えない様な気がして。


_________________________



「ビアンカさん、町を案内します」


 昼食の後、嬉しそうな顔で小夜がビアンカの手を引いた。


「はい、よろしくお願いします」


 ビアンカの中では焦りにも似た思考の混乱は続いていたが、気分転換も必要だと小夜の笑顔に思った。


「兄上もご一緒にいかがですか?」


 気を利かせたのか小夜は勇之進も一緒にと誘うが、勇之進は曖昧な笑顔を向けた。


「私はヤボ用で、国定殿の所へ」


 勇之進はそう言い残すと先に家を出て行き、仕方なく二人は町に出た。初めて見る異国、実際は前日に体験済みだが、昨日はゆっくり感慨に浸る余裕なんてなかった。


「町に活気がありますね」


 ビアンカが一番驚いたのは、商店の多さだった。モネコストロにも商店はあったが、それは王都に集中し、少し離れた町では最低限しか存在しなかった。しかも、王都でさえこの町の賑やかに比べれば田舎同然だった。


「ここは、この国で一番の都なんですか?」


「はい。ですが中心部の町は、もっと賑やかですよ」


 小夜の返答にビアンカは唖然とした。ここより賑やかな町など、想像さえ出来なかった。見る物全てが驚きであり、何の商店か小夜に聞く度に、何度もビアンカは驚いた。


 だが、近くで数人の男が言い合っているのを目撃すると、ビアンカの優しい瞳が鋭い光を放った。


「ビアンカさん……」


 心配そうな小夜を残し、ビアンカは男達の方に歩いて行った。


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