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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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トリップ 1

 三日経っても十四郎は起きなかった。付きっ切りで寄り添うビアンカにも、疲労が見え始めていた。否、ミランダ砦の戦いからビアンカは、まともに休んではなくて精神力だけで十四郎を見守っていた。


「十四郎殿は、そのうち目覚める。お前も、少しは寝なさい」


 心配顔のガリレウスが、優しくビアンカに声を掛けた。


「私は大丈夫です……」


 振り向いたビアンカは、力なく笑った。


「そうか……」


 微笑み返したガリレウスが部屋を出ようとした時、その大きな背中にビアンカが震える声で問い掛けた。


「どうして十四郎は起きないの? おじい様」


 ゆっくりと振り向き近くに来たガリレウスは、そっとビアンカの傍に座り十四郎の顔を見詰めた。


「お前も聞いたであろう……十四郎殿は、前の”世界”で平等で平和な世の中を作る為に戦った、と。そこでは否応無しに、多くの人を殺めた……戦いに勝利し、望む世界を手に入れて思うのは何と思う? それは自分の罪への後悔じゃよ。どんな大義名分も、人を殺めてよい理由になどならない……人を救い、守ったとしても、その為に人を殺めれば、それは”罪”なのじゃ」


「でも、そうしなければ、大切な人を守れない……」


「そうじゃな……じゃが、目前の脅威に何もしないのも、罪なのじゃ……生きるとは”罪”を犯す事、罪を乗り越え前に進む事じゃ」


「十四郎なら出来る、と?」


「勿論じゃ……十四郎殿は一度実現した望む世界から、この乱世の世界に来たのじゃ。また、同じ罪を繰り返す事に、優しい十四郎殿のココロは疲れきってしまったのじゃろう」


 ガリレウスは何度も”世界”と言う言葉を使うが、その意味は今のビアンカには響かない。


「十四郎……」


 改めてビアンカは、泣きそうな顔で十四郎を見た。


「よいかビアンカ。罪など忘れ、平気でいる事が強いと言う訳ではない。本当に強い者は、罪を受け止め後悔や反省が出来る者じゃ……それが、十四郎殿じゃ」


「……」


 ガリレウスの言う”強い”と言う事が、ビアンカには分かった。それは、十四郎の存在自体だったから。


「……十四郎、どうして”ここ”に来たの?」


 眠る十四郎に、そっとビアンカは問い掛けた。その問いの意味は、ガリレウスを少し不安にするが、問いの答えは分かる気がした。


 ”魔法使いが現れる時、新しい世界が始まる”ガリレウスは心の中で呟いた。そして、新しい世界は、きっと人々にとって幸せな世界だろうと安らかな十四郎の寝顔に思った。


「さあ、顔でも洗って気分転換に散歩でもして来なさい。そんな顔じゃ、十四郎殿が目覚めた時に笑われるぞ」


 確かに泣き腫らし、寝てない自分の顔を想像したビアンカは顔を赤らめた。


______________________



 ビアンカは、顔を洗い服を着替えると近くの小川に向かった。降り注ぐ太陽が、寝不足の網膜を刺激し、軽い痛みを伴う。そして、前に聞いた十四郎の言葉を思い出した。


『小川の近くで、その、ウトウトしてたんです。そして気が付くと、ここにいました』


 照れ笑いする、眩しい笑顔が脳裏に浮かんだ瞬間……ビアンカは、そっと眠りに落ちた。


______________________



 目覚めたビアンカは、周囲が夕方のオレンジ色に染まっている事に少し後悔した。寝ている間に、十四郎が意識を取り戻していたら? 考えただけで、気持ちは沸騰した。


 慌てて起き上がると、服に付いた草を掃うのも忘れ、ビアンカは茫然とした。


 目の前の小川は、大きな川となり木製の見た事も無い橋が架かっていた。その先には見た事も無い服を着た人達が、ビアンカの方を唖然とした表情で見ていた。思考は混乱した、事態が全く把握出来なかった。


「ここは何処なの?……」


 茫然と呟く。今のビアンアカに出来るのは、それだけだった。


「あれ?……」


 暫くしてビアンカの思考が、やっと動き出した。それは人混みの中に、見覚えのある服装を見た時だった。それは紛れも無い十四郎の服装、”着物”だった。


 そして、落ち着いて観察すると、人々は一応に黒い髪と瞳で、ビアンカは不思議な安らぎに包まれていた。


 しかし、その安堵感も束の間、一人の女の容姿はビアンカを戦慄させた。緑の黒髪、涼しい目元、小さな唇……怒りにも似た感情が爆発しそうになる。立ち上がったビアンカは、剣に手を掛け睨むが、女は何事も無かった様に微笑んだ。


 その微笑みには微塵の敵意も悪意も感じられず、ビアンカは大きな溜息を付いた。


「他人の空似か……」


 一気に気持ちが冷えると、今度はまたビアンカの心拍が急上昇した。それは確かに、メグの家にいた猫だった。毛並みも大きさも、記憶の猫と完全に一致し思わず手を伸ばした。


 しかし、猫は怯えた様に後退りすると、走り出す。考える前にビアンカは追うが、直ぐ先で一人の少女が猫を抱き抱えた。


「うちの猫に何か御用ですか?」


 メグと同じ位だろうか、眉の辺りでで切り揃えたセミロングの綺麗な黒髪、大きな黒い瞳、美しいピンク色の花模様の着物、何よりその声はそよ風の様に可愛かった。


「いえ、その、知ってる猫に似てたから」


 少し照れた様に、ビアンカは呟いた。


「何処のお国の方ですか? 日本語が大変お上手ですね」


 少女の大人びた丁寧な言葉遣いに感動するが、言葉の意味には? マークが点灯した。だが、取り敢えず背筋を伸ばし、ビアンカは明るく挨拶した。


「私はモネコストロ王国、近衛騎士団のビアンカ:マリア:スフォルッアです」


「ご丁寧にありがとうございます。私は藍原小夜と申します」


 きちんと礼をする小夜に微笑みが漏れるが、ビアンカは肝心の事を聞いてみた。


「ところで、ここは何処なのですか?」


「はい? 荒川ですけど」


 キョトンと聞き返す小夜に、ビアンカは更に続ける。


「何処のですか?」


「江戸ですけど」


「エド……」


「あっ、ごめんない。今は東京でした」


 小夜は照れた様に言い直すが、聞き覚えが確かにあった。胸が急に苦しくなり、呼吸が早くなる。


「大丈夫? 異国の人。何だが苦しそうだね」


「へっ?」


 ふいのボーイソプラノは、確かに小夜に抱かれている猫だった。


「私の言葉が分かるの?」


「それはこっちのセリフだよ。オイラ、タマ。よろしくね」


「えっ、はぁ……」


 頷いてはみるが、変な感じでビアンカは思考を混乱させた。だが、一瞬の間を置いて、十四郎の事が蘇る。自分は、今、動物の言葉が分かる……十四郎と同じだ、と。思考は更に混乱し、ビアンカはその場にヘナヘナと座り込んでしまった。


「大丈夫ですか? 家はすぐ近くなんです。よろしければ、少しお休み下さい」


 驚いて駆け寄る小夜は、心配そうにビアンカを覗き込んだ。思考の停止した、ビアンカは力なく頷くしか出来なかった。


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