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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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優しい怪物

 十四郎に敵兵が迫る。しかし、目前で敵兵は砕けて散った。


「あいつの言う通りだ。素手でどうする?」


 呆れた様なローボは、破邪の刀を咥えていた。受け取った十四郎は、まだ多く残る周囲の敵兵を睨んだ。


「すみません……つい」


「言った言葉に責任を持て……お前の言葉に従い、皆は戦っている」


 視線を強めたローボは呟く、十四郎は深々と頭を下げた。そして、刀を構え直すと敵兵に向かおうとするが、鬼神の様な表情のアインスが立ち塞がった。


「いいかげんにしてよ……あなたの相手は僕なんですよ」


 その打ち込みは、更に速度を増していた。肉眼では確認出来ない程の速さは、遠目には剣を持ってない様に見える。だが、十四郎が何もない空間に、刀をかざすと激しい火花を散らしたアインスの剣が現れた。


「十四郎様は見えてるのか?」


 唖然と呟くツヴァイに、また敵兵が向かい、十四郎の視線が吸い寄せられた瞬間、ローボの叫びが炸裂した。


「もういい! 三人は任せろ!」


「お願いします」


 その声に答え小さく礼をする十四郎に、またアインスの剣が襲い掛かる。下から受け流し、そのまま突く。そして瞬時に引き、更に超速の突きを繰り出した。言葉には出来るが、その速さは見る事が出来ない位の凄まじさだった。


 流石のアインスも寸前で躱すのが精いっぱいで、一旦距離を取った。十四郎は素早く刀を仕舞い、姿勢を低くして抜刀の構えを取る。


「失礼しました……参ります」


 一度礼をした十四郎は、アインスを見据えた。折れてない方の剣なら、踏込が浅くとも今度は確実に届く。それなら、相手より速く打ち込むしかない。アインスは、さっきの横薙ぎをリフレインして、イメージを構築した。


「まいったな……」


 だが、どうイメージしても思い浮かぶのは腹を斬られている自分で、気付かないうちに剣を持つ手が汗で濡れていた。アインスはピシャリと自分の頬を打つ、軽い痛みは昂る精神を鎮めた。


 十四郎は既に二十人以上倒している。どう考えても、体力は相当消耗しているはず。アインスは目配せすると、そっと腰の短剣に触れる。それは合図となり、四方から敵兵が十四郎に襲い掛かる。


 マカラに毒された者には”恐れ”など存在しない。目前の神業を超えた十四郎の戦闘も、躊躇の理由にはならず、一目散に押し寄せる。アインスはその突進の陰から十四郎を狙った。渾身の突きは、一人の兵の背中を貫通して十四郎に迫る。


 しかし、人を盾にする戦法には欠点があった。普通の人なら十四郎は間違いなく、躊躇していただろうが、マカラに毒された人は、最早人ではなかった。しかも人が壁になり、アインスの視界を妨げた。


 手応えが無い! そう思った瞬間、視野の片隅に映る十四郎の影が超速で迫る。咄嗟に刺した剣を抜き防御の態勢を取るが、十四郎の刀は軌道さえ見せずにアインスの肩を強打した。


 鎖骨の折れた痛みが、脳天を突く。二の太刀は確実にアインスの頭上に迫る! アインスは素早く腰の短剣を抜き、十四郎の斜め横のツヴァイに投げた。疲弊したツヴァイは避けるのは困難で、短剣を防ぐには再度剣を投げるしかない。


「ちっ!」


 ローボはゼクスとノインツェーンに襲い掛かる敵兵に対峙していて、ツヴァイへの対処が遅れる。瞬きの瞬間、アインスは勝利を確信する。剣を投げ、無手になった十四郎を袈裟切りで仕留める。


 初太刀を避けても、波状攻撃で少なくとも傷は負わせる! アインスは十四郎に渾身の最速剣を振り下ろすが、同時に視界に入るのは自らの短剣が地面に突き刺さる場面だった。次の瞬間に十四郎がアインスの剣を真面に受けると、火花を散らしてアインスの剣は砕け散った。


 間髪入れない神速、十四郎はアインスを袈裟切りにした……薄れゆく意識の彼方に、アインスは短剣の傍に落ちている刀の鞘を見付けた。


 十四郎がアインスの攻撃を最初に躱してから、アインスが倒れるまでの時間……それは、目を見開くツヴァイの表情が物語っていた。


「何が起きたんだ……」


 ツヴァイは唖然と呟くが、ローボでさえ目を疑った。


「瞬間の間に……あんな動きが出来るのか……」


 驚くのはまだ早かった。十四郎はアインスを倒した後に踵を返し、走りながら次々と敵兵を倒した。傍から見ている分には、十四郎がすれ違うだけで敵兵は血飛沫を上げ絶命していた。


「怪物……」


 呟くツヴァイは体の震えが止まらなかった。だが、肩に置かれたゼクスの手が、ツヴァイを現実に引き戻す。


「確かに、本物の怪物だな……アインスが、ただの子供に見える」


「でもさ、優しい怪物だね」


 振り返ると、ノインツェーンが穏やかに笑っていた。


「そうだな……」


 自らを省みず自分達を救った怪物に、ツヴァイもそっと笑みを漏らした。


「父上!」


 そこにルーが到着した。


「敵を殲滅しろ! これ以上十四郎に殺させるなっ!」


 ローボは叫ぶと、残る敵兵に向かう。横目で見た十四郎の表情は、悲しみを通り過ごし、死人の様に血の気が無かった。


 ほんの数分で、周囲に動く敵兵の姿はなかった。ツヴァイはヨロヨロと、アインスの元に行くと、目を疑った。確かに斬ったはずだが傷などは皆無で、気を失ってるだけの姿がそこにあった。


 止めを刺そうとするツヴァイの腕を、誰かが取る。振り向くと、泣きそうな顔の十四郎がいた。


「今、殺さないと、こいつは何度でも襲って来ます」


「ならば、何度でも、打倒すまでです」


 ツヴァイはそれでも止めを刺そうと剣を振り上げるが、十四郎は途切れながら言葉を揺らした。


「何度、でも?……」


「はい」


 小さく頷く十四郎の瞳は真っ直ぐで、ツヴァイを揺り動かす。そこにノインツェーンが割って入り、剣を振りかざす。


「十四郎様の為なのよっ!」


「もういい」


 ゼクスが穏やかに言って、ノインツェーン腕を取った。そして、ノインツェーンが振り向くと、十四郎はゆっくりと地面に倒れた。


_____________________________



 塔を出ると直ぐにシルフィーが駆けて来た。抱き締めたビアンカは、優しく首筋を撫ぜる。


「ごめんね、シルフィー……心配かけて」


 鼻を鳴らすシルフィーは、嬉しさで胸が張り裂けそうだった。


「よかったね、シルフィー」


 アルフィンは寄り添い、微笑んだ。


「周囲に敵はいない。後は、中庭の十四郎だ」


 リルの言葉にビアンカの胸は締め付けられ、思わず声が出た。


「中庭はどこ!」


「こちらです。フォトナー殿は先に行かれました」


 直ぐにココが先導する。だが、走り去るビアンカの背中の背中に目を背け、リズは立ち止まったままだった。


「行かないのか?」


 そっと近づいたリルが、消えそうな声で囁いた。リズは振り返らず、背中で呟く。


「いいの……あなたこそ、行かなくていいの?」


 リズは反対に聞き返すが、リルも俯いたまま静かに言った。


「いい……見たくないから」


「正直ね……」


 口元は少し笑ったが、リズの瞳からは小さな涙が一筋流れた。


__________________________



 もうすぐ会える。十四郎の笑顔や声が脳裏を駆け巡り、先を走るココの背中を一瞬で越え想いは空を駆け抜けた。


 だが、中庭に着いたビアンカの瞳には夥しい死体も、一面の血の跡も目に入らない。そこで立っている十四郎の姿が幻の様に消え、夢から醒めた様に視界に映るのは、ツヴァイ達に取り囲まれ横たわる姿だけだった。


 血が凍る……実感も湧かず呼吸さえ忘れ、時が止まった。


「ビアンカ様! 十四郎様は無事です!」


 いち早く駆け付けた、ココの叫びがビアンカを救った。一気に血液が循環し始める、涙が洪水の様に流れる。走る脚がもどかしい、手を伸ばせば届きそうな距離が永遠に感じた。


 膝から崩れ落ちたビアンカは、十四郎に触れる事さえ出来なかった。無事だと言われても、横たわる姿は、巨大な呵責となってビアンカを追い詰める。


「私のせいで……」


 涙で言葉が詰まる、苦しくて息さえ出来なかった。


『十四郎は、お前を後悔させる為に来たのではない』


 遠く蜃気楼の様な声に振り向くと、ローボが去って行く所だった。


「お怪我はありませんが……きっと、お疲れになったのでしょう」


 眠る様な十四郎に、ツヴァイは静かに言った。


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