怪物の城
半分崩れた巨大な木製の門は、魔界の入り口の様に誘っていた。立ち止まったローボは、振り返ると十四郎に告げた。
「ルーの報告にあった人数の殆どが中庭にいる」
「それは都合がいいですね」
平然と言う十四郎に、溜息交じりのローボが首を振った。
「この人数で行くんだぞ」
「はい、ですから折れた刀も持って来ました」
腰に携えた二本差しを、十四郎は笑いながらローボに見せた。その合間、急にツヴァイ達が門を目掛けて走り出した。
「血路を開きます!」
剣を抜きながらツヴァイは叫び、ゼクスもノインツェーンも後に続く。
「十四郎走れ!」
素早くローボが反応し、十四郎も刀に手を添え後に続いた。薄暗い門を抜けると、広い中庭が視界に飛び込み、同時に周囲を覆う敵兵が見えた。その眼は赤く充血し、半開きの口からは涎を垂れ流していた。
「ツヴァイ殿! マカラだっ!」
十四郎の叫びがツヴァイの背中に激突するが、勢いの付いた突進は止まらない。あっと言う間に四方からの敵に囲まれ、混戦状態になった。
ツヴァイは目前の敵を一刀両断に斬り捨てるが、肩口から噴水の様に血飛沫を上げながらも敵兵は、表情一つ変えずに尚も斬りかかって来る。
「首を落とすか! 心臓を突くかですっ!」
十四郎の声と同時にツヴァイは敵兵の胸を一撃で突く、鎧の上からでも貫通させる一撃で敵兵は倒れるが、息を付く暇も無く次の敵兵が襲い掛かって来る。流石のツヴァイも数分で剣が石の様に重くなり、体中の関節が悲鳴を上げるが気力を振り絞り目前の敵を倒して行った。
「下がれ! お前では心臓は突けない!」
ゼクスの叫びがノインツェーンを殴打する。普通なら致命傷の一撃さえ平気で向かって来る敵兵に、ノインツェーンは苦戦していた。一人を倒すのにも相当な時間を要し、疲労は比例して行った。
やっと二人目を倒した時には、ノインツェーンの腕は上がらない程に疲弊し、振り乱した髪は敵の血で染まっていた。その背中をゼクスが支え、耳元で強く言った。
「お前が足を止めろ。私が心臓を突く」
「分かった」
戦いを分担する事でノインツェーンの疲労は軽減され、同時にゼクスにも余裕は生まれる。しかし、圧倒的な数の前では焼け石に水だった。ほんの短い時間で倒せたのは数人、息を弾ませたゼクスに、ノインツェーンが声を掛けた。
「情けない、こんなにも自分が弱いなんて……」
「そうだな、私も自分の弱さを痛感する」
乱れる息でゼクスが答えた瞬間、数人の敵兵が一気に迫った。二人は静かに目を閉じる、その刹那! 敵兵の倒れる気配して、そっと目を開いた。そこには銀色に輝く狼が、口元から血を滴らせ、二人を睨んでいた。
『お前達、もう諦めるのか?』
そう聞こえた気がした。そしてローボは振り返り、そこには戦う十四郎の姿があった。
________________________________
突進して来る二人の敵兵、振り上げられた剣を最小限で躱すと、十四郎は破邪の刀を抜刀する。鞘から滑り出る滑らかさ、空気さえ切り裂く振り出しのキレ、切先が触れる感覚も無いのに二人の兵士の首が飛んだ。
直ぐ様振り返り、横一線の振りは三人の兵士の胴を真っ二つにして、返す刀で更に二人を袈裟切りにした。その、あまりの切れ味にゼクスとノインツェーンは言葉を失うが、マカラで恐怖を感じなくなった兵は、更に数を増して押し寄せる。
「呑まれるな、その剣は血を求めている」
素早く十四郎の足元に来たローボが背中で言った。その言葉は、急に十四郎を現実に引き戻した。急に恐怖が訪れる、人を斬る手応えが、まるで空気を斬ったみたいに軽く手の中に残っていた。
「私は……」
「マカラに毒された兵だ、どの道助からない」
「……」
十四郎は言葉を失うが、ローボは容赦なく続けた。
「迷えば、三人は死ねぞ」
ローボが指し示す方向には、明らかに消耗しながらも戦い続けるツヴァイ達の姿があった。
「……はい」
小さく返事した十四郎は、刀の血糊を掃うと目前の敵兵に向かう。迷いが無いと言えば嘘になる、言い訳や正直な胸の内を十四郎は封印した。
”三人を死なせない”それだけを考え、十四郎は刀を振るった。
______________________________
ツヴァイの疲れは頂点に達し様としていたが、敵兵の彼方に微笑むアインスを見付けると疲れなど吹き飛んだ。自分でも驚く程の力が湧き出し、アインスに突進した。
「アインスっ!」
振り上げた剣は、真っ直ぐアインスの頭上に振り下ろされるが、微笑みを残したままアインスは簡単に下がって避ける。一瞬、前のめりになるとアインスは超速で近付き、ツヴァイに顔を寄せた。
「見た? 魔法使い。凄いね、野菜か何かみたいに斬るんだ。人が真っ二つになるとこなんて、初めて見たよ」
天使の微笑み、その笑顔にツヴァイは背筋が凍った。しかし、剣を翻し渾身の横薙ぎでアインスに斬りつける。
「ほう、何か速くなってない?」
渾身の一振りさえ簡単に躱すと、アインスは無邪気にツヴァイを褒めた。
「速さも、剣の腕も私が上だ!」
叫んだツヴァイは更に速度を上げ、剣を振るう。しかし、剣さえ抜かないアインスは体を捻る最小限の動きだけでツヴァイの攻撃を簡単に躱した。
当然、ツヴァイには焦りが出る、今までアインスに負けたのは、卑怯な戦法や事前の工作であり、真剣勝負では負けない自負があったからだ。
「何だ、知らなかった? 気付かなかった? 僕、ツヴァイと戦う時、物凄く手を抜いていたんだよ。何? 本気で自分の方が強いと思ってたの?」
アインスは呆れ顔で、ツヴァイを蔑んだ。怒りがツヴァイを支配する、力任せの剣は速さや正確さが鈍り、空振りを繰り返すだけで、ツヴァイの体力を急激に消耗させた。
「奴の手だっ! 挑発に乗るなっ!」
自分も精一杯なのにゼクスは叫び、ノインツェーンも声を枯らした。
「消耗させるのが狙いよっ! 落ち着けばあなたの方が強い!」
二人の声はツヴァイに力を与えた。一旦引くと呼吸を整え、ツヴァイは剣を構え直した。
「やだなぁ、本気にしたの?」
首を傾げ苦笑いのアインスは、ゆっくりと剣を抜いた。
「試してみるか?」
摺り足で体制を整え、万全の構えでツヴァイは囁いた。
「そうだね……」
少し俯いたアインスは口角を上げると、一気に斬り掛かる。片腕だけの斬り込み、速いが十分に受けられる。下から弾き返し、剣が浮いた所を突く! 瞬時にシュミレートしたツヴァイはアインスの剣を受けるが、その剣は金棒の様に重かった。
「何っ!」
弾かれたのはツヴァイの剣で、同時に前蹴りを喰らい、そのまま後方に吹き飛ばされた。腰を強打したが、剣を杖になんとか起き上がると目前にアインスが笑いながら立っていた。
「何か、面倒になった。死ね」
アインスは剣を振り下ろす! 杖にした剣では受ける事もままならず、激痛の癒えない体は避ける事さえ放棄していた。
「ツヴァイ!!」
ゼクスの声が遠くに聞こえ、ツヴァイは目を閉じた。




