真意
「七子様、御仕度を」
アインスが部屋を出て行くと直ぐに、ドライが告げた。
「何処に、だ?」
怪訝そうな顔で七子はドライを見た。
「先程、見張りより、狼の存在を確認したと連絡がありました」
「狼だと?」
七子は直ぐにローボの事が頭に浮んだ。確かに神獣と言われるだけの事はあり、盗賊の洞窟で遭遇した際には不思議な威圧感を感じていた。
「普通の狼ではありません。明らかに様子を窺うフシがある様です」
「ローボか?」
表情を曇らせ、七子は呟いた。
「はい。魔法使いは危険ですが、ローボは更に危険です」
「たかが狼だ」
明らかな不満顔で七子は吐き捨てるが、ドライは平身低頭で告げた。
「ただの狼ではありません……”神”です。その神が魔法使いに味方してる事は脅威なのです」
「”神”……か」
溜息と共に七子は呟いた。
「ローボは気付いています。七子様を亡き者にすれば、全て解決だと……現在の戦力では、七子様をお守りするのは困難です」
十四郎はビアンカ救出に焦点を向けるだろうが、ローボが自分の命を狙う事は予想出来る。しかも、ドライの言う通り戦力は明らかに不足していた。
そして、ドライは深刻な顔で続けた。
「幸いローボは魔法使いと行動を共にし、まだ到着していません」
少し考えた後、七子は立ち上がった。
「一度、戻る」
「御意」
直ぐにドライは従った。そして、広間を抜ける際にアインスに告げた。
「七子様は一度戻る。お前は仕事を済ませたら、直ぐに合流しろ」
「何だ、見て行かないの?」
残念そうにアインスは言うが、ドライは言葉を続けた。
「七子様の護衛は、私だけでは心許ない。急げよ」
ドライの言葉にアインスは笑顔になった。ドライの人心掌握術に七子は笑みを漏らすが、内心は複雑な気持ちが揺らいでいた。
「分かった、直ぐに終わらせる」
そして、アインスの無邪気な笑顔も、七子を不安に似た感情の揺らぎに導いた。
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「様子が変だな」
城の近くで、急にローボが呟いた。取りあえず、近くの森で一行は作戦を練った。
「敵兵は数十人、女騎士は無事です。場所は城の奥、塔の最上階です」
直ぐに合流したルーが、ローボに報告した。十四郎は他の者に通訳した後、ローボに問い掛ける。
「ローボ殿、先程の”変”と言うのは?」
「女魔法使いの気配が無い。あるのは無邪気な”悪意”だけだ」
首を捻ったローボは、遠く城を見た。
「ビアンカ殿が無事なら問題ありません。直ぐに行きましょう」
十四郎の言葉を制し、ローボは更に訝しげな表情になった。
「待て。悪意が十四郎に向いていない……そこが引っ掛かる」
確かに七子の標的は十四郎であり、例えその場に居なくても目標は変わらないはずだった。
「その悪意は何処に向いているのですか?」
「あそこだ」
十四郎の問いに、ローボはツヴァイ達三人を指した。
「まさか……」
嫌な予感が十四郎を包む。
「どうやら、アルマンニの魔法使いは一筋縄ではいかない様だ。側近もかなりの知恵者が居る」
「知恵者?」
首を傾げる十四郎に、ローボは少し笑った。
「魔法使いの目的は何だ? お前の大切な者を奪い、絶望と悲しみを与え、最後はお前を殺す事……だが、人質を放置して姿を消す。更にはお前を放って、他の者を目標とする」
「意図は何なのでしょうか?」
確かに合点がいかない、十四郎はローボを見詰めた。
「意図? そうだな、お前への復讐は次いでになったのさ」
ローボは全てを読んでいた。だが、わざと足らない様に濁した言葉も、十四郎を惑わせる事はなかった。
「分かりました。リズ殿、フォトナー殿達と一緒に城の塔を目指して下さい。ビアンカ殿はそこです。ココ殿、リル殿、護衛をお願いします」
「十四郎様は?」
「十四郎は?」
リズとリルが同時に声を上げた。
「私は正面から行きます。ツヴァイ殿達と一緒に」
二人は一瞬、顔を見合わせるがリズは決意の表情で頷いた。しかし、リルは強く十四郎を睨む。
「十四郎と行く!」
「私の一番の目的は、無事にビアンカ殿を助け出す事。リル殿、お願い致します」
穏やかな声で、十四郎は頭を下げた。一番の目的、十四郎の望み、頭を下げる十四郎の悲しげな顔は、リルの胸に突き刺さる。
「……分かった」
暫くの沈黙の後、リルは小さな声で言った。
「私はどうすればいい?」
様子を見ていたローボが、ニヤりと笑った。
「ローボ殿は、リズ殿達をお守り下さい」
「ルー! 女騎士を助けに行け。私は十四郎と行く」
十四郎の願いを、ローボは簡単に拒否しルーに命じた。苦笑いの十四郎は、ローボを見た。
「ローボ殿……」
「お前と居た方が、面白そうだからな」
ニヤりとローボは笑うが、その横ではシルフィーとアルフィンが不満そうに、頬を膨らませていた。
「私達は?」
二人? は声を重ねて十四郎を睨んだ。
「お二人はビアンカ殿の元へ」
「分かりました!」
「任せて!」
シルフィーは小さく頷き、アルフィンは嬉しそうに笑った。
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リズ達は城の外側を迂回し、奥の塔へと向かった。見送った十四郎は、ツヴァイ達に声を掛けた。
「参りましょう」
「十四郎様……アインスの他にも、NO,3ドライがいます。奴は知略に長け、その頭脳は白銀騎士さえ凌ぎます。どんな罠が仕掛けられているか……」
十四郎の作戦に異議は唱えなかったツヴァイだったが、救出の主力に加わらない十四郎にツヴァイは複雑な思いを抱いていた。それに、ドライの策略も気掛かりで、本心では十四郎には真っ直ぐビアンカの元に行って欲しかった。
「我々が囮ですか?」
それまで黙っていたゼクスが口を開く。
「囮なら、私達三人で大丈夫です。十四郎様はビアンカ様の元に」
今度はノインツェーンが真剣な顔を向けた。
「私達を信用なされてない事は分かります。ですが、ここは我々にお任せ下さい。この戦いで必ずや信頼を勝ち取ります」
ツヴァイは跪き、残る二人も同じ様に跪いた。だが、十四郎は三人に穏やかな表情を向けた。
「ローボ殿に聞きました。敵の狙いは、あなた方三人なのです。私は、狙われている仲間を見過ごせません」
粛清の文字が三人の頭を過るが、それより十四郎の言葉が嬉しかった。
「私達は……」
言葉を失うツヴァイ達に、十四郎は真剣な眼差しを送った。
「私の方こそ、信じて頂きたい。あなた方を、本当に大切な仲間だと思っている事を」
その言葉に、ツヴァイ達は只々深く礼をした。
「そろそろ行くぞ」
黙って見ていたローボは、城の正門に向かい歩き始める。十四郎が直ぐに続き、ツヴァイ達も立ち上がると背筋を伸ばして後に続いた。




