恐れ
砦を出ると十数人の兵士が待ち構え、その先頭には腕組みしたフォトナーが居た。
「我々も同行致します」
「お気持ちは嬉しいのですが」
十四郎はアルフィンから降りると、俯き加減でフォトナーに近付いた。
「砦の警備と後始末の兵を残すと、同行可能なのは私を含め十八人です」
聞かれる前に、フォトナーは一方的に話した。
「味方は多い方がいい。ルーには先行させて、情報収集させている」
シルフィーの背中から、ローボは平然と言った。
「しかし……」
否定的な十四郎に、フォトナーは背筋を伸ばし凛とした態度を示す。
「ビアンカ殿は命懸けで砦支援に来て下さった。お助けしなくては、モンテカルロス騎士の名が廃ります」
困り果てる十四郎の元にラモスが杖を付きながら、やって来た。
「どうか、お連れ下さい。私が付いていながら、ビアンカ殿を連れ去られた失態……本来なら私自身が参りたいのですが……足でまといに」
包帯から血を滲ませ、悔しさに顔を歪めたラモスの後ろから今度はリズが顔を出した。
「私も行きます……戦力にならないのは承知してます。でも私は……どうしてもビアンカに言わなければならない事があるのです」
覚悟を決めたリズの瞳に、十四郎はそっと視線を外す。
「皆さんの、お気持ちは……」
また否定の言葉を発し様とした十四郎を、ローボが落ち着いた声で遮った。
「お前だけが女騎士を助けたい訳では無い。お前は皆の事を心配している様だが、それは侮辱に等しい」
「そんな事は……」
図星だった。十四郎の胸に、小さな痛みが走った。
「思い上がりだ。そんなモノは詭弁だ。お前は恐れている……誰かが犠牲になれば、全て自分のせいだと」
ローボの言葉は十四郎の胸を貫く。砦の地面に残された血痕が脳裏に蘇り、またココロの痛みがブリ返して、小刻みに手が震えた。
「一人で悩まないで下さい。一人で何もかも背負わないで下さい」
リズは悲しそうな目で、俯く十四郎の背中に言葉を掛ける。
「十四郎……皆で行こう……そして、ビアンカを助け出し、皆で帰ろう」
アルフィンが十四郎の耳元で優しく囁き、シルフィーも言葉を重ねた。
「アルフィン殿……」
「そうです十四郎。皆で行きましょう」
十四郎は、ゆっくりと顔を上げると皆の顔を真っ直ぐ見た。誰も決意の表情で、十四郎を見詰め返す。しかし、十四郎には分からなかった。否、分かる事を恐れていたのかもしれない。
「理由が欲しいのか?」
「理由……」
ローボの言葉は、真っ直ぐに十四郎の胸に突き刺さる。
「助けたい……お前も、女騎士も。それだけじゃダメか?」
見上げるローボを、十四郎は真っ直ぐ見れなかった。だが、ゆっくりと全身の血液が循環し出す感覚、その血液が暖かくなる感覚に包まれる。自然と勇気と元気が溢れ出す……。
十四郎のココロは決まった。大きく深呼吸し、もう一度皆の顔を見る。だが、話そうとするが何故が言葉が出なかった。そして、ほんの一瞬の後に自分の意志とは違う言葉が口から出た。
「……自分の命を最優先にして下さい。戦いの最中に迷いは禁物です、一瞬の躊躇が自らの命を危険に晒します」
自分の言葉に驚いて慌ててローボを見ると、ローボは怪しく微笑み返した。そして、誰にも聞こえない様に十四郎の脳裏で囁いた。
『それは、自分自身への言葉ででもあるのだな』
十四郎は小さく頷いた。
「敵を殺していいんだな?」
鋭い視線でリルが十四郎を見詰め、以前とは違う感じがした十四郎にココも驚きを隠せなかった。
「十四郎様……」
リズも驚くが、ツヴァイ達は当然の事だと頷いていた。そして、十四郎のココロの中に更にローボの声が響いた。
『お前一人で全員は守り切れない……だが、お前は自分の思う様にすればいい』
ローボの意図は十四郎に伝わった。十四郎は微笑み返すと、もう一度皆に向き直った。
「さあ、参りましょう」
昇ったばかりの三日月は夜道を照らしてはくれないが、十四郎の中で道は確かに真っ直ぐに続いていた。
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「七子様、魔法使いは来ますか?」
青銅騎士のドライが七子の前に来た。鋭い眼光は、一見華奢に見える外見とは裏腹に、凄みさえあった。
「体制を整えろ。必ず来る」
言葉ではそう言うが、七子は迷っていた。
「魔法使いは、まだ利用出来ます。ここで終わらせるのは、時期尚早かと」
迷う七子の事をドライは見抜いていた。その方向は、七子も考えていた。
「ほう、利用価値とは何だ?」
わざと聞く七子の顔は、少し微笑んでいた。
「計画には相応しい強大な”敵”の存在が不可欠です。調略は手筈通り進んでいますが、王に忠誠を尽くす者の数は思うより多いのです。同じ敵がいてこそ、調略成功の近道かと」
「で、どうする?」
「魔法使いの仲間を削ります。多くも無く、少なくも無くという具合に……そして、頃合いを見て、女騎士を解放します」
七子の問いに、ドライは静かに言った。
「解放だと? 私は奴の絶望が見たい」
視線を鋭くした七子が、ドライを睨んだ。
「あの魔法使いは危険です……万が一、女騎士の死で、魔法使いの”箍”が外れれば……」
背筋を冷たいモノが走る。過去の十四郎の闘いが目の前で蘇る。もしも十四郎が”鬼斬り”に戻れば、今の戦力では全滅は目に見えていた。だが、その事以上に本当の十四郎を見抜いていたドライにも悪寒が走る。
白銀騎士さえ凌ぐと言われたドライの知略、敢えて青銅騎士でいる策略、戦闘力重視の青銅騎士の中でも異質の存在だった。
「やって見せろ」
一言だけ言った七子は背を向けた。微かに震える手を、見られない様に。
「何の相談?」
気付くと部屋の入り口にアインスが立っていた。その綺麗な顔には、おびただしい血糊が付き、無邪気な微笑みとは対象に狂気が渦巻いていた。
「その血はどうした?」
七子はアインスを睨むが、悪戯をした子供みたいにアインスは微笑んだ。
「アハトやフェンフが僕を逆賊って言ったんだ。でも、僕からすれば、あいつ等が逆賊だよ……七子の意志に背いたから」
「何を言った?」
前に出たドライが静かに聞いた。
「刃向かう奴は皆殺しにして、七子の望む世界を作るって言ったんだ……ドライも同じだよね? 僕と……」
口元を綻ばせ、アインスはボーイソプラノの美しい声で言った。ドライは少し息を吐いてから、ゆっくり告げた。
「同じだ……もう直ぐ魔法使いが来る。お前は裏切り者のツヴァイ達三人を殺せ」
「いいの? 三人もいいの?」
嬉しそうなアインスは、笑顔で七子を見た。
「好きにしろ」
七子は言い放つが無邪気な怪物は血の匂いを残し、嬉しそうな背中で部屋を出て行った。
「扱いを間違えると、火傷ではすみませんね」
ドライ落ち着いた声だった。微かな動揺を見ようとした七子だったが、ドライは眉一つ動かさず全くの平穏だった。
『ここにも怪物がいた』心で呟いた七子は、ふと笑みを漏らす。その怪物達を操る自分は、一体何者なんだろうか……と。
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案内役のツヴァイを先頭に走り続ける十四郎達は、それぞれの思いを胸に秘めていた。目標はビアンカの救出だったが、全員が一丸とは言えなかった。
「青銅騎士から目を離なさない方がいい」
「何を言っている?」
馬を寄せたリルは小声でココに言うが、ココは首を捻った。打ち解けたツヴァイやゼクスに怪しい所なんて感じなかった。何より騎士が正々堂々と戦い、負けを認め、正式に十四郎の配下となったのだ。
負けた時点でツヴァイ達の運命は尽き、その命は十四郎に従う事で存続する事となった。青銅騎士の厳しい掟は、ココでさえ知っていた。だが、リルは疑う事を止めない。
「警戒するに越した事はない」
「ツヴァイはそんな奴じゃない!」
思わず声を荒げるココに、リルは冷静に言い返す。
「ココは人を信じ過ぎる」
「信じて何が悪い!」
更にココは声を上げる。
「敵の城には、まだ大勢の青銅騎士がいる。奴らが寝返れば青銅騎士と、まともに戦える奴が味方に何人いる? 精々、我ら二人と十四郎位だ」
考えたくはないが、確かにリルの言う通りだった。しかし、ココの脳裏には仲良く話すツヴァイの笑顔が浮かび、顔を背けた。
「私がノインツェーンに付く。ココはツヴァイとゼクスを見張れ」
「俺が二人もかよ」
露骨に嫌そうな顔で、ココは吐き捨てた。
「奴らが本当に仲間になっていたとしたら……疑った卑怯者は、私だけでいい……それと、十四郎には内緒だからな」
リルが十四郎の事を心底心配している事が、嫌と言う程分かった。自分がどんな汚名を着ても十四郎を守りたいのだと……。ココは黙って頷くと、先頭を行くツヴァイに馬を追従させた。