子供の怪物
「居場所は分かった。イタストロアの西部の廃城だ」
「ツヴァイ殿、場所は分かりますか?」
ローボは判明した居場所を告げる。土地勘の無い十四郎はツヴァイに聞くが、顔をしかめてツヴァイは口籠る。
「場所はそう遠くありませんが……」
「何かあるのか?」
同じく表情を曇らせるココの問いに、ツヴァイは重い口を開いた。
「大きな城ではないが、内部は迷路の様になっている。隠し部屋や秘密の抜け道が数多く存在し、ビアンカ殿の居場所を特定するには時間が掛かる。それに……」
「早く言え」
今度はリルが低い声で促す。
「守る青銅騎士は10人程ですが……あいつが居ます」
「だから誰なんだ?」
リルはツヴァイを見据えた。
「アインスだ……NO、1の……」
ツヴァイは声を落とす。不機嫌に俯くツヴァイに代わり、ゼクスが話し始めた。
「剣の速さ、技のキレ、すべてに於いてツヴァイが上だ。だが、奴には決定的な強さがある」
「決定的強さ?」
ココは疑問符を口にした。
「それは”非情さと狡猾さ”……奴は勝つ為には手段を選ばない。どんな手を使っても勝つ。それは戦場に於いての絶対的強さ……生死を掛けた戦いに”負けても良い戦いだった”などと言う言い訳は存在しない。勝者は生き残り、敗者には”死”があるのみだ」
「それは兵士にとって普通の事じゃないのか? 戦争は”試合”じゃない。だだの殺し合いだ」
吐き捨てる様にココは呟いた。
「物心付く前に素質のありそうな者が集められ、選別され青銅騎士となる。選ばれた者は施設で徹底的に鍛えられる、脱落と昇格を繰り返しながら……少数の勝ち残った者の家族には恩賞が与えれれ、七騎士になれば貴族の称号が授けられる……我々に名は無く、番号で呼ばれ、序列の上下により名が変わる……家族の為、そして自分自身の名誉の為に青銅騎士は戦い続けるのだ」
ゼクスは青銅騎士の何たるかを、ゆっくりと話した。
「何故、地位や名声を捨てたんだ?」
ココは当たり前の疑問を口にして、ツヴァイを見た。
「捨てた……か。正確には違う……無くしたんだ。命令の失敗は即ち”破滅”だ」
「命令を違えた時点で、我ら”道具”は捨てられる……代わりは幾らでもいる」
言葉のトーンを落としたゼクスが呟いた。
「そうさ、一瞬で終わるんだ。今までの死に物狂いの努力も、やっと手に入れた何もかも……自信はあったさ、何でもやり遂げる自信が……でも、内心では恐れていた……一度の失敗で終わるんだからな」
ノインツェーンもまた、暗い声だった。
「俺なんか、師匠の命令を100回はしくじった。リルなんて、そもそも命令なんて聞かなかった」
呆れた様にココは頭を掻いた。当然、リルは感心なさそうに違う方向を見ている。
「この者達は、行き止まりの世界に生きて来た。そこから救い出したのは、お前だ……分かるな?」
ローボの言葉に頷く十四郎は、小さく息を吐いた。
「私も失敗は山程しました。でも、失敗を積み重ねで人は成長します。これからは、沢山失敗が出来ますね」
ツヴァイ達三人に、十四郎は笑い掛けた。三人は顔を上げ、小さく頷いた。
「アインスはどう違うの?」
急にリズは、ゼクスを見ないで言った。
「あいつが戦うのは……”殺す”為だ……昇格の試合でも、躊躇なく相手を殺した」
ゼクスは現実に戻った様に表情を変え、その言葉は十四郎に思い出させた。それは、あの”死神レオン”や”悪魔の化身、エルゴ”で、自然と表情が曇った。
「十四郎様、アインスの外見に惑わされてはいけません」
ツヴァイは十四郎の沈む表情を察すると、凛とした言葉を掛けた。
「外見?」
ココの想像したアインスの外見は、凶悪な表情の大男だった。
「見た目は子供だ……とても綺麗な顔をした」
吐き捨てる様にノインツェーンは言った。
「子供なのか?」
リルはノインツェーンを睨み付けた。
「子供だよ……だが、人ではなく”怪物”だ」
その声は微かに震え、ノインツェーンはリルの目を見なかった。暫くの間、周囲を沈黙が支配するが、大きく息を吐き十四郎はツヴァイに聞いた。
「案内をお願い出来ますか?」
「はい」
ツヴァイは直ぐに返事する。ローボはゆっくり起き上がると、見守っていたアルフィンやシルフィーに告げた。
「さて、私達も行くとしよう」
黙って頷く二人? は今度こそと、心を引き締めた。
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「今度は何だ?」
ベッドに腰掛けるビアンカは見ないで呟く。また一人で来た七子は、黙ってビアンカを見詰めていた。
「だから何なんだっ!」
思わず声を上げビアンカは七子を睨むが、その表情は笑って様にも考えている様にも見えた。
「お前の髪……黄金色だな」
「……だからどうした?」
全く予想してなかった問いは、ビアンカを複雑な思考へと導く。
「氷の様な青い瞳……一点の曇りも無い純白の肌……お前は……」
七子は呪文みたいに呟くと、表情を一変させた。ビアンカは鋭く見詰め返すと、身構えた。
「お前は鏡を見た事はあるか?」
鋭い視線のままの押し殺す様な七子の問いに、ビアンカも言い返す。
「当たり前だ!」
意味が分からなかった。どうして急に自分の容姿に七子が敵意を示すのか。しかし、髪を振り乱し、険しい表情のビアンカだったが、動く度に美しい金髪が宙をしなやかに舞い、その怒った表情も可憐だった。
「その顔……」
震える身体の意味を、七子は認めたくなかった。撫子、小町と呼ばれた自分が、全ての面でビアンカに劣る。そして、一番気に障るのはビアンカがそれに気付いてない事だった。
自分の美しさを鼻に掛け、自慢し、己惚れたなら七子はここまで自分を卑下しなかっただろう。多分、美しいと言われても、ビアンカは謙遜すらしない……七子の怒りが頂点に達そうとした時、ビアンカは言い放った。
「命に代えてでも、十四郎には手を出させない」
瞬時に現実に引き戻される。一瞬で、頭が空白になる。自分はいったい何をしていたのか、自問するまでもなく七子は我に返った。
「お前を殺し、あいつに見せるか。あいつを殺し、お前に見せるか……今、決まった」
そう言い残し、七子は部屋を出て行った。さっきまでの七子は、意味など微塵も分からなかったが、今の七子は確かにビアンカには把握出来た。
それは唯一つ……十四郎に仇成す敵だと言う事だった。
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部屋を出た七子を待っていたのは、アインスだった。くせ毛の美しい金髪、濃く深い青い瞳、そよ風の様な声、確かに外見は”天使”だった。
「ねえ、モンテカルロスの魔法使いは、殺していいの?」
壁に背を付け、アインスは怪しく笑った。
「今はまだ待て」
七子はアインスを見ないで言った。
「それなら女騎士はいいでしょ?」
少し間を空け、七子は呟く。
「それも待て」
「じゃあ、何ならいいの?」
まるで子供が菓子をねだるみたいに、アインスは表情を曇らせた。その、あどけない仕草は逆に七子の背中に悪寒を走らせる。答えない七子に、アインスは怪しい笑みを浮かべた。
「そうだ、アルマンニの国王を殺そうよ。そうすれば、世界は七子のもの……」
ふいに核心を突かれる。七子の中では復讐の先の、新たな目標として育んでいた事だった。
「お前……」
心を見透かされる失態? 忍びとして心を読まれる屈辱? それ以上にアインスのあどけない笑顔が、七子に不安に似た疑心を抱かせる。
「取りあえず、ツヴァイ達は殺していいんでしょ?」
「好きにしろ」
首を傾げた愛くるしい微笑み、それは”天使”ではなく”怪物”の微笑みだった。全てを破滅に導く微笑みは、七子でさえ目を背けたくなった。しかし、七子は”怪物”さえ踏み台として考えていた。
突かれた核心……”天下布武”。七子は長い溜息の後、遠く故郷の会津の風景が脳裏に薄っすらと浮かんでは消えた。




