破邪顕正
「どうしました? 皆の所に戻らないのですか?」
一向に馬小屋を離れない十四郎に、アルフィンが優しく声を掛けた。
「何時ローボ殿に連絡があるか分かりませんので」
微笑み返す十四郎に、ローボは穏やかに声を掛ける。
「少し寝ておけ」
「眠れそうにありません」
十四郎の正直な言葉にローボも自然と笑顔になるが、一呼吸置いてゆっくりと話し出した。
「お前は多くの命を助けた……何故、悩む? まだ終わった訳じゃない」
「……はい」
小さく頷く十四郎に、溜息を漏らしながらローボは続けた。
「……お前は自分を殺そうとする敵の事まで考える、敵にも家族や大切な人がいる、と……だがな、そんなのは当たり前の事だ……多くの者は、それを忘れて戦うが、お前にはそれが出来ない」
「えっ……」
ローボの言葉は自分の弱さの根底を突き、十四郎は戸惑う。
「それが十四郎に良い所なの……誰にでも優しくて、暖かくて……」
俯く十四郎の様子に、アルフィンは居た堪れなくなって口を挟む。
「優しさは悪い事なの?」
自問の様にシルフィーは呟いた。
「悪いはずなどない。私も、そうありたいと思う」
以外? な、ローボの言葉にアルフィンも呼応する。
「私も、なりたい」
「私だって……」
シルフィーも小さく頷いた。
「誰もが望む優しさを、お前は持っている。だから、顔を上げろ、胸を張れ。そして、目的を果たせ」
「私はどうすれば?……」
十四郎はローボを見詰めた。
「何も変える必要は無い。ただ、迷う暇があれば前に進め」
ローボの言葉の意味が、なんとなく分かった十四郎だった。自分中の中で、何かが前向きに動き出すのを感じて、自然に笑みが出た。
「それに、ほら心配そうに見てるぞ」
ローボの言葉に振り向くと、馬小屋の入り口で、リルが心配そうな顔で中を覗いていた。
「リル殿……」
「十四郎……大丈夫、か?」
消えそうな声で、リルが聞いた。十四郎が答える前に、リルを押しのけノインツェーンが駆け込んで来る。
「リズ殿が戻られました!」
「分かりました」
十四郎が立ち上がり小屋を出て行くと、ノインツェーンがリルに顔を近付けた。
「さっき、十四郎様を呼び捨てにしたな?」
「そう呼べと言われた」
リルも負けじと顔を近付ける。一触即発、しかし、ツヴァイとココが二人を分けた。ココとツヴァイはお互いに挨拶を済ませ、歳も近い二人は意気投合し、十四郎と共に戦う事を誓い合っていた。
四人が揉めていた時、今度はゼクスが呆れた様にやって来る。
「何をしてる? 十四郎様の新しい剣を見たくないのか?」
四人は慌てて広間に向かった。見送るアルフィンは、嬉しそうにシルフィーに寄り添った。
「あの人達、十四郎と一緒に戦ってくれるのね」
「そうね、私達も負けられないね」
嬉しそうなアルフィンに、シルフィーも微笑み返す。
「不思議な男だ……何時の間にか、仲間が集まる」
床に伏せたまま、ローボは呟いた。
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「十四郎様、この剣をお使い下さい」
片膝を付いたリズは、十四郎に刀を差し出した。
「これは……」
受け取った十四郎に、不思議な感覚が宿った。直ぐに目釘を抜き、中子を確かめた。
「そこに彫られているのは文字ですか?」
覗き込んだツヴァイが聞いた。
「はい。”破邪顕正”と彫られています」
「はじゃけんしょう?」
ポカンとココが呟いた。
「誤りを打ち破り、正しき道を示す事……」
そこにいた全員のココロの何処かに、十四郎の言葉がそっと触れた。そして、言葉を発した十四郎の胸の奥底に静かに鎮座した。
「正に、十四郎様に相応しい剣」
ゼクスが頭を深く下げた。ココやツヴァイも感心した様に頷くが、リルは違う方向を見ていた。ノインツェーンも腕組みしたまま、興味なさそうに腕組みしていた。
「十四郎様、その剣の持ち主から良くない噂も聞いています。その剣は……」
顔を伏せたままリズは声を震わせ、語尾を失った。
「大丈夫ですよ。リズ殿が苦心して手に入れて下さったこの刀、大切に使わせて頂きます」
「しかし、万が一十四郎様の身に……」
更にリズが俯く。
「リズ殿、その良くない噂とは?」
ツヴァイが少し不安そうに聞いた。
「この剣は使う者を虜にするそうです……その超絶な切れ味は、どんな者のココロをも掴んで離さない……やがて、狂気へと誘い……破滅、する……と」
言葉を途切れさすリズは、十四郎の顔が見れなかった。
「そんな魔剣を十四郎様に?」
ノインツェーンはリズの背中に疑問を投げるが、微かに震えるリズは答えられない。しかし、十四郎は刀の所以などまるで気にする様子もなく、リズに穏やかな声を掛けた。
「お顔を上げて下さい……刀は道具です。使う者次第なんです。私は、正しいと思う事以外には使いません。リズ殿の為にも」
「……」
リズが顔を上げると、そこには十四郎の優しい笑顔があった。胸の痛み、心臓が一瞬活動を停止する。だが、リズはビアンカの笑顔を強引に思考に割り込ませ、大きく深呼吸をした。
全身の空気を入れ替えた感覚、リズは自然と笑顔になった。それは大切なビアンカのおかげだと、確かに感じた。
中子を柄に戻し、刀を腰に差した十四郎は皆に告げた。
「下がって下さい」
皆が十四郎を取り囲む位置を取ると、十四郎はその真ん中で背筋を伸ばす。両手を下腹部に当てると一礼し、左手を鯉口に添え、ゆっくり右手で柄を握った。そのまま静かに左足を後方へ引くと一旦静止する。
周囲が静寂に包まれる。超速抜刀、斜め上に斬り上げた刀身からは光の粒が弾ける。そのまま左手を添えると、振り向きながら斬り下ろす。風圧と空気を切り裂く音が周囲に衝撃波となり押し寄せた。
十四郎は円舞の様に刀を振るう。その度に光の粒や衝撃波は周囲を駆け巡り、見ている者達を圧倒した。やがて十四郎が動きを止め、目にも留まらぬ速さで刀を仕舞うと、一瞬遅れて歓声が沸き上がった。
「勝てるはずなど無い……」
唖然と呟くツヴァイに、ココが耳元で囁く。
「驚くのはまだ早い。十四郎様はまだ、本気を出してはいなんだ」
「まさか……」
ゼクスも息を飲み茫然とした。
「十四郎様……」
夢見る様に呟くノインツェーンに、鋭い視線を送ったリルは強く言った。
「やめておけ。お前には無理だ」
「何だとっ!」
声を荒げるノインツェーンに、今度はリズが間に入る。
「そうよ、誰もビアンカには敵わないから」
その声は穏やかで、悟った様な響きがあった。同じ女としての羨望や嫉妬、そして少しの後悔が入り乱れる胸の内は、ノインツェーンやリルにも痛い程に伝わった。
「早くビアンカ殿に会いたいものだ……」
吐き捨てるノインツェーン、リルは遠くを見る様な瞳で空間を眺めていた。
「ローボ様が呼んでいる」
そんな雰囲気を壊す様に、十四郎の足元に小さな猫が近付いて来た。
「直ぐに参ります」
十四郎は急いで馬小屋に向かう。呼応してゼクスがアイコンタクトでツヴァイやココに告げ、三人は後を追った。
「私達も行きましょう」
笑顔のリズは、険悪な雰囲気のノインツェーンとリルの背中を押した。仕方なく歩き出す二人の背中を見ながら、リズは再度心に誓った。
”今度こそ、必ずビアンカを助け出す”




