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異世界維新 大魔法使いと呼ばれたサムライ   作者: 真壁真菜
第二章 揺籃
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駆け引き

 見上げるリード伯爵の城は如何にも堅牢そうで、噂に聞く武器マニアなのを窺わせた。何代にも渡り古今東西の武具を収集し、無いものは無いと言われていた。


「ほう、近衛騎士団のリズ、ステンマイヤー殿ではないですか。噂に違わず、お美しい」


 リード伯爵は応接間に通されたリズを見るなり、顔を綻ばせた。小太りで細い目、およそ似つかわしくない豪華な衣装は、壁一面に飾られた武具と不思議な一体感があった。


 戦いの直ぐ後で汚れている自分の衣服や鎧が、豪華な城の内装に浮いているのをリズは痛い程に感じるが、意を決して荘厳なテーブルに座った。まずは自分のペースに持ち込む、リードから”ご用件は?”と聞かれる前にリズは直ぐに話し出す。


「ご存じだとは思いますが、ミランダ砦がイタストロアの侵攻を受けました」


「はい、存じております……所で、戦況は如何ですか?」


 深刻な顔でリードは聞いた。少しは国を案じているんだなとリズは思ったが、頭の中では算段が渦巻き胸のドキドキが止まらなかった。それでも勇気を振り絞り、リズは続けた。


「数千の軍勢に囲まれた砦は苦戦し、多くの犠牲者が出ました。しかし、その窮地を救ったのは魔法使い、十四郎様でした。伯爵様もご覧になったでしょう……あの武闘大会を」


 リードの中で武闘大会での十四郎の勇士が浮かぶ。まさにそれは未知の闘い、魔法使いの闘いだった。


「我々は敵の補給線を断つべく、精鋭を募り果敢に挑みました。しかし、その作戦はアルマンニの魔法使いに読まれていました。味方は次々に倒され、私達は追い詰められ……討死を覚悟した時、魔法使い十四郎様が神獣ローボと共に現れました」


「ローボ? あの伝説の……」


 リードは身を乗り出す。


「はい。十四郎様はそこで、敵の将軍ベルッキオを激戦の末に倒しました」


「何? イタストロアのベルッキオを?」


 興奮気味のリードは、目を輝かせる。


「盾ごと斬り伏せました」


「バイラルの盾だぞ! 木の板に金属板を張り付けている盾とは違う。全て金属で出来た盾で、普通の人間には持って支える事すら困難なんだ。その彫刻は太陽と山羊が彫られ、美しい色彩が施され……」


 リードは目を虚ろわせ、呪文の様に呟く。


「さらに十四郎様の”剣”は、一抱え以上もある破城槌も真っ二つに斬りました」


 リズは”剣”という所に言葉を強くした。


「なんと……」


 唖然とするリードにリズは畳み掛ける。


「しかしその剣も、アルマンニの魔法使いとの戦いで折れてしまいました……」


 わざと俯くリズ。リードは興奮して立ち上がった。


「その剣は今、何処にっ!」


「今日お伺いしたのは、伯爵様に一度見て頂く為です。お墨付きを頂き、国王陛下に献上する為に」


 リズの言葉に、リードの興奮は最高潮に達した。


「こちらです」


 懐から、布に巻いた剣先を取り出した。勿論、布は砦で一番綺麗な布と交換していた。目の前の刀は、折れてるとは言え刃こぼれも無く、日本刀独特の輝きに包まれている。


 リードは目を皿の様にして見詰める、少し手が震えていた。リズは次にリードが何か言うまで、黙って様子を見ていた。胸が苦しい……次の展開をどうするか、リズは何度もシュミレーションして時を待った。


 かなりの時間を要し、リードは隅々まで刀を見回した。しかし、一向に次の言葉を発しない。リズは意を決して、攻勢に出る。


「十四郎様は遥か東の小さな島国の出……伯爵は、これに似た剣をお持ちですか?」


 顔を上げたリードは、満面の笑みで答える。


「勿論ですとも、剣先の形、色や輝きも寸分も無く似ています」


 自分も魔法使いと同じ剣を持っている。リードの中でマニアの血が騒ぐ、間髪入れずにリズは続けた。


「後学の為、是非拝見したいのですが?」


「勿論ですとも」


 意気揚々の返事。マニアは人に自慢のコレクションを見せ、自慢するのが至高の楽しみなのだ。リズは素早く剣先を仕舞う、その時の名残惜しそうな、リードの顔を見逃さずに。


______________________________



 コレクションの部屋は城の中心にあり、その品々は壁や通路に飾られていた武具達とは明らかに違った。装飾を排し、明らかな戦う道具としての気品や機能美を有してた。


 見た事も無い甲冑や、とても持てそうに無い大剣、見るからに邪悪そうなハルバート、短剣に至っては見ただけで背筋が凍りそうな輝きを放っていた。


 その一番奥に、見覚えのある剣が鎮座していた。群青色の鞘、少しトーンを落とした藍色の柄、いぶし銀に輝く鍔。そして、一番驚いたのは鞘に施された紋章……紛れも無く、十四郎のマントに刻まれた”蝶”の印だった。


「これは先代が手に入れた物で、曰く付きらしいのですが……」


 手に取ったリードが刀を抜く。一瞬光の粒が煌めく感覚は、その刀身の輝きによるものだった。数か所の蝋燭が照らし出す薄暗い部屋での、神々しい光はリズの胸を打つ。


 ”これだ!”どこからか脳裏に声が木霊し、リズはお腹の底に軽い痛みを感じた。大きく息を吐き、リズは決戦の覚悟を決めた。


「伯爵様……歴史に名を残したくはありませんか?」


「歴史に?」


「はい」


「我ら一族は武具の収集家として、既に歴史に刻まれていますが」


 リードの中で、リズの魂胆が垣間見えた。わざと相手の出方を探る様にジャブを出す。


「違います、リード伯爵ご自身が歴史に名を残すのです」


 リズは怯まず応酬した。


「ほう、どう言うふうにですか?」


 ニヤリと笑うリードは、リズの本心など見透かしているのだろうが、敢えてリズは真ん中に飛び込んだ。


「十四郎様はこの国、否、この世界を変えるお方違い有りません。古今、どの様な英雄にも成し遂げれれなかった事を実現し、歴史の筆頭に名を残すお方です。ただ、今は大切な剣を失い、これからの困難な戦いを前にして危惧しておられます……この剣を十四郎様に授ける事で、大願を成し遂げるお手伝いが出来ます。その暁には、魔法使い様の窮地を救った功労者として、同じ様に歴史にリード伯爵の名が歴史に刻まれるのです」


 口上と意図は理解した、なるほど一理ある。しかし、収集家がコレクションを手放すには、それ相応の対価が必要となる。


「話は分かりました……しかし、この品は我が家の収集品中でも一二を争う宝でして……」


 わざと言葉を濁すリードだったが、リズは心の中でニヤリと笑った。”乗ってきた”本当は聞いた事も無い東方の島国の剣など珍しいだけで、そんなに執着する品ではないはず。リズはシナリオ通りに駆け引きに出た。


「そこを曲げて、どうか、お願い致します。この身を捧げても構いません。どうか、十四郎様をお救い下さい」


 片膝を付いたリズは、深々と頭を下げた。


「しかし、ですね……」


 思惑通り、リードは困惑したフリをする。少し、間をじらしリズは決め球を投げ込む。


「本来なら国王陛下に献上するはずの、この剣……」


 俯いたまま、リズは語尾を消した。そして、ゆっくり見上げるとリードは我慢できず口角を歪め、震える声で呟いた。


「魔法使い様の剣を、私に……」


「はい。これで歴史に名を残せ、尚且つ世界一希少な魔法使い様の剣を手に入れられます。後世の為にも、人類の貴重な財産は高名な伯爵様がお持ちになるのが一番良いかと……」


 俯いたまま、リズは沈黙に耐える……ほんの数十秒が永遠にも感じれれるが、リードの言葉はリズを達成感と、成功の快感に誘った。


「分かりました……お持ち下さい。くれぐれも、魔法使い様によろしくお伝え下さい」


「ありがとうございます……」


 震える脚をリズはそっと押さえ、笑い顔を見られない様に俯いた。


______________________



 見た事も無い部屋で、ビアンカは目を覚ます。一気に記憶が早送りされ、思わず声を上げた。


「ようやくお目覚めか?」


 ぼやける視界の先には、七子が立っていた。


「早く、私を殺したらどうだ?」


 言葉を発すると同時に、手足を縛られてない事に気付く。瞬時の判断は、ビアンカを突き動かし、七子に飛び掛かった。そして、右手が七子に触れる瞬間、目前の景色が爆速で反転し、強烈な痛みが背中を襲った。


 気付くと天井が霞んで、体全体に激痛が走った。


「素手で敵うと思ったのか?」


 上から見下ろした七子が妖しく笑う。


「殺せ!」


 ビアンカは叫ぶが、七子は曖昧な笑顔を向けた。


「本当にいいのか?」


「当たり前だ!」


「仕方ないな……」


 溜息を漏らし、七子は腰から短刀を抜く。見覚えのある剣の形は、明らかに十四郎の剣を小さくした様だった。瞬時に折られた十四郎の剣が頭を過る、しかしそれよりも速く、それよりも鮮明に十四郎の顔が浮かんだ。


「十四郎……」


 呟いたビアンカの瞳からは、大粒の涙が落ちる。


「覚悟はいいか?」


 七子はそっとビアンカの首筋に刀を当てる。冷たい金属の感覚より、違う”意味”がビアンカを支配して、体全体が震える。


「死ぬのが怖いのか?……違うな、怖いのは二度と会えない事だ……」


 胸を突く本音に、心臓が止まりそうになる。言い返したくても、言葉なんて出ない。


「何故お前を狙ったか分かるか?」


 思わせぶりに七子は微笑む。


「……」


 無言のビアンカに、七子は言い放った。


「あいつの一番大切な者が、お前だからだ」


 衝撃だった、息が出来なかった。


「……嘘だ……」


 なんとか言い返すが、声は激しく掠れ涙で七子がよく見えなかった。


「嘘ではない……私も女だ……あいつを見てれば分かる」


 七子はそう言い残すと、部屋を出て行った。残されたビアンカの頭は空白になり、全ての事柄が意志とは別に脳裏を駆け巡った。


「監視は強化しますか?」


 青銅騎士の一人が、部屋を出て来た七子聞いた。


「その必要はない。これで女は自らの命を断つことはない……本心には逆らえない……逢いたいという女心にはな」


 顔を背け、七子は独り言みたいに呟いた。


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