ミランダ砦攻防戦 4
城門開閉作戦は、数を増す毎に砦側にも損害を出す。特に近衛騎士団の経験の少ない若手から、死傷者が多く出た。
しかし、砦自体の防御は押し寄せる敵兵を寄せ付かなかった。それは城壁を登る為の、投げ縄と梯子に対する防御が完璧だったからだ。
投げ縄に対する仕掛けは、城壁の最上部にあった。そこには厚めの鉄板が張られ、外側がの角が丸く形成されていた。
しかもその幅は1メートル程もあり、縄のカギ爪が引っ掛からない構造になっていた、勿論砦側も、なだらかな傾斜で引っ掛かる場所は無い。
梯子に対する仕掛けは地面にあった。砦の外側の地面は岩肌を削り、わざとデコボコに形成され、梯子が立てにくく、強引に立てても物凄く不安定になる様に計算され作られていた。
おかげで、城壁を登るのがかなり困難で砦の攻略を難しくしていた。投げ縄は特に無理で、梯子に頼るしかなかったが、なんとか梯子を掛けても、上部を揺らしたり棒などで押せば簡単にバランスを崩し倒れていた。
「簡単な仕組みだが、効果は大きい……」
リーオは攻めあぐねる味方に、眉間にしわを寄せた。
「そんなものは関係ないさ、堂々と門から入ればいい」
不敵に笑うベルッキオは、手応えを感じていた。明らかに開閉の時間と頻度が落ちて来た砦側の戦略を、崩壊の始まりと読んでいた。
確かにリーオもそう思ったが、前戦に現れない七子の姿に、違う思考も動き出していた。
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襲撃予定地には多くの荷馬車が点在し、明らかに水を運ぶ樽も確認出来た。
「この布を左手に巻いて下さい」
ラモスがビアンカとリズに白い布を手渡す。
「敵味方の識別ですね」
直ぐに理解したビアンカは、素早く二の腕に巻いた。
「夜間戦闘では味方同士の相打ちも多い。見え辛いのと、恐怖と興奮が入り混じり戦場は正に修羅場となります」
「混戦の中、敵味方の識別が出来るのは昆虫だけだと聞いた事があります」
前にガリレウスから聞いた事を、ビアンカは思い出した。
「それって、動物では無理って事?」
リズは、そんなに難しいのかと首を捻る。識別用に印を付ければ簡単なのにと、ビアンカを見た。
「多分ね……」
人間離れした動体視力、沈着冷静な瞬時の判断と圧等的な強さ。そんな事が出来るのは……ビアンカの頭に浮ぶのは、照れ笑いする十四郎だった。
”そんなの無理ですよ”とか言いながら、きっと簡単に熟すだろうと思うと、自然と笑みが零れる。
「笑う所を見ると、さては……」
横目でニヤけるリズに、慌てたビアンカが覆い被さった。見ていたラモスも、微笑むが直ぐに真剣な顔になる。
「識別不能、そして明らかに怪しい場合は合言葉を言って下さい。こちらから”海”と言えば、味方なら”空”と返します。逆に”海”と聞かれれば”空”と返して下さい」
「必要なんですか?」
今度はリズが聞いた。
「識別の布が戦闘で外れる場合もありますし、敵が落ちてる布を巻いて攪乱して来る可能性もあります。とにかく混乱したら、声を掛けあって行きましょう」
頷いたリズとビアンカはお互いの顔を見る。互いが守ると心で呟くが、言葉にしなくても気持ちは繋がっていた。その後、ビアンカはシルフィーの元に行った。
「シルフィー、ここで待っててね。これから先は、幾らあなたでも無理なの」
ビアンカの言葉にシルフィーは顔を摺り寄せる。
「分かってる……きっと戻るから」
ビアンカはシルフィーの顔を優しく抱き締めた。そして振り返る先には、希望を打ち消す様な険しい崖がそびえていた。
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「ココ殿、止まって下さい!」
聖域の森、入口付近で十四郎はココに叫ぶ。ココが止まるとアルフィンを降り、十四郎は森に向かって叫んだ。
「ローボ殿にお伝え願いたい! 訳有って森の中を通る事をお許し下さいと!」
木々に声が木霊すると、急に風が吹き小枝を揺らした。暫くすると、森の中から一頭の狼が出て来た。
「何の用だ?」
「私は十四郎と申します。ローボ殿に、森の通行許可を頂たい」
十四郎は丁寧に頭を下げた。
「あの、魔法使いか……少し待て」
一瞬驚く狼だが、振り向くと空に向かい遠吠えをした。暫しの間を空け、森の奥から遠吠えが聞こえる。それが何度か繰り返され、遠吠えは遠ざかり、今度は次第に近付いて来た。
「了解が出た、付いて来い」
そう言うと、狼は走り出し十四郎達は後を追った。木々の間を抜け、小川を越し、湖の傍を走ると、あっと言う間に森を抜けた。走ってる感覚は、まるで夢の中の様だった。
浮遊感にも似た、あのフアフアする感覚……確かに地面を蹴る手応えはあるが、次々に場面が変わる感覚が森を抜けるまで続いた。
「何て事だ、あっという間に森を抜けた……」
唖然とココが呟く。リルも驚いた表情で辺りを見回した。何時の間にか夢の感覚は無くなって、冷たい夜風が懐かしく感じた。
「ありがとうございました。それではローボ殿に宜しくお伝え下さい」
狼に一礼すると、十四郎は今度はココを見る。
「ココ殿、後はお願いします」
「分かりました」
周囲の場所を確認すると、ココは馬を走らせ、十四郎とリルが続いた。
「十四郎、走りながら歩数を数えました。でも、時間と歩数が合いません。ほら、森に入る前は出ていなかった月が、あんなに高く」
アルフィンが走りながら首を傾げた。確かに十四郎も感じていた、感覚では一時間ぐらいだったが、既に真夜中前でアルフィンが言う通り無かった月が満天の星空に輝いている。
「不思議ですね……なんだか夢の様でした。でも、きっとローボ殿が近道を教えてくれたんですよ」
少し笑った十四郎は、脳裏にローボを思い浮かべた。
「やはり神獣と言うのは、本当なのかもしれませんね」
「ええ、確かに……」
アルフィンの言葉に、十四郎も同意した。
「十四郎様、砦までは後少しです!」
振り返り叫んだココに、十四郎は大きく頷いた。
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砦は予想より大きかったが、十四郎はその雰囲気に顔をしかめる。蘇る記憶が、頭の中に嫌な臭いを思い出させたからだ。
「ビアンカ殿にお会いしたい!」
十四郎が大声で叫ぶと、城壁の見張り所から大声が帰って来る。
「誰だ! 名を名乗れ!」
「モンテカルロスから参りました、柏木十四郎と申します!」
「待て!」
見張り員は大声で叫ぶと、砦の中に入って行った。
「モンテカルロスから来た、ジュウシロウとか言う者が、ビアンカ様に会いたいと裏門に来ています」
見張り員がフォトナーに告げる。
「どんな奴だ?」
「外国人みたいですが、青いマントに鎧。供を二人連れ、白っぽい葦毛の立派な馬に乗っています」
「まさか……」
急いで裏門に行ったフォトナーは、十四郎の姿に驚いた。伝説の魔法使いと同じ服装で、風になびくマントの背中には蝶の紋章が輝いていた。直ぐに門から出たフォトナーは震える声で聞いた。
「私はこの砦の副官、フォトナーと申します。魔法使い様ですか?」
「はい、モネコストロの魔法使い、十四郎様です」
先に片膝付いた、ココが告げる
「ええ、まぁ……何故がそう呼ばれてます」
先に言われ、十四郎は少し照れた様な仕草で頭を掻いた。柔らかい物腰、そして優しい面持はフォトナーを混乱させた。
「ビアンカ殿は何処に?」
直ぐに真顔になって十四郎は聞く。
「敵の補給を断つ為に出掛けました」
「何処ですか?!」
十四郎が声を上げた瞬間、砦の奥の方から轟音が響き渡った。
「しまった、もう始まった」
振り返ったフォトナーが、遠くを見詰める。十四郎も音の方を見た。
「何が始まったのです?」
「城門の突破です。多分、破城槌です」
十四郎にも分かった。維新の戦いで、何度も見た事があったから。
「案内して下さい」
「こちらです」
フォトナーに続き、十四郎達は砦の中に入った。




