ミランダ砦攻防戦 2
「近衛騎士団の勇猛さは聞き及んでます。戦闘はお任せして、私は城門の開閉に専念出来ます」
フォトナー大きな体を屈め、ロスの機嫌を取る。作戦の成否は城門の開閉に深く関与し、間違ってもロスに口出しされては困るからだ。
城門の直ぐ外の道は狭く人が横に並ぶと二十人程の幅で、道の両側は起伏の激しい荒地となっていた。荒地も進めなくはないが、大小様々な岩のおかげで普通に歩くのも困難だった。
しかも、軍勢の拠点となる開けた場所は、距離にすれば馬で駆けても四半刻《30分》程掛かり、戦線は長く伸び物理的に戦力の一斉投入は無理だった。
正にミランダ砦は天然の要塞であり、難攻不落を誇っていた。だが、裏を返せばここを突破されればモネコストロへの侵攻は容易くなる最大の要所だった。
城門を抜けると広い中庭になっており、周囲の壁には弓手が上下に配置し侵入者を狙う。万が一突破されても中庭の奥には更に門があり、二重の防御網を備えていた。
「侵入した敵を弓隊が攻撃、怯んだ所を我々が止めを刺す!」
居並ぶ近衛騎士団に、ロスは声高々に演説する。フォトナーはその間にも手順の確認を部下に綿密に申し合わせ、万全の体制を取ろうと奮闘していた。
「我らの真の目的は敵兵を引きつけ、時間を稼ぐ事だ。さすればラモス様の援護になる」
「はっ」
ロスの言葉に部下達が背筋を伸ばす、圧倒的数を相手にしても守る有利はある。しかも敵は兵站の弱点があった。ロスは部下達に味方有利の説明を詳しくした、それは戦闘の基本である士気を高める為であり、ラモスから受けた教訓でもあった。
「雌雄を決するのは数や力ではない!」
「おうっ!!」
もう一度ロスは声を上げる、部下達も呼応して歓声を上げた。
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イタストロアの軍勢は数日前から陣取っていた。直ぐにでも攻撃に移りたいが、待てとの厳命がベルッキオを苛立たせていた。
「あの魔法使い、どういうつもりだ……」
テントの中でベルッキオは、ワイングラスを握り締めた。立派なフルビアードの髭と、眼力のある険しい目、猛将と言われるだけあって、風格は十分だった。豪華で派手な鎧も、ベルッキオの威厳を誇張してる。
「仕方ありません、アルマンニ本国からの厳命です……従えと」
副官のリーオは対照的に地味だが、その鋭い眼差しは知将と呼ばれるには十分だった。
「魔法使いは何処に行った?」
「はっ、補給部隊の視察へ」
「たがが、水や食料の運搬に騎士を使うなど……奴隷や農民で十分だ」
ベルッキオは七子に厳命された、補給部隊の運搬に騎士を使う事が気に入らなかった。しかし、賢明なリーオはその意図に気付いていた。長距離の侵攻では兵站は最重要になる。
騎士が運搬作業に当たれば、攻撃された場合でも直ぐに反撃に出られ、重要な物資を守る事が出来る。それは味方の戦力維持や士気にも多大な影響があった。
どんなに強力な軍隊でも人の集団であり、水や食料無しではその力は発揮出来ないどころか、大幅な戦力の低下に繋がる。補給線を絶たれる事は、どんな無敵の軍隊でも敗北に繋がるアキレス腱なのだ。
「もう直ぐ城門破りの破城槌が出来ます、そらが完成すれば攻撃は直ぐかと」
リーオは七子の考案した、城壁突破の道具の完成が近い事を告げた。
「あれか? 杭に屋根など付けて、どう言うつもりなのだ?」
「城壁よりの矢や投石から人員を保護できます。それによって、邪魔される事無く一気に門を破壊出来るのです」
杭で門を破る担当の奴隷や農民の生命など軽視した戦略は、戦闘の効率を考えれば愚策である。一人の戦力も合わせば大きな戦力となる、それを維持する事は戦力の疲弊を防ぎ長く強く戦えるのと同義だと、改めてリーオは考えさせられた。
しかも今回の遠征は拠点より遥か遠方の国境、領地内の移動でも補給可能な場所は少なく軍勢の負担は大きい。
当該の場所に来て初めてリーオは、兵力五千と主張したベルッキオに対し、二千で良いとした七子の慧眼にも驚き納得した。
「五千で来たなら自滅してたな……アルマンニの魔法使い……ただ者ではない」
聞こえない様に呟いたリーオは、テントの外に広がる荒地に視線を流した。
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午前中にビアンカから届いた包みを開けると、服が一揃い入っていた。青を基調とし、清潔感のあるデザインはビアンカの気持ちが詰まっていた。一緒に入っていたブーツは、牛革で柔らかく、底の部分の滑り止めは十四郎を喜ばせた。
「まあ、よくお似合いですよ」
ケイトはお世辞ではなく、本当に十四郎に似合っていると感じ、ビアンカのセンスの良さに感心した。
「お兄ちゃんの服は子供みたいに見えたけど、これなら立派な騎士だね」
嬉しそうに笑うメグも、内心はドキドキだった。
「もう、あの汚い服は着るなよ」
足元のアミラは、部屋に大事に仕舞ってある着物を笑った。
「まだ着れますよ」
頭を掻く十四郎は、ケイトに修繕してもらい、まだまだ着る気は満々だった。しかし、和やかな会話は突然のマルコスの訪問で崩れる。入って来るなり、また十四郎を丘に呼び出した。
不安そうなメグとケイトに笑顔を向けると、十四郎は後に続いた。毎度の事ながら、当然アミラは付いて行く。
丘の上ではココとリルも待っていた。
「十四郎様、お陰様で母は命を取り留めました」
ココは片膝を付き深々と礼をする、無言だがリルも同じ様に頭を下げた。
「よかったですね」
二人に笑顔を向けた十四郎だったが、直ぐにマルコスの真剣な顔に向き直った。
「ビアンカ殿が遠征に行った……」
「近衛騎士が遠征ですか?」
嫌な予感が十四郎を包む、まだ森から帰って日にちも経っていない。
「有事の場合は近衛騎士が行く場合もある」
マリコスの声は重かった。十四郎は真っ直ぐマルコスの目を見た。
「有事……ですか?」
「東の外れ、ミランダ砦にイタストロア軍が迫っている……そこの支援に向かった。だが、どうも様子がおかしい。ミランダ砦はヨーク伯爵領だが、伯爵は北方のアルマンニの牽制に出掛け、砦には直属の騎士の姿は無く、王族直轄の警備騎士団が守りに付いている」
「私にはこの国の内情は分かりませんが、どこか不審なところでも?」
「国を守る為にアルマンニの牽制に出掛けるのは筋が通るが、ミランダ砦は領内の要所、自分の領内を他に任せ全兵力を北方に向ける意図が分からん。それに近衛騎士派遣は、ヨーク伯爵が国王に直訴したと聞く」
「何故、ビアンカ殿が?」
「近衛騎士団は国王直属、他の騎士団に比べ威厳とプライドある。近衛騎士最強と言われるビアンカ殿は、近衛騎士の威信に掛けて行くしかないのだ……」
「そうですか……」
”威信”……武士であった十四郎は、痛い程その愚かしさが分かった。
「それだけでは無い……ココ」
マルコスはココを促す、ココは重い口を開いた。
「ヨーク伯爵は、アルマンニと内通している可能性があります。北方へは、家族も同伴で向かい、領内には親類さえ残っていません……館の使用人を問い質した所、遠征前に異国の女を見掛けたと……」
十四郎の表情が変わる、脳裏に七子が浮かんだ。
「多分、アルマンニの魔女だ……今度はビアンカ殿で、お前を誘っている」
ゆっくり立ち上がった十四郎は、マルコスに強い視線を投げた。
「それでは」
「行くのか?」
「はい」
「これを持って行け、今度は騎士が相手だ」
持ってきた包みを渡すマルコス。中には簡易だが鎧が入っていた。
「マルコス殿……」
「胸当てと肩当、それに手甲……動きは阻害しない、最低限の装備だ。しかし、効果はある……ココ達を救ってくれた礼だ……頼む、着けてくれ」
マルコスは言葉を絞り出した後、短剣も手渡し、更に言葉を絞り出す。
「……今度は戦争だ……殺さずのお前の信念では、ビアンカ殿を守り切れない……出来るのか?」
「私が撒いた種です……」
声を押し殺す十四郎は、鎧を着けようとした。すかさずココが手伝う。鎧を着ると、十四郎は動いてみる、流石にマルコスが選んだだけの事はある、動きには全く支障はなかった。
普段なら口を挟んで来るアミラは、ずっと黙っていた。十四郎が悲しげな眼でアミラを見ると、真っ直ぐに見返したアミラは、やっと口を開いた。
「……この世界では大切な人を助ける為には、人を斬らなければならない……他に手立てが無いのなら……今は迷うな……助ける事に専念しろ、そして自分の命も守れ……俺やメグ、ケイトの為に……終わった後の後悔や懺悔なら、何時でも付き合ってやるから」
「アミラ殿……」
十四郎の胸に確かにアミラの気持ちは通じた。
「十四郎様、ご案内致します」
ココは十四郎の前に跪くと、また深々と頭を下げた。
「ココ殿、お気持ちは嬉しいが……」
「十四郎! あなたに貰った命、今度はあなたの為に使わせて!」
立ち塞がる様にしたリルは、声を上げる。その声には不安や迷いなど微塵も無かった。
「しかし……」
迷うのは十四郎の方で、戸惑いは顔に出た。
「私は死なない、あなたの言い付け通り、命は大切にする! あなたを守りたい! あなたの役に立ちたい!」
更に声を上げるリル、その瞳には涙が滲んでいた。
「砦付近の地理にも詳しい。連れて行ってくれ、俺からも頼む」
今度はマルコスが頭を下げる。
「助けは必要だ」
アミラは静かに言った。
「分かりました。ココ殿、リル殿、お願いします」
今度は十四郎が深々と頭を下げた。




