ミランダ砦攻防戦 1
東の国境までは、まる一日掛かった。聖域の森を迂回し、休みなく走り続け近衛騎士団の団員は疲れ果てていたが、砦の入場前に副団長ロスの訓示を受け背筋を正して入場した。
総勢五十名の精鋭は、ミランダ砦の警備騎士団に歓迎された。
「警備騎士団、団長ラモスです。よく御出で下さいました」
壮年の騎士、ラモスがビアンカ達を迎えた。如何にも歴戦の勇士といった貫禄ある風体、頬の傷や使い込まれた鎧は威圧感があった。
それに比べ、近衛師団副団長ロスは小柄で三白眼、おまけに訓示などは立派だが、気の小さい男だった。
ビアンカを見付けた警備騎士団団員は歓声を上げるが、流石ラモスはロスを立てて、その場を収めた。
「疲れたね、こんなに長く馬に乗ったのは初めて」
部屋に通されると、リズは直ぐにベッドに倒れこむ。
「そうね、でも警備騎士団って言っても二百人以下。後は傭兵って言っても近隣の住民だよ、鎧も無い人もいた……私達も入れて、総勢五百といったとこかしら」
ビアンカは窓の外を眺め、頼りない傭兵達を見た。
「囲むイタストロア軍は総勢二千、しかもベルッキオ伯爵率いる精鋭らしい」
リズは他人事みたいに言った。聞いた事があった、猛将ベルッキオ……ナポリルの獅子と恐れられた猪突猛進の騎士。
「案外、やり方はあるかも……」
呟くビアンカは思考を巡らせる、リズは仰向けになったまま溜息を付いた。
「私は副団長が心配。あの人プライドは高いけど、小心者だしねぇ」
「仕方ないよ、団長は王宮を離れられないし、騎士団派遣なら統率するのは副団長だもの」
少し微笑んだビアンカが、リズを見下ろした。
「だって、副団長になったの縁故だって噂よ」
「流石、情報通のリズ。でも一応は正式な副団長よ」
「一応ね……それより、砦の士気は一気に上がったね」
急に起きたリズが微笑む。ビアンカはポカンとする。
「どうして?」
「双頭竜の女騎士、ビアンカが来てくれたんだから」
「この紋章は勇ましかった父のもの……聖域の森で初めて実戦を味わったけど……私なんか……」
脳裏に浮かぶ十四郎の圧倒的強さ、ビアンカは頬を染めた。
「千里眼のリズには、今ビアンカのココロが見えました。そこには凛々しい十四郎様が……」
リズの言葉に真っ赤になったビアンカが、泣きそうな顔で飛び付いた。
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一休みした後、ビアンカ達は砦の一室に集められた。席の中央にはラモス、その隣にロスが座り、なんとビアンカも次席に座らされた。
「作戦を説明する。まず、地図を見て欲しい。この付近の水場は砦から領内側の村に数か所あるだけで、イタストロア側で補給するには馬で二日は掛かる」
「そうですね。こちら側は森林地帯ですが、イタストロア側は険しい山岳地帯で雨も少ない。大規模軍勢が通れる道も、一本しかありません。水の補給を断てば侵攻を維持出来ない」
思わずビアンカ口を出し、ロスが睨むがラモスは穏やかに微笑んだ。
「まずは正門を開き、少しづつ敵兵を招き入れ戦力を裂く。一度に押し寄せ様にも、門の前の道は狭い。しかも門は重く頑丈で、上下に動かすタイプなので入ってくる敵を調整し易い。猛将ベルッキオは頭に血が登り易い男だ、この作戦は有効だと思う」
「なるほど、それでは入った敵の掃討は近衛騎士団にお任せ下さい」
鼻息も荒く、ロスが胸を張る。
「そうして頂くと、ありがたい。この作戦は間を空けると敵に警戒されます。一度に入れるのは二十人前後、素早く倒し、素早く死体を片付け、次に備える。相手に対し、攻撃は約二倍の数で五十人が三交代で行い、片付けは傭兵達に行わせます。警備、近衛、両騎士団総勢二百で味方の死傷者を補填しながらの戦いは、熾烈になると予想されます」
「総勢は二百五十では?」
ビアンカが首を捻る。笑顔を向けたラモスがビアンカを見た。
「そうですね、残り五十です。先程ビアンカ殿が言われた様に、残りの五十で後方の補給を分断します」
「しかし、分断した後、敵に後ろから攻められる危険と、更に後続が来れば挟まれる危険があります」
また笑顔を向けたラモスは、続けた。
「確かに危険な作戦です。険しい山岳地帯は逃げ場も少ない。しかもイタストロア領内です、周囲は全て敵……生還の可能性は低い。よって私が指揮し、地形に詳しい傭兵と選りすぐりの警備騎士団で行います」
「私も加えて頂きたい」
ビアンカはラモスの言葉に、凛とした表情で言った。
「ビアンカ! 出すぎるな!」
ロスが声を荒げるが、ビアンカは怯まない。
「私とシルフィーなら、どんな山岳でも誰にも負けません」
「ほう、神速のシルフィーなら無敵ですな」
ラモスはまた、笑顔を向ける。
「それなら私も……」
リズが仕方なさそうに言った。
「リズ! 何言ってるの?!」
「ビアンカは結構無茶なんです、私が歯止めになります」
今度は背筋を伸ばし、はっきりとした口調でリズは言った。そんなリズが、ビアンカにはとても頼もしく感じた。
「勝手にしろ」
ロスは吐き捨てたが、ラモスはリズにも笑顔を向けた。
「それではお二人は分断作戦に参加をお願いします。ロス殿には砦の指揮をお願いします、私の副官フォトナーを付けますので使って下さい」
会議は終了した。作戦は直ぐに決行される、ビアンカ達は慌ただしく準備に取り掛かった。
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「ビアンカ殿、本当に良いのですか?」
部屋を出ると、ラモスが声を掛けて来た。
「私如きで、お役に立てるかは分かりませんが」
ビアンカは一礼した。
「この砦はガリレウス様の設計なのです」
「おじい様の……」
「はい、ガリレウス様は万が一の時、味方の損害も敵の損害も出来るだけ少なく、戦いを終わらせる作戦も考案して下さいました」
「そうですか……」
ビアンカの脳裏に、優しいガリレウスに笑顔が浮かんだ。
「それに父上には、命を救って頂いた御恩があります」
「父を知っているのですか?」
驚くビアンカは、目を見開いた。
「はい。私が騎士に成り立ての頃、何度も助けて頂きました……あの可愛かった赤ん坊が、こんなに立派になって……」
少し目を潤ませたラモスは、また笑顔を向けた。
「父は……どんな人でしたか?」
俯き加減のビアンカが問う。
「立派な騎士でした。強さと優しさを兼ね備え、真っ直ぐな方でした」
ラモスの言葉が十四郎と重なる……もしかして、十四郎に父親を重ねていたのか……ふと、ビアンカは思った。
「所で、魔法使い殿をご存じだそうで……どんな方ですか?」
急にラモスは話題を変える、こんな辺境でも十四郎の事は話題になっていた。
「……あの人は……強くて、優しくて……真っ直ぐな人です」
頬を染め呟くビアンカに、ラモスはもう一度笑顔を向けた。




