聖域の森 14
マカラの効力は凄まじかった。十四郎の渾身の一撃を肩で受けたエルゴは、鎖骨を粉砕されても表情は変わらない。男が飛び掛かり、十四郎はまた渾身の横薙ぎで肋骨を砕く、しかし眉をピクリとも動かさず向かって来る。
「お前、まだそんな事をしてるのか?」
もう一人の男を体当たりで吹き飛ばし、近付いたローボが十四郎を見上げた。
「しかし……」
エルゴを前蹴りで蹴り飛ばし、向かって来る男をもう一度渾身で切り伏せ、間を取った十四郎は困惑する。
「マカラ飲んだ時点で、こいつ等の死は確定だ……暴れるだけ暴れ、殺すだけ殺して、こいつ等は命を燃やし尽くす……楽にしてやれ」
十四郎はその理不尽さに震えた。自らの意志で飲んだにせよ、作った者に憎しみにも近い感情が爆発しそうになる。
「十四郎、急所を狙ってもダメ! 腕や脚を切り落としても痛さなんて感じない。死の恐怖や感情など、もう存在しない……首を刎ねるか、心臓を刺す以外に道はないの」
言葉の途中から、ビアンカは声を震わせた。十四郎は、まだ首領の席に立つ七子を睨む。不敵に笑うその姿に根源を確信した。
「ならば私が!」
叫んだココが矢を放つ、手下の男の心臓に命中し絶命した。すかさずリルも放つが、僅かに心臓を外し男が襲い掛かる。しかし、リルはまた全く防御の態勢を取らない。男がリル飛び付き首を絞めた。
弓を落とし、両腕をダラリと下げ抵抗しないリルにココが悲鳴を上げる。しかし、一瞬の間で男の首が地面に落ちた。
リルの横には険しい表情の十四郎が立っていた。刀からは血が滴り、十四郎は振り向くとリルの頬を打った、空間に乾いた”パシッ”という音が響いた。そして、耳元で何か囁くとリルは膝から崩れ落ちた。
だが、動きを止めた十四郎の背中に襲い掛かるエルゴ、ココは咄嗟に矢を放つが心臓に命中してもエルゴの動きは止まらない。
「鎧よ! あの鎧は矢では射ぬけない!」
ビアンカの叫びが洞窟に木霊した。
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十四郎は右手だけで刀を構えると、そっと左手で支える。そして体制を低くし超高速で振り向くとエルゴの胸を突いた。鎧など問題にしないその突きは、エルゴの心臓を貫き刀の切先はエルゴの背中に出ていた。
素早く抜き、血を払った刀を下げると、エルゴはゆっくりと倒れた。残った盗賊達はエルゴの死を確認すると、一斉に逃げ出した。七子もまた見届けると背中を向ける、結んだ唇を噛み締めながら。
ビアンカは状況終了に安堵感を感じながらも、十四郎の様子が気になった。武闘大会の後よりも更に落ち込んでいる様に見えたから。
リルは思い出していた。優しかった父が、一度だけリルの頬を叩いた時の事を……その顔は悲しそうで悔しそうで、叩かれた痛みより父の表情が記憶に残っていた。
ふと、その悲しげな顔が十四郎の顔と重なる。リルは胸の痛みで顔を覆い、心配して駆け寄るココにも気付かなかった。
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暫くの後、ルーに付き添われブランカが姿を見せた。その純白の容姿はビアンカさえ言葉を失い、アルフィンもシルフィーも共に息を飲んだ。
「心配を掛けました」
「無事で何よりだ」
ローボに近付きブランカが微笑む。ローボでさえ照れているのか、そっと視線を外した。
「あなたが魔法使いですね?」
今度は十四郎に近付き、ブランカが微笑む。
「いえ……それより、私のせいで、ご迷惑をお掛けしました」
深々と頭を下げる十四郎に、ブランカは優しく微笑む。
「他人を救ってばかりで、自分を救わないでどうします。幾ら他の者があなたを大切に思っても、 あなたの一番の味方はあなた自身なのです。そこを自覚しないと他の者は救えません……誰にも傷はあります。未来は、その傷を癒す為に、あなたの前にあるのです」
「ですが……」
全てお見通しのブランカの言葉に、声を詰まらせる十四郎だった。ブランカは微笑むと、穏やかに続ける。
「あの娘に何と言いましたか?」
ブランカは、うずくまるリルを見た。
「……自分を、大切にしろと……」
自分の言葉が自分に返る、十四郎は言葉を震わせた。
「壊れていたココロは、きっと治ります。あなたの魔法で……今度は、あなた自身の番ですね……それと、もう一つ。あなたを大切に思ってる人は、どんな時でも巻き込まれたなんて思いませんから」
ブランカの言葉が十四郎の胸に染み込む。自分の傷も何時かは癒される……ブランカの言葉にそう感じた。
「しかし、あの者……何者なのでしょう?」
ブランカは七子の去った方角を見詰めた。
「全て奴の策略だ」
ローボは大筋をブランカに話した。黙って頷くブランカは、顔を上げると十四郎を見た。
「恐ろしい知略ですね。私が捕まったのは、子供の狼を囮にされた為……根本はあなたの命を奪う為かもしれませんが、同時にローボを誘い出しマカラルを手に入れた」
「何だと!」
ローボが声を上げる、確かに住処は小数を残すだけで警備は手薄になっている。確認するまでもない。きっと住処は襲われ、根こそぎマカラルは奪われたとローボは確信した。
「魔法使い殿、マカラは恐ろしい魔薬です。分かりますね」
「はい」
ブランカの言葉と意味に、十四郎はそっと頷く。
「十四郎、狼達は何と?」
ずっと見守っていたビアンカが、十四郎に近付き恐る恐る聞いた。
「皆が無事でよかった、と。それよりビアンカ殿、助けに来て頂いて、ありがとうございます」
十四郎の笑顔に、ビアンカは全てが報われた気がした。何より十四郎が無事である事が嬉しかった。笑顔を返すビアンカは、少し震えたが十四郎に気付かれない様に体を動かして誤魔化した。
「よかったね、アルフィン」
「ありがとう、シルフィー」
シルフィーはアルフィンに寄り添い、アルフィンもまたシルフィーに寄り添った。
「十四郎様、リルが謝りたいと……」
リルを支えながら、ココが言った。その顔には喜びが溢れていた。
「……十四郎……ごめんなさい」
リルの声は震えていたが、はっきりとした意志が感じられた。何より、真っ直ぐ十四郎の目を見て話した。
「いえ、リル殿。こちらこそ……それよりココ殿、早く母上の元へ」
リルに微笑んだ十四郎は、ココに促す。
「はい、直ぐに戻ります」
そう言うと、ココは包みを十四郎に手渡し洞窟を出て行った。
「我々も帰るか」
ローボの合図で狼達は帰途につく。ルーはチョこんと頭を下げ、ブランカは優しく微笑んだ。
「また会おう、十四郎」
ニヤリと笑ったローボが背中を向ける、十四郎は見送りながらビアンカに微笑んだ。
「帰りましょうか?」
「はい」
帰るという言葉が、これ程嬉しいと思えた事がないビアンカだった。